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困っている人がいなくて困った話

「この車をピンクにして!」

中1のゴールデンウイーク。部活は休み、家族旅行もなく、暇を拗らせていた。

新婚の姉は、実家を出て別の場所に暮らしていた。難病のため、聴力も失い下半身不随だったため、ひとりの時はセニアカーに筆談ボードをひっさげて出かけていた。

このセニアカー、今でこそ様々なカラーの選択肢がある。ただ当時はいわゆるシニア向けの渋いカラーしか出ていなかった。

子供の頃は松田聖子さんに憧れガーリーでフリフリが大好きで、短大生時代は猛烈にバブルを身に纏っていた姉はこれが気に食わなかった。それもそうだ当時まだ20代。想像すれば私だっていやだ。

そこで暇な妹を召喚した。

「パソコン買ってやるからこれをピンクにして!」

無茶苦茶である。

だが当時から想像力が圧倒的に足りない私。目の前の人参に釣られて、如何に大変か分からず誘いに乗った。

いや、大変だったのだろうか。

正直それはあまり覚えていない。覚えていることといえば、「困っている人がいなくて困った」ことだけだ。

***

初日。義理の兄に連れられて人生初のオートバックスに行った。絵の具くらいしか使ったことがない中学生がカゴいっぱいにピンクの塗料を買い込んだ。なんとなく姉ちゃんが好きそうということで、ついでにキティーちゃんのシールも買った。

2日目。いきなり塗ろうとする無計画 of the worldな妹を止めるのは、義理の兄の仕事だ。まず洗車。クロスで綺麗に拭き取り、ペンキが付いてはいけない部分をマスキングする。

しゃらくせ〜早く塗らせろ!と刷毛をもって走り回る妹をアイスなどで落ち着かせる。

今思い出すとこの義理の兄、人間が出来てる。

そんなこんなでやっと塗り始める。塗料が良かったのか、義理の兄の下準備が良かったのか(間違いなくこちら)そう苦労した覚えはない。スムーズにシルバーの車体はピンクに色を変えていった。

調子に乗って、「あとは一人でできるから、お兄さんは、休んでて良いよ〜」なんて軽口を叩いて調子よく塗り進めた。

思ったより上手く出来てしまった…!
お姉ちゃん!できたで!と報告する妹に、手厳しい姉は「重ね塗り」という概念を教えた。

一日でパソコンを獲得できる気でいた妹は思ってたんと違うと落胆した。


塗っては乾かし塗っては乾かしを2日繰り返した。

最後の乾燥中。ピンクのセニアカーの隣に横になりぼんやりと空を眺めていた。

突然、真っ白の帽子が視界に映った。

ごめんね~、お昼寝中~。

複数の女性が私を取り囲んでいた。

おうちの方はどちらに?このピンクの車はあなたのお姉さんのもの?
矢継ぎ早に質問された。

父と母はここにはいません。姉の旦那も今出かけています。姉ならいますが呼んできますか?

なぜ姉ことを知っているのだろうかと驚きながら答えると、複数の女性たちは少し残念そうに顔を見合わせた。

そう~。じゃあ、この冊子を是非困っているご家族にお渡しになって。きっと助けになると思いますから。

そういうと、神のうんちゃらと書かれたリーフレットを差し出した。

えっと、姉に渡すということですか?

違うの!お姉さんではなくて困っているご家族に、ぜひ!

とりあえずそのリーフレットを受け取り、へらへらと会釈をしてご婦人たちを見送った。

さて、困った。困っている人、我が家にいるのだろうか。いやこの状況にある私は確かに困っているが。

不便はある。聴力を失い下半身不随の姉はおそらく多くの不幸を呪っただろうし、猛烈に不便を抱えている。だがその姉を差し置いて私たち家族が何か困っているかというと困ってはいない。だってこうして、車だってピンクに塗れちゃうんだもの。困るとはいったい。

そしてざっくりリーフレットを眺めたけれど、そこに私たちが救われる何かがあるようには思えなかった。


最後の乾燥が終わり、マスキングを外した。

無事完成と思われたが、ライト付近に塗り漏れを見つけた。

塗りなおしたいが、ライトを覆わないと。ふと先ほどのリーフレットが目についた。
確かにリーフレットは役に立った。先方の意図する方法ではないだろうが。

そうだ、忘れていた。

キティーちゃんのシールを真正面にべったり貼り付けた。

こうして無事、深夜のドン・キホーテに停まっていそうなセニアカーが爆誕した。

***

これ、姉ちゃんのことで困っている人に渡してって。

帰ってきた義理の兄にリーフレットを渡した。


あれやね、なんも読めへんね。


姉夫婦とアイスバーを食べながらピンク色に染まった紙をゴミ箱に捨てた。

#GWの過ごし方

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