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なぜ「ヒラギノ角ゴ」は美しいか

1番読まれているフォント

「1番読まれている和文(日本語)フォントは?」
と訊かれたら,僕は「ヒラギノ角ゴ」と即答する。

 なぜなら,ヒラギノ角ゴ(ヒラギノ角ゴシック・ヒラギノ角ゴシック体)は,iOSのシステムフォントだからである。即ち,iPhone上では,LINEのメッセージ(下画像)・Twitterのツイート・Googleの検索結果・画面に表示されるキーボードの文字・「設定」App内のテキスト・そしてこの文章など,ほぼ全ての日本語がヒラギノ角ゴで記述されているということだ。

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 iPhoneだけではない。例えば,日本の多くの高速道路の標識にもヒラギノ角ゴが採用されている(詳細は後述)。

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 このように,さまざまな場面で使われるからには,それ相応の理由があるはずである。それでは,このフォントのもつとある特徴を紹介しよう。


ヒラギノ角ゴの特徴

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 ヒラギノは字游工房がデザインし,大日本スクリーン製造(後のSCREENホールディングス)が発売したフォントだ。ヒラギノ角ゴの他にも,ヒラギノ明朝やヒラギノ丸ゴなどがあり,この一連の書体ファミリーが「ヒラギノ」と呼ばれる。ちなみに「ヒラギノ」は京都府の地名「柊野」に由来する。

 現在ヒラギノ角ゴはモリサワをはじめとする複数の企業により提供されている。以下は,そのモリサワの紹介文だ。

「ヒラギノ角ゴ」は「ヒラギノ明朝」との組合せを意識してデザインされた角ゴシック体です。「ヒラギノ角ゴ」は、やや大きめの字面に対し、フトコロを少し締めることで、現代的な明るさを残しつつもオーソドックスな印象を与える書体です。(中略)本文から見出しまで幅広く活用でき、「ヒラギノ明朝」と組合せても違和感がないように設計されています。

 ヒラギノ明朝との相性の良さを全面に押し出している。ヒラギノ明朝だけではない。ヒラギノ角ゴの特徴の1つとして,他フォントとの混植のしやすさを挙げることができるだろう。

 しかし,ヒラギノ角ゴ最大の特徴は他にある。それは,視認性と可読性の高さだ。つまり,遠くからでも見やすく,かつ読みやすいということである。
 それでは,ヒラギノ角ゴの視認性・可読性が高いと言える根拠を紹介する。

【①線と角】
次の画像は,一般的なゴシック体(見出ゴMB31)とヒラギノ角ゴW6を比較している。

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 〇をつけたところが,両者の主な違いだ。言葉にすると次のような感じだろうか。

・ヒラギノ角ゴは始筆の部分が少し太くなっている。また,角もそれに準じて少し尖っている。
・ヒラギノ角ゴにはうろこ(縦画の出っ張り・「永」で言えば4画目)がない
・一般的なゴシック体の「はらい」の終点は直線的だが,ヒラギノ角ゴは弧を描いている

 この中で最も大きい特徴と言えるのが,始筆が太くなっていたり,角が尖っていることだろう。これは,専門用語でオブジェクト・エンハンスメント(object enhancement・画質補正)と呼ばれ,人間工学の分野で,視認性を高める効果があることが示されている。
 アルファベットの“T”を例にとってみる。オブジェクト・エンハンスメントの加工がない場合,次の画像のように「欠け」や「しみ出し」が起き,文字の識別が難しくなる。

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 しかし,字画の先端に加工を施すと,「欠け」や「しみ出し」が全体として中和され,文字が識別しやすくなる。

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 そしてこのオブジェクト・エンハンスメントに相当する加工が,ヒラギノ角ゴに施されているというわけである。
 もちろん,デザイン性の面でも優れていることは論を俟たないだろう。

【②フトコロ・文字の濃度・重心】
 次の画像は左が新ゴL,左がヒラギノ角ゴW3だ。

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 先ほどと同じように,相違点をまとめる。

・ヒラギノ角ゴは,新ゴに比べるとフトコロ(「東」でいえば,「日」の横幅)が狭い(ただ,フォント全体で見れば比較的中庸)。
・それぞれの字画がほぼ等間隔に設置されている。
・新ゴに比べると少し重心が低い(が,これも比較的中庸)。

 まずフトコロの広さについて。これの広さは視認性に大きく影響する。
 フトコロが狭いと,印刷したり,遠くから見たりした時に線が潰れてしまうことがある。
 しかし,逆に広すぎると,遠くから文字を見たときのシルエットがどれも正方形に近くなってしまい,文字の識別が難しくなる。即ち,合理的に考えるとフトコロは広すぎず,狭すぎず,がいいのである。
 また,フォントが与える印象も変わってくる。フトコロが狭いフォントは品格があり引き締まったイメージを受けるのに対し,広いフォントは優しく,おおらかなイメージを受ける。
 これより,ヒラギノ角ゴはフトコロの面から見れば,優しさと品格を両立した中立的なフォントと言える。

 次に字画の間隔について。
 これは文字の濃度に関係する。文字の間隔を均一にすることで,その文字の濃度の偏りもなくなり,読みやすくなる。さらに,このアキの均一性が文字の潰れを防ぐ役割も果たしているのだ。
 それに加えて,デザインの面から考えても,組版した時に偏りのないグレートーンとなり綺麗に見える。

