砂の中の貝殻と涙の話
保育園の屋上には園庭がある。
海がないはずなのに、そこには2ミリ程度の小さな貝殻がたくさんあるらしい。たまに、ビニール袋に入れた小さな貝殻を「かかにおみやげだよ」と持ち帰ってくれる。
はじめて持ち帰ったとき、
「どうして砂場なのに、貝殻があるの?」
と娘に聞かれた。貝殻は、砂場の中にひっそりと埋まっているらしい。
わからなかったので保育園の先生に伺うと、「砂場用の砂を買うと入ってるんですよね」と教えてくれた。
その日の夕食をとりながら、砂の中にまぎれこんだ貝殻の話をした。きっと砂場になる前は、海にある砂だったのだ。砂浜や海底からすくわれた砂が、きれいになって保育園の砂場になる。きれいになる過程で、工場の大きな網の機械でふるいにかけられる。その網の隙間から、さらりさらりと砂と一緒に抜け出したのだろう。その砂はトラックに乗って運ばれ、巡り巡って私の手に乗ったちいさな貝殻を、とても愛おしいと思う、と娘に伝えた。話の中に、娘の好きなショベルカーやトラックの話が出ると、娘は肩を揺らして笑った。
遠く、どこの海から来たかもわからないちいさな貝殻を手のひらに乗せると、艶やかな内側にオーロラが見えた。娘の爪の先ほどしかないきみも、間違いなく貝殻なんだ、と思う。
◇
保育園から帰った娘が、手も洗わずリュックをがさがさと漁っていた。帰ったらいちばんに手洗い、うがいだよ。という私の声は聞こえていない様子だった。しばらくして不服そうに顔をあげ、静かに手を洗い始めた。
夕食のオムライスを食べている時だった。突然、娘が「あ!」と言って、私を見る。なにか聞いてほしそうな顔だったので、なあに?と尋ねる。そこから娘は、堰を切ったように話し出した。
「今日ね、ほいくえんの屋上に行ったんだよ。それでね、えっとね、Sちゃんといっしょに、自転車にいっかいのったあと、Kちゃんが乗りたそうだったから、どうぞってしてあげたんだよ。それでね、あとね、お砂場でね、Sちゃんといっしょにね、貝殻みつけたんだよ。それでね、貝殻、かかにみせたげようと思ってね、せんせいにね、持って帰るって、言ったんだけどね、えっとね、貝殻ね、どこ行ったの…? せんせいに渡したんだけどね、せんせい捨てちゃったのかな…? あれ? ねえ、…この涙は、なんの涙なのぉ…?」
たくさんの言葉を吐き出しながら、「せんせいに渡したんだけどね」のあたりで、目にじわりと涙が浮かんでいた。手のひらで目をこすっては、指についた涙を不思議そうに見ている。
人差し指にひと粒の涙がのっていた。繭のような形をして、光と色を集めながら窮屈そうに瞬く珠を見て、子どもの頃熱心に集めたガラスビーズを思い出した。凧糸に好きなビーズを通して明るい窓辺に飾った。手のひらに置くと、太陽の光が色をまとって手に映る。鮮やかな色がのびる輪郭に、薄い灰色が混じる光を眺めるのが好きだった。ガラス瓶に入れた、あのたくさんあったビーズはどこへ行ったのだろう。きっと知らない間に捨てられてしまった。
人差し指にかろうじて留まっていた涙は、じんわりと皮膚に染み込んで消えた。目に浮かんだ涙は、燐のようなさみしい光を放ち、ぽろりとこぼれた。
悲しいなぁって、思ってるのかな? と聞くと、こくりと頷いた。悲しいなぁは、ほかの言葉でいうとどんな気持ち? と聞くと、
「かかにみせてあげたかったっていう気持ちと、いっぱいSちゃんと探したのになっていう気持ちと、あとね、せんせい、捨てちゃったのかなぁ…?」
先生に明日聞いてみようね、という。見せたいと思ってくれて嬉しいよ、ありがとう。前、かかが貝殻を好きだと言ったから、たくさんの砂の中から、とてもちいさい貝殻を見つけてくれたんだね。大変だったよね、ほんとうにありがとう。そう伝えても、娘はぜんぜん腑に落ちていないという顔をしている。けれど、広く深い海の中に眠っていた、あの2ミリしかないちいさな貝殻ほどでいい。愛おしいという気持ちが伝わってほしいと願う。
ことばを砂のように吐き出して、さめざめと泣く娘の背中を撫でる。頬を撫でると赤く上気していて、私の冷たい頬をくっつけた。どうして出たのかわからない、と流したその涙が、それでも美しいと思ったのだ。
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