流転せしアングラード・ラ・オルテ
コンサート中に決して聞くことはないであろう不協和音が響きわたった。
それは曲を弾き鳴らしていた指全てが鍵盤にしたたか打ち付けられた音で、俺の手首から先は無常にも床に力なく転がっていた。
誰かのけたたましい悲鳴を皮切りに、ホールいっぱいの観客達が逃げ惑いはじめる。俺は自分の手首をただただ見つめることしかできない。
「手荒な真似をしてすまない」
不意に、背後から声が聞こえた。
少年が立っている。目深に被ったローブの内からは、金色の毛髪と、同じ色の瞳が見えた。いつ触れたのか、少年の手のひらは俺の肩の上にあった。
「本意ではないんだ、こちらとしても」
妙に大人びた口調の少年はそう言った。喉がひくひくと締め付けられるようで、言葉が出ない。
なんせ、今まであった手首から先が今はないのだ。心臓は激しく脈打っているのに、切断面からは血液の一滴も出てはこなかった。
「今は説明できないが、どうか僕らと一緒にきてほしい」
「……はぁ?」
その時、ごった返す客席から人並みをかき分けて、2mはあろうかという背丈の老人がステージへと上がってきた。
困惑する俺の体に腕を回したと思えば、背中に少年をおぶり老人はそのまま舞台袖に走る。
悲鳴すら出せずに、圧巻されたまま俺は抱き抱えられていた。
不意に視界がぐるりと回り、気がつくと俺はワンボックスカーの後部座席に腰を下ろしていた。
「河和木和藤さん……とてもいい演奏だった!」
状況が飲み込めていない俺に対し、少年はにこやかに言う。俺の単独コンサートの山場で乗り込んできたこの2人組の目的が何なのか、一切わからない。
一度助けを呼んでみようか、と口を開いたが、ふと少年の膝の上に小さなジュラルミンケースが載っていることに気づいた。
「さて……貴方にしか頼めないことがあるんだ」
少年がケースの蓋を開けると、全ての指に派手な指輪をつけたミイラの手が出てきた。
【続く】
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