見出し画像

きっかけは「魔法の言葉」

「どうしても苦手な食べ物がある人は、事前申告すれば三つまでなら残しても構いません。でもそれ以外はきちんと食べましょう」。私が小六の時、担任の先生がこんな給食のルールを設けてくれた。十年近く経った今でも鮮明に思い出せるくらいにはみんなの神様だった。加藤先生の魔法の言葉は私たちの持て余した想像力によってその後も一人歩きを続け、高校を卒業する頃には「もしこの先の人生で関わりたくないものを申告できるとしたら?」なんて最終形態にまで進化した。残念ながら今世では聞き入れてもらえそうにないけど。でも、もしいつか何かがどうにかなってその時を迎える場合に備えて、私は三つのお願いを即答できるように推敲を重ねたのです。そりゃもう、ばあちゃん家のぬか床のようにうんと熟成させましたとも。

なのに。消し去りたいものの筆頭候補を走ってきた「冬の早起き」も「コーヒー」も、本日をもちまして簡単に克服してしまったことをここにご報告致します。いや、まさかこんな日が来るなんて、去年にタイムスリップして受験勉強中の自分に教えることができたとしても絶対に信じてくれない。でもでも、カフェの店員さんを好きになっちゃったんだから仕方ないじゃんか!

事の発端はこうだ。夜更かしのダメージと羽毛布団の誘惑に完敗し、まんまと寝坊したのが昨日の朝のこと。真冬に滝汗をかきながら駅までチャリで爆走。飛び乗った電車のドアが閉まった瞬間、大学行きとは逆方向に進んでるしそもそも授業は三限からだと気付いて絶望。あ、別にわざと韻を踏んだんじゃないから。なんかもう全部放り投げて終点まで行ってやろうかなんて考えも過ったけど、そこまでワルになりきれない小心者なので次の駅で大人しく下車したんだよね。それで本来行くべき反対路線へ向かおうとしたところで、半日以上何も食べていない胃袋がさすがに悲鳴上げたから、とりあえず何か食べるかーって初めてその駅の改札を出て。そしたら駅前の広場にキッチンカーがあって、なんかジュウジュウ焼いてる音といい匂いがして、めちゃかっこいい店員さんがコーヒー淹れてて、以下略。気付いたら勧められるがままにホットサンドとカフェオレを頼んでたよね。テキトーな服にノーメイクな自分をあれほど後悔したことはない。マスクしてたのがせめてもの救いでしたありがとう。

そんで今日。いつもより一時間も早くアラームをセットして、順調に家を出て、確認をした上でいつもとは逆方向の各停に乗って、例のキッチンカーを訪ねましたとも。ちなみに授業は二限から。朝の通勤ラッシュとランチタイムの間だったから他にお客さんもいなくて、ホットサンドが焼けるまで、ちょっぴりおしゃべりもできてしまった。今日もマスクがあってよかったと思うくらいにはニマニマしましたありがとう。そこで新たに入手した情報は二つ。定休日は月曜と火曜。週末は動物園内でお店を出してる。

「わっ私も、よく行くんですよ!動物園!じ、実は、昔から動物大好きで〜!」

口をついて出た言葉も白い吐息も、もう戻ってはこない。いや、我ながら見切り発車も大概にしてほしい。動物園なんて行かないどころか、神様に申告すべき最後の願いは「動物の匂い」なんだけど。これもまたあっさり自力で克服しちゃう未来が待ってるんだろうか。魔法の言葉に対する十年物の手札も、今となってはものすごい浅漬けに思えてしまう。でも恋は盲目って言うしさ、もう、しょうがないよね。ねぇシェイクスピアってもしかして天才?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?