 最後に重心の位置について。
 重心の位置は,文字組に関わっている(注)が,それ以上に与える印象が大きく異なっている。
 重心が高いと,スラッとした印象を与えるが,逆に低いと親和力の高そうな印象を与える。ゆえにヒラギノ角ゴは,親しみやすい優しい印象とクールな印象を兼ね備えたフォントなのだ。

(注)具体的には縦組みか横組みか。ヒラギノ角ゴの重心はほぼ中央にあるため,どちらにも対応できる。


使われている具体的な事例

 次は,ヒラギノ角ゴが使われている具体的な事例を見ていく。使う場所を選ばないこのフォントは,題字から本文まで,メディアからサインまでさまざまな場面で使われている。今回は,3つの例を挙げる。

【①Appleが提供するOS】
このnoteの最初でも述べたとおり,ヒラギノ角ゴはiOSの和文システムフォント(欧文はSan Francisco)になっている。iOSだけではない。macOSやwatchOSなど,Appleがリリースする多くのOS(オペレーティング・システム)でヒラギノ角ゴが採用されている。
 個人的にMacを使用する人が多いイメージがあるのがYouTuberだ。その表れとして,動画のサムネイルやテロップでヒラギノ角ゴを見ることができる。

【②高速道路の標識】
 以前,高速道路の標識には公団文字と呼ばれる,旧日本道路公団オリジナルの文字が使われていた。しかし,今では,首都高速道路では新ゴ,NEXCOではヒラギノ角ゴが使われてきている(但し和文に限る)。
 そうなった背景としては,以下のような事柄を挙げることができる。

・公団文字は字画が簡略化された文字があり,公共のサインとして相応しくない
・フォントとして確立されておらず,標識を作るたびに文字を作るのは効率が悪く,時代に追いついていない。
・もっと視認性の高いフォントがある。

 NEXCOはヒラギノ角ゴを採用したわけだが,公団文字から変える際に,4つのフォントが候補として出たのだという。ナウ・タイプバンク・新ゴ・ヒラギノだ。
 この中からヒラギノ角ゴが選出されたのは前述した特徴によるものである。下に示した図は,ヒラギノ角ゴと公団文字が並んだ稀有な例だ。左が公団文字,右がヒラギノ角ゴである。

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【③出版物・看板など】
 ヒラギノ角ゴは広告や案内板,書籍などにも使用されている。

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 上の画像は,JRの広告だ。見事なまでにヒラギノ角ゴ一色である。とても説得力がある。

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 次は,ヒラギノ角ゴの一種である,「こぶりなゴシック」というフォントが題字に使われた広告(案内板)だ。一見普通のヒラギノ角ゴに似ているが,よく見るとひらがなの部分が違うことがわかると思う。
 ちなみに電話番号は「Futura」というフォントだ。

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 次は書籍だ。文英堂から出版されている『Stock4500』という単語帳の和文フォントがヒラギノ角ゴだ。欧文フォントはMyriadである。

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 最後は僕が通っている高等学校の新聞部が発行した新聞の見出し。ヒラギノUD角ゴが用いられている。特徴としては,ひらがな・カタカナ・英数字がより読みやすいデザインになっていることだろう。ちなみに,その下は「ほのか明朝」というフリーフォントだ。

ヒラギノ角ゴと混植しやすい欧文フォント

 最後は,ヒラギノ角ゴと綺麗に組み合わせられるであろう3つの欧文フォントを紹介する。ヒラギノ角ゴの英数字を使ってもいいのだが,複数のフォントを組み合わせることで品格も一段あがり,加えて,文章に「自分だけの組版」といった自信を持つことができる。今回紹介するのは3つ。全て有償だが,AppleのOSでは標準搭載している。

【①Avenir】有料・AppleのOSでは標準搭載

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ジオメトリックサンセリフ(幾何学的な字画で構成されたフォント)の一種であるこのフォントは,ヒラギノ角ゴととても相性がいい。品格と優しさを兼ね備えたこのフォントは,ヒラギノ角ゴのイメージにとても似ており,一緒に並べたときに違和感なく,上質な文字組をすることができる。
 この混植をすれば,題字にも本文にも使うことができる。個人的にとても汎用性の高い組み合わせだと思う。Macユーザーにはおすすめだ。

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【②Futura】有料・AppleのOSでは標準搭載

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 言わずと知れた名作・Futura。ジオメトリックサンセリフの代表格で,フォントとして高い評価を得ている,とても有名なものだ。
 この混植はあまり本文向きではないが,見出しやタイトルなど用いれば絶大な効果を生むだろう。ただし,Futuraには少し特徴的なアルファベットもあるので(jなど),注意が必要だ。
 また,下図のようにそのままだとFuturaが浮いてしまうので,ヒラギノ角ゴを太くするなど工夫が必要だ。

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【③Helvetica】有料・AppleのOSでは標準搭載

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 世界一有名なフォント・Helvetica。やはりこの組み合わせはとても美しい。どちらも中立的で読みやすく,本文の混植にはもってこいだろう。
 ただ,Helveticaの“R”は少しクセがあるので,そこだけ留意して使うと良い。

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まとめ

 今回は僕の大好きなフォント・ヒラギノ角ゴについて紹介したわけだが,このnoteを書く中で,僕も新たな発見がたくさんあった。
 また,全ての画像を自分で用意したり,視認性に関する論文を読んだりとそれなりに大変だったが,とても良い経験をできたと思う。
 このnoteによって,皆さんがもっとヒラギノ角ゴに興味を持ってくれたのなら幸いだし,そもそもフォントについてあまり知らなかった人でもフォントが好きになってくれたのなら本当に嬉しい。

 それではまた次の機会に......

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