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仕事と妊活の両立。①

っらっしゃいませ〜!
心理食堂です!

今日は、女性なら誰でも悩むことはあるかもしれない。

仕事と妊活の両立について。

私が経験したお話が、誰かの参考になればいいなと思って今日はこれを書いています。

20代後半で結婚して、しばらく子供はいいかな〜ってのんびりしていた数年前。

いざ、子供欲しいね。ってなった時には
仕事がパワーアップして、いつも残業。
くたくたで帰るから、ご飯食べて
どうしても携帯いじるぼーっとする無の時間が
すごく欲しくて気づいたら10時過ぎとかで…
とにかく寝たいと思っていた。

それと同時に、転職してからなぜか毎月
口内炎がかなりできる…
ご飯食べるのも辛いし、電話対応も辛い。
あまりにできるから、それが私の中で普通になっていた。

この2つを掛け合わせていたからか、
家に帰っていわゆる妊活をするのが
すっご〜い、義務にしか感じなかった。

それでも全然できないから
不妊治療を決意。

私は会社にそういうのを伝えるのは
ぜんっぜん恥ずかしくないタイプで
これを機に不妊治療をする会社員が
過ごしやすいチームが作れればいいと思っていたから、不妊治療公表して淡々と仕事と不妊治療をこなしていました。

といっても、始めは人口受精から。

とはいえ、自分の身体に合わせて病院を通うのは
風邪とはまた違った感じがして、頭では考えず身体に自分が振り回されているイメージがあった。

でも、全然結果は出ず。

むしろ、仕事との両立でアップアップする自分が
いやというほどわかるから、とにかくこの時期は自分のご機嫌を細かく観察していた。

この時期いかに機嫌を自分でとるかしか考えていなかったから、仕事と妊活で忙しくても
ランチに手を抜かなかったし、夕飯も我慢せず好きなもの食べたし、そのおかげが全然夫とギクシャクすることなかったかも。

ただ、さすがに両立に普通に疲れたなと思った時は
焦らずに、潔く治療を辞めた。

それが、よかったのかわからないけれど
その2ヶ月後くらいに妊娠をした。
でも発覚した2日後くらいにまさかの鮮血。
その日は在宅で、とにかくストレス溜まることが多くて、ああああってなっていた矢先のことだったから、焦りまくりで病院に電話して、翌日受診。

初めての妊娠は虚しく、子宮外妊娠でした。

大きな病院行って、手術しないと子宮全摘もあるとまぁまぁ脅されて、その足で総合病院へ。

お腹に我が子がいる嬉しさと、虚しさとなんだか複雑な気持ちだった。

私の場合は子宮の頚管に子供ができてしまったため
その何日か後には手術をしました。
その間に何回も病院に行くから、どこかで風邪をもらったのか同時にコロナになり散々だった。

でも、自分は子供ができる体とわかりほっとしたのも事実で、術後もコロナも落ち着いてから業務を開始した。

次の生理がくるまでは、妊活はお休み。

目まぐるしく日々の仕事は降ってくるから
悲しんでいる間もなかったかも。

ただ、当たり前に仕事しながら妊娠して、継続できる人と比べては落ち込んでいたかもしれない。

子宮外妊娠から4ヶ月後、私はまた妊娠した。
この時も治療はおやすみ。

あの時の子供が戻ってきてくれたんだ〜なんて
喜んでいた。

初めての胎嚢確認。
ちゃんとお腹にいてくれたこともすごく嬉しい。
夫に報告して、お互い嬉しい気持ちでホクホクした。

浮かれて、カフェインレスコーヒーを買ったりしました。

でも、数日経つ頃になんかお腹が張る。
これは、普通なのかな?と検索魔になる。

お腹張るけど、大丈夫と書かれているからあまり気にしないでいたが…次の日から茶おり。

病院にいくと、先週から胎嚢が育っていなくて
進行流産の可能性が大きいと言われる。

絶望感MAX

もうこの時は悲しかった。
2回目というのもあるけど、育ててあげることのできない悲しさ。
私はお母さんにならないかもしれない。という不安。

全てが押し寄せてきた。

精神的に無理すぎて初めて会社を1週間休みました。

その時に私が思ったこと。

どんなに治療しても、私の身体がボロボロなら
お腹の子供も育たないのかもしれない。

じゃあ、どうする?

口内炎を治してくれる病院にいこう。

数ヶ月してから口内炎がひどい時に内科を受診。
いつもなら、ビタミン不足、やれ栄養が〜とか言われてビタミン剤を出されるのだけど
夫も同じものを食べてもできません。
毎月この量ができます。
食事も喋るのもしんどいです。
と必死に伝えたら…

こんなに痛いのはしんどいですよね。
紹介状書きますね。となって専門の大きい病院に行けることになった。

この時から、絶対に私の身体は私が守るし
この治療の時間は確保する。
でも通院だけで毎月有休とるの嫌だから
月2回は有休とってどっちかは自分のご自愛タイムにしてやる。

と誓って、それ通りに過ごしたのがちょうど去年でした。

そこからの変化は次の記事で!







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