夫と娘が紡ぐ、ふたりの時間。

夫と娘は、ふたりきりの時間を大切に過ごす。
そして私の願いの話。



夫は、仕事が休みの土日はもちろん、平日も、できるだけ娘のお風呂や寝かしつけをしたいという。
娘は3歳半。3歳になった頃、夫は突然「男である自分は、どうしても娘と過ごす時間にカウントダウンを感じる」と言った。
一緒にお風呂に入ることも、まくらを並べて寝ることも、あと数年のうちにできなくなるかもしれない。

「大切にしたいんだよね」

そう言いながら、夫は娘の頰を人差し指の背で撫でる。
娘が夫に目を向け、ぱちり、と瞳が合う。
もともと下り気味だった夫の眉は、とろんと溶けていた。



娘と夫が入っているお風呂から、遠く、途切れ途切れに聞こえてくる声が好きだ。
夫がカップのお水をこぼしたのか、「ととが〜だから、〜なんだよ!」と怒る娘に、ごめんと謝る夫の声。
浴槽に浸かっているのか「とと、〜、やってみて!」という娘の声に、しばらく沈黙が流れ、突然ふたりに起きる笑い声。

リビングのソファに座って、少しだけ耳をそばだてる。
夫と娘ふたりきりで紡ぐ幸せを一歩離れて聴くこの時間は、私の心をやんわりとあたためる。


お風呂から聞こえる声が好きだと話をすると、夫が嬉しそうに言った。
「寝かしつけの時はもっとおもしろいよ。こっそり聞いてみてよ」

ふたりが寝室に入ると、音を立てずそうっと近づく。肩にかけるブランケットと、温かいコーヒーをそばに。
ひそひそと肩を寄せて、同じベッドにもぐるふたりを頭に浮かべながら、こっそりと聴く。

そこで夫が娘に注ぐぬくもりの、小さなかけらをもらうのが好きだ。



娘はよく「ととが好きな歌をうたって」とせがむ。
坂本九さんの「上を向いて歩こう」や「明日があるさ」、米米CLUBさんの「浪漫飛行」、藤井風さんの「帰ろう」を歌っていた。
夫は、声を小さく抑えてゆっくりと歌う。
娘のおなかで、とん、とん、と優しくテンポを刻みながら。

娘は、CDやラジオから流れてくる「ほんもの」じゃなくて、夫が口ずさむその曲調をはじめに覚えるのだろう。


娘はよく「おてて貸して」とせがむ。
夫の手を、娘の小さな両手で包んだり、娘の顔にべったりとくっつけたり、頭を撫でたりして、ふたりでくすくすと笑う。
夫の声は「やめてやめて、寝るんだから、目をつむって」と言いながら、嬉しそうに弾む。

しばらくして、静まった寝室の戸を開けると、手を繋いだままおでこを寄せ合う姿がそこにある。



あるとき、娘は「おはなしして」とせがんでいた。
夫は、私たちが寝ている間に、やさしい妖精が部屋を片付けてくれたことがあるという話をした。

娘は”妖精”と聞き、驚きの声をあげた。

その後、ごにょごにょと小さな声で夫へたずねる。
「じゃあ、いま、カーテンのかげとか、テーブルの上とか、いすの下とか、絵本のうしろとか、娘ちゃんのコップの中に、ようせいが、いるってこと?」

早口で、うわずった声だった。
ふふ、