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続続 vol.0|音楽活動を健やかに続けるミドルクラスを増やすために


 2019年にbeipana.comで公開した記事「良い暮らしができるインディ・アーティストを10万人に」には、様々な方から反応をいただきました。そして新たにnoteを使って、記事の鼎談に参加されたSTITCH INC.代表の渡邊さんと私beipanaとで、アーティストのみなさんに向けた連載「続続 (zoku zoku)」を始めます。

 プロローグにあたる今回のテーマは「私たちはこの連載で何を考えて、伝えていくのか」です。

健やかに続く、続ける方法を

 この連載を始める目的は何なのか。連載を通じて、どんな価値観や考え方を育んでいきたいのか。STITCH INC.の渡邊さんに語っていただきました。

 "この連載で「模索」していければと思っているのは、今の時代に、健やかに音楽活動を続けていく、続いていく方法です。産業側の商業主義に過度に巻き込まれることなく、かつ、生活を犠牲にしたり、趣味として割り切るアプローチでもなく、クリエイションと商いを両立させながら、創作活動を続けていくための仕組みや方法を検討し、実践していく。

 つまり、「こうやればうまくいく」という、よく特集されがちな「ヒットの法則」的な読みものではありません。そして今の時代、アーティストの個性も、つくっている音楽も、環境もそれぞれ多様化しているのだから、果たしてそんなものが本当にあるのかっていう。

 すべてを一発で解決する有り得ない魔法を期待したり、パッと出たそれっぽい情報やテクノロジーに飛びつくのではなく、今大切なのは、思考と実践の主体を自分たちに取り戻すことではないかなと。時代の現実を直視しながら、きちんと自分たちの頭と環境で考えて実践をし、少しずつでも前進していく姿勢が問われていると思います。

 どの領域においても「続いていくことの重要性」、サステイナビリティが問われている昨今、この連載を通じて、健やかに音楽活動が続いていく在り方を共に考え、実践していく人々、それを支える同志が増えれば、とてもうれしいです。"

 渡邊さんがここで定義する「健やかさ」とは、具体的には以下を指します。

・アーティスト本人が望むクリエイションに取り組めていること

・それが「商い」になっていること

・アーティスト本人が幸せであること

・関わるスタッフが幸せであること

 "日本の音楽業界ではなぜか、クリエイションと商いを分断して語ることが多いと思います。自分も以前、メジャーレーベルで働いていたのですが、当時の上司にはっきりと、「お前が好きな音楽はマイノリティだから、絶対に売れない」と言われた経験があります。

 でも、それって本当は、環境と尺度の問題ですよね。商いとして最終的に「売れる」って、そこに発生しているコストで異なりますし。コストが100のものに対して60しか売れなかったら、それは「売れない」ですけど、コストが20のものに対して60だったら、しっかり利益を確保できている。

 コストというのは、制作費を低く抑えるべきと言っているのではありません。良い音楽をつくる、質の高いサウンドプロダクションを生み出すには、絶対的にかかる制作費があると思います。それらはクリエイションに必要なコストなのですから、可能な範囲でしっかりと投資すべき。見つめ直すのは、人件費との関係ではないでしょうか。

 スタッフを何百人も抱えているメジャーレーベルであれば、かかっているコストが膨大です。コストが100のものに対して、少なくともその2倍、3倍となる、200だったり、300だったり、あるいは現状かけているコストを維持するために、1,000を目指す必要があるかもしれない。

 でも、この時代、音楽でそんなに売上の「規模」が出るのって、すごく限られたケースだと思うんですよね。アーティスト自身や、アーティストを中心にした少数チームとメジャーレーベルでは、それぞれ目標となる商いの規模も方法も異なるはず。それをなんとなく一緒くたにして、「売れる」「売れない」の議論で止まってしまうから、ずっと辛いムードがあるし、具体的な実践も生まれにくいのではと。

 個人的には、アーティスト自身や、アーティストを中心にした少数チームにとって、今は本当にたくさんの可能性と選択肢がある時代だと感じています。自分たちのクリエイションを大切にしながら、それを評価してくれる眼と耳を持った人々に直接届けて、対価を直接得て、日々の商いを積み上げていく仕組みが様々ある。

 だからこそ、その仕組みを使う自分たちの考え方を、今まで以上に日々更新していく必要があると思います。音楽産業の新しい仕組みに組み込まれてしまうのではなく、その是非をいつまでも議論するのでもなく、どう主体的に活用できるかを考える。

 この連載の中で、現時点で自分が知っていることや考えていることは、すべてお話できればと思っています。ただ、それもあくまで一人の意見です。今この時代に、健やかに音楽活動を続けていくために、どのような方法があり、実践が必要なのか。その「問い」に向き合い続ける人の絶対数を増やす、小さなきっかけになれば幸いです。"

想定読者は、あたらしい活動方法を模索しているアーティスト

 更に渡邊さんは「クリエイションと商いを健やかに続けていくことは、今後の社会において、音楽以外の様々な産業でも大切なキーワードなのでは」とも話します。

 但し、本連載はあらゆる人を対象にした連載にはなりません。

 "デジタルディストリビューションの記事は、有難いことに多くのアーティストの方々にお読みいただきました。これから始まる連載「続続 (zoku zoku)」でも、アーティストのみなさん、特にあたらしい活動方法を模索している方々に、なにかきっかけになる内容をお届けできればと思っています。

 具体的には、自分自身でものづくりをしている方々を対象にします。プロデューサーやビートメイカー、シンガーソングライター、共同制作パートナーがいるアーティストなど、デジタルディストリビューションの仕組みをいますぐ自分で利用して、作品を配信できる方といえば、もっとわかりやすいかもしれません。”

既に米国で確立されつつある"ミドルクラス"

■ 大規模な音楽業界とは異なる経済圏で台頭し始めた米国のミドルクラス・アーティスト

 「健やかさ」とともに渡邊さんが意識する「ミドルクラス」という考え方は、既に米国で確立されつつあります。

 ブラックミュージックに特化した米国の音楽メディア『DJBOOTH』は、台頭し始めたミドルクラス・アーティストを育成するための連載シリーズ『Colture Playbook』を昨年公開しました。その内容は『Colture』の設立者Ty Baisdenによる「アーティストのマネージメント」「アーティストの自立」「現代の音楽産業」といった視点の講義です。

 Drakeなどのスーパースターたちを筆頭に構成される既存の大規模な音楽産業とは異なる、健康的な暮らしができる新たな音楽経済圏=ミドルクラス。その経済圏へ向かう方法について、Baisdenとパートナーシップを結ぶアーティストたちを事例として説明しています。

 ”音楽ビジネスは「音楽を作る人」と「作らない人」に分かれる。そして音楽ビジネスは「名声を得る」か「幸運がめぐってくる」かに左右されると一般的に考えられている。 しかしTy Baisdenは「ミドルクラス・アーティスト」を第三の選択肢として掲げる。"スーパースターにならなければ"というプレッシャーなしに、音楽で生計を立てているアーティストだ。”

引用:Explaining the Equity Partnership Ecosystem in Music: The Colture Playbook 

 例として挙げられるグラミー賞のノミネート実績を持つR&BシンガーのBrent Faiyazは、かつて食料品店でアルバイトをしながら音楽活動をしていました。しかしBaisdenとパートナーシップを結んだ後、彼はレコード会社との契約なしにフルタイムで音楽活動に専念できるようになりました。

 BaisdenがBrent Faiyazに与えたもの。それはアーティストであるBrent Faiyaz自身が学習する機会でした。アーティストである彼自身に会社を設立させ、自ら資金調達し、制作費用を捻出し、予算管理する術を学ばせたのです。

 ”彼の場合は330万円あればアーティストとしての1年目をサバイブできる。そして音楽ビジネスが正常に機能していれば、もっと多くのお金を稼げるようになる。最悪のシナリオでも1年目と同じ暮らしを繰り返すだけだ。だが全てが正しく機能していれば、音楽にフルタイムで3年間専念することで、4年目にはブレークスルーを迎えられる。

 米国の音楽レーベルの資金管理は史上最低だ。何もわからない若いアーティストに1,000万円を前払いし、結果最初の半年ですべてが無駄になる。こうしたお金を一度も手にしたことがない彼らには、学習する機会が必要なのだ。”

引用:Surviving Your First Year in Music on $30,000: The Colture Playbook

 Baisdenはアーティストに対してレーベルと同様の契約をしたりマネジメントを行うのではなく、アーティストが設立した会社の株式パートナーとして音楽活動をあらゆるかたちで支援します。

 ”私は今、8人のアーティストがそれぞれ設立した会社とパートナーシップを結んでいる。8人ともがそれぞれの会社の設立者だ。彼らは千万円単位の年収を自身のアーティスト活動によってもたらし、音楽で家族と暮らしを営むことができている。8社全てが億単位の業績を誇っている。

 音楽制作がアーティストの情熱でありビジネスである場合、それを追求する方法についてアーティスト自身が発言権を持つ必要がある。さらにアーティストによって目標はそれぞれ全て異なる。 異なるアーティストが同じ期待で管理されるべきではない。”

引用:Explaining the Equity Partnership Ecosystem in Music: The Colture Playbook 

 ”どれほど成功していても、米国のレーベル制度についてポジティブなことをいうアーティストは皆無だ。古いアイデアが多すぎる。リクープ(回収型)はビジネスモデルとして古いし、2019年にそんなものは必要ない。契約についても一部の用語は古くなっている。

 私は「業界標準」というフレーズが特に嫌いだ。音楽ビジネスに参入する際に業界標準なんて存在しない。大勢が「それが業界標準だ」と言っているからそうなのか?そんなものはリアルではない。”

引用:How to Achieve “Healthy Success” & the Major Label Structure: The Colture Playbook

 この通算5回の連載のうち、ひとつは「健やかな成功」がテーマ。「健やかさ」は「ミドルクラス」の先例である米国においてもセットで語られています。

■ "オープン思想"から"ミドルクラス支援"にシフトするデジタルディストリビューター

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 プラットフォームとして欠かせないデジタルディストリビューターも「誰でも参加できるオープン思想」から「ミドル層 (middle-tier) 支援」に方針が変更しつつあります。音楽産業ライターのCherie Huは、自身のMedium上でデジタルディストリビューターStemが下した方針の変更から、今後ミドル層アーティストの市場が拡大することを予見しています。

 ”Stemは(登録すれば誰でも利用できる仕様の元)獲得したユーザーの大半を手放す決断を下しました。彼らの将来のロードマップからは、DIYアーティスト用ではなく、小規模チーム用のツールを構築する方針であることが鮮明に伺えます。

 このStemの新しい方針は、今後のミドル層の流通市場の拡大を示唆しています。 新人やDIYアーティストでもなく、そしてメジャーレーベル/メインストリームアーティストでもなく、ミドル層に照準を当てているのです。すでに確立された売上と、明確な目標とニーズを持っているけれど、現在のテクノロジーを充分に使いこなせていないミドル層。Stemは彼等へサービスを提供する企業になるでしょう。

 Stem以外のディストリビューション企業もまた、同じ状況を過去の苦難から学んでいるはずです。 数年前はすべてのディストリビューターが「アーティストが自立できるようにする」という包括的な目標を掲げ、同様のビジネスモデルとサービスを提供しているように見えました。しかしStemのビジネスモデルの移行により、ディストリビューターのセグメンテーション戦略は、より明確かつ意図的にミドル層支援の方向になりつつあります。”

引用(上部画像含む):What Stem’s upheaval reveals about music distribution’s new “middle tier


■ ミドルクラス・アーティストの黄金期を迎えるライブ産業

 そしてデジタル配信だけでなく、ライブ産業においても過去の歴史上最多のミドル層 (middle-tier) アーティストが台頭しはじめています。

 ”ミドル層アーティストの台頭は、世界最大のコンサートプロモーターであるAEG Presentsも当然注目している。

 AEG Presents代表のリックミューラーはこう語る。

「黄金時代かルネッサンスか。今をどう呼ぶべきかはわからないが、ライブビジネスの歴史において、2,000席から4,000席(ショーあたり)を売るアーティストがこれまでになく増加していることは確かだ」

「私はこのビジネスに25年間携わっているが、このような事態は見たことがない。 」”
引用:Why This Is a Golden Age for New Artists (So Long as They Keep Their Ambitions in Check)

健やかなミドルクラスに欠かせない「原盤権」と「デジタル配信」

 定義は様々ですが、米国で徐々に定着しつつあるミドル層、ミドルクラスという考え方。果たしてこれを日本・日本人が実現することは可能なのでしょうか。

 "ミドルクラスの創出は、日本でも十分可能だと思います。中長期の視点で、クリエイションに対するファンベースと、その定量的な指標となるマンスリーリスナーを積み上げていく。実際に自分が携わっているプロジェクトでも、日本でミドルクラスが生まれていることを実感しています。”

 さらに渡邊さんは、アーティストが健やかなミドルクラスを構築するための必須事項を挙げます。

・自分の権利に対してリテラシーを持つ

・自分のクリエイションがどのくらい商いになっているのかを可視化する

・原盤権を持ち、デジタル配信を長期的な視点で運用する


■ 原盤権と印税分配の問題 
 一つ目の"自分の権利に対してリテラシーを持つ"ことの重要性は、ミドルクラスの創出・支援を既にビジネスモデルとして確立しているデジタルディストリビューター"AWAL"のブログにも掲載されています。

 "権利を所有していればより多くの収益を得ることができたにもかかわらず、前払い(リクープ/回収型モデル)と引き換えに原盤権を放棄したことを後悔しているアーティストを、私はこれまで数多く見てきた。"
引用:Why Owning Your Master Recordings Means Everything

 こう語るAWALの社長 ポール・ヒッチマンは、アーティスト自身が原盤権を所有し、その権利について知見を深めることは、下記のような多くの可能性をもたらすと言います。

・クリエイションのコントロールを維持しながら、好きなチャネルを選んで自由に音楽をリリースできる

・自身でレコード会社と交渉し、可能な限り最高の条件と、自身の作品をコントロールするのに最適な立場を得られる

・長期的にはリクープ/
回収型のビジネスモデルよりも高い収益を得られる

・必要に応じて自身の権利を売却する自由と管理権を持てる

参照:Why Owning Your Master Recordings Means Everything

 "AWALが言及しているように、アーティストが原盤権を含めて自身の権利をしっかりと管理し、活動を続けていく時代になったのだと思います。レーベルの方々にとっては難しい問題だと重々承知しつつも、この連載はアーティストに向けたものなので・・・あえて、腹を割って話せればと。

 今後、原盤権、つまり作った音源に対する権利をアーティスト自身が持たない限り、アーティスト自身がストック型の収益構造、ミドルクラスの環境を作るのは難しいと思います。デジタル配信が商いの中核を担ってくる時代に、その課題は顕著だなと。

 もちろん、しっかりとした信頼関係のあるレーベルとアーティストで、フェアな分配が成立しているケースもあります。そうした「モダンな」レーベルとアーティストの関係に出会えると、本当に格好いいなと思うし、音楽を取り巻く環境の変化に柔軟に対応し続けるレーベルオーナーの姿勢に、頭が下がります。

 ただ、一般的に見ると、そうではないケースの方が圧倒的に多いのではと。アーティストが原盤権を全く持てない状態で、いくら作品を作っても、その権利は他者のものにしかなりません。この時代、大御所アーティストでもない限り、足し上げて10%にも満たないアーティスト印税と著作権印税だけでやっていけるはずがないし。

 20年前は、それで良かったのかもしれません。音楽の売上ボリューム、規模が大きかったから。アーティストに還元される印税率が低く、限定されたものであっても、母体となる売上の大きさで、時代にとっての適切な分配がなされていたのかもしれない。

 なにより、CDを中心としたフィジカルパッケージには、CDを製造する人、流通させる人、販売する人がいて、それぞれが関わるリスクを取ってくれます。アーティストはある意味、様々なリスクから守られていたと思います。

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 問題なのは、それから20年が経過した今も、当時のフィジカルパッケージを中心としたアーティストへの再分配システムから、大して進捗がないことではと。中間もなく、在庫もなく、リスクも少ないデジタル配信に対して、フィジカルパッケージ時代の印税率をベースに再分配を考えても、フェアになりっこないですよね。アーティスト自身も、そうした事実に無自覚すぎるし、学べる場所もないのが現実なのかなと。

 音楽の売れるボリュームがバブル的ではなくなり、原点回帰した値になって久しい今、売上「規模」ではなく「利益」を見る必要がある。でも、既存のシステムにそのまま乗っかっていると、その大半には触れることさえできない。たとえ、デジタル配信をメインの活動に切り替えたとしても、です。音楽活動の健やかさが失われる大きな原因に、この原盤権と印税分配の問題があると思います。

 色々な意見があって然るべきですが、自分はこれからの時代、アーティストが健やかに音楽活動を続けていく、ミドルクラスの環境を構築していくためには、自分自身で原盤権を持つ必要があると考えています。そして作品を、アーティストまたはアーティストを中心としたチームから、直接ディストリビューションしていく。必要とフェーズに応じて、その比率をレーベルとシェアしていくようなバランスが望ましいのではと。

 ただ、同時にそれは、音楽制作のリスクをアーティスト自身がすべて負担することも意味しています。今までレーベルや外部に負担してもらっていた制作費を、自分自身で支払う。勇気のいる判断ですが、抜本的な変化のために必要な投資なのではないかと思います。"

■ デジタル配信はベーシックインカム

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 “原盤を自分で管理し、作品を自分からディストリビューションする体制ができると、最も早く変化を感じられるのは、デジタル配信領域だと思います。国内でも TuneCore のような優れたディストリビューターから音源を配信すれば、リリースした音楽に対してのレスポンスがすぐに分かる。最短で翌月末には、その音楽からどれくらいのセールスが生まれているか、実際の入金金額として確認できます。

 今はストリーミングが音楽を聴くための主流な手段です。その中で、音楽のセールスがいかにロングテールなものに変容してきているか掴めるはず。たとえば、あたらしい作品をリリースすると、商いとして過去作のセールスの上に積み上がってくるようになる。もちろん、ひとつの作品単位でのセールスも大切なのですが、今はそれ以上に、音楽活動全体からどんなキャッシュフローが生まれているのかを把握し、見つめる視点が大切だと思います。

 つまり、今までのCDやダウンロードのように、「リリースタイミング」を中心に活動していくのではなく、長い時間軸でいかにクリエイションと向き合い、マーケットやリスナーを育んでいくのか。活動全体に対する中長期な視点、考え方が求められています。これはある意味、まっとうな状態に戻ったと言えるかもしれません。

 その点、デジタル配信はアーティストにとってのベーシックインカムだなと。作品を発表できるまでが早いし、収益の回収も速い。ある程度、作品数とセールスも比例してくる部分があります。それはいたずらに作品を多くリリースした方が良いと言っているのではなくて、中長期計画の中で、最初の1年はベースをつくる時期だなと判断したら、1年間は作品数を多めにする、今まで未発表や未公開だった音源を思い切って配信するなどの方法が考えられるはず。そうやって、まずは活動全体における「健やかさ」の基盤をつくる。そこで生まれたキャッシュフローで、活動全体に再投資していけば。“

  DIYミュージシャンとしてですが、自分も昨年からTuneCoreを使ってデジタル配信を行い、すぐに還元されることを実感しました。あとは、たとえばApple Musicは1再生あたり大体1.2円で他のプラットフォームより単価が高いんだな、という詳細も把握できたり。

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 "ですよね。ただ、その実感は、自分自身で作品をディストリビューションしてみないと掴めない。自分がこれまで対話してきた限り、既に多くのファンがいらっしゃるアーティストの方でも、意外とそのイメージを持っていないことが多かったです。「原盤を持ったところで、それが商いになるのかイメージできない」とご相談いただくこともあるのですが、自分の今の月々の再生回数をアナリティクスツールで把握して、1再生あたりの単価をかければ、おおよその予測値が出ますよね。Apple Music で、月100万再生されているのであれば、月々約120万円は固いなとか。

 もちろん、それは過去にレーベルや事務所をはじめ、サポートしてくれた方々の協力の上で成り立っている数字です。なので、そっくりそのまま基準にはできませんが、たとえばこれから出す作品は、まず最新作より15%少なく見積もってみるとどれくらいのセールスになるかなど、いくらでもシミュレーションの方法はある。みんなそうやって、石橋を叩くことすらせずに、なんとなくのイメージでずっと話しているから、議論が前進しないんじゃないかなと。”

■ 中長期的な視点の必要性
 渡邊さんはフィジカル時代と大きく違う点として"中長期視点の必要性"を強調します。

 "大切なのは「創作と権利を主体的に管理し、流通させ、年間の音楽活動全体を通じて、どのくらい利益が生まれたのか」を見つめる視点だと思います。一撃で急激に再生数が増えるなんて淡い期待はせずに、1年間を積み上げていく覚悟も。ストーミングであろうが、YouTube であろうが、一発で状況が激変するなんてシンデレラストーリーは、ほとんどないから。"

 急がずに着実に積み上げる。先に紹介した『Colture Playbook』でも同様に語られています。

 "我々は、全て適切なタイミングと万全なインフラに基づいて実行している。急いで近道をして行き先がわからなくなるよりも、適切な手順を踏んで目的地へ着く方がベターだからだ。

 そして分析をするために全ての行程をゆっくりと行う。本質的に再現性の低いことはやりたくないからね。

 アーティストの才能をコピーすることはできない。だがインフラをコピーすることはできるんだ。"

引用:Explaining the Equity Partnership Ecosystem in Music: The Colture Playbook

 そしてデジタルディストリビューターAWALがパートナーに提供する分析ツールも、中長期的な視点における収益予測の精度を高めるための機能という位置づけです。以下は『あなたのストリーミング売上はどれだけ継続性がありますか?』というテーマのブログからの抜粋・概要です。

私たちAWALが解決に取り組んでいるアーティストの課題

・前月再生回数:9,230,000
・マンスリーリスナー:2,220,000
・再生当たりリスナー:9,230,000 / 2,220,000 = 4.15
・(報告された)再生単価:$0.004
・リスナーあたりの収益:4.15 x $0.004 = $0.016
・前月の収益:9,230,000 x $0.004 = $36,920
・翌月の最低見込み収益:[不明]
・継続的な収益率:[不明] / 前月収益

 この[不明]の値を、AWALアナリティクスで算出した"エンゲージリスナー""リスナーあたりの再生完了回数"によって解決します。

・前月再生回数:9,230,000
・マンスリーリスナー:2,220,000
・再生当たりリスナー:9,230,000 / 2,220,000 = 4.15
・(報告された)再生単価:$0.004
・リスナーあたりの収益:4.15 x $0.004 = $0.016
・前月の収益:9,230,000 x $0.004 = $36,920
・エンゲージ再生率:60% (※)
・エンゲージ再生数:0.60 x 9,230,000 = 5,538,000
・エンゲージリスナー数:1,050,000 (※)
・リスナーあたりのエンゲージ再生完了数:5.27 (※)
・翌月の最低見込み再生数:5,533,500
・翌月の最低見込み収益:$22,134
・継続的な収益率:$22,134 / $36,920 = 60%

 ※AWAL アナリティクスで算出

抜粋/参照:How Sustainable Is Your Streaming Income?


■ 健やかさと、したたかさ
 "長々とお話してしまいましたが、まとめると、「自分がどうありたいのかをもう一度よく考えて、主体的にやっていこうよ」ということかなと。

 既存のシステムやレーベルの仕組みが、一概に悪いと言っているのではありません。その環境から受けてきた恩恵も大いにありますし、一朝一夕で覆り得ない、膨大な蓄積と経験があります。引き続き彼らと活動をしていくのがベストというケースもたくさんあるでしょう。むしろ、アーティストサイド、ものをつくっている側が、問い直さねばならないのだと思います。「自分は、どうしたいんだろうか?」と。

 その見つめ直しをせずに不満を溜め込んでいるのであれば、あまり良い時間の過ごし方とは言えないし、厳しいかもしれませんが、ものをつくる側の怠慢でもあるなと。「健やかさ」を支えるのは、健全な「したたかさ」ではないでしょうか。石橋を何度叩いてでも、主体的に自分が物事を進めていく姿勢。その姿勢があって、当然のはず。自分が心身を注いで生み出した、大切な音楽なのだから。

 一個人の意見ではありますが、もしこの内容が心に届いた人がいれば、実際の行動に移ってほしいなと思います。SNS でシェアして終わりじゃなくて。実際の行動をお互いに誘発する循環ができれば。”

おわりに

 "イベント登壇や、メディア取材を通じてこういった内容を発言すると、どうしても『次世代の活動論』や『ヒットの法則』的な論旨に流れてしまう懸念があって。そうではなくて、「問い」をみんなで考え続けて、実践していく姿勢が大切だと思うんです。何度も重複してしまうのですが、この連載をきっかけに、音楽活動をめぐる「問い」に向き合う人々の絶対数が、少しでも増えることに繋がれば幸いです。” 

 新たに開始した連載「続続 (zoku zoku)」。今回はプロローグとして、健やかなミドルクラス創出に欠かせない考え方を渡邊さんに語ってもらいました。

 記事文中にある通り、連載の共著である私beipanaは小規模ながらDIYミュージシャンとしても活動しています。この記事を公開するにあたり、何度も何度もドラフトや参照元のコンテンツを読み返すうちに、今まで考えもしなかった新しい気づきがあり、少しずつ色々試している最中です。

 気づきとは「音楽活動を基本的なデジタルマーケティングの視点で捉え直すだけでも、実行可能な施策の選択肢がここ数年で確実に増えたという実感」とも言い換えられるかもしれません。

 改めて、ここまで読み進めていただきありがとうございました。ぜひ何度か読み直していただければ幸いです。規模の大きなアーティストの方であれば、きっと私以上に多くの新しい気づきがあるのではないかと思います。

次回もよろしくお願いします。

著者について

渡邊貴志(わたなべたかし)
 1990年、山形県・山辺町生まれ。STITCH INC. 代表。「ロマンと、リアリズム。」を理念とし、生活領域と音楽領域を中心に活動中。携わるプロジェクトがすこやかに発展し、永く続いていく在り方をテーマとしている。鎌倉が好きで、住んでる。
https://stitch-inc.jp/
https://note.com/ctakawatanabe

beipana 
 DIYミュージシャン。主にスチールギターを用いたチルアウト、ダウンテンポ、ミニマル、アンビエントな音楽を制作する。自主制作CD『Lost in Pacific』は、英国ウェブメディア『FACT』にてライターが選ぶ2016年ベスト盤に選出。最新EP『Sunset Steam』を2月15日から配信中。
https://linktr.ee/beipana



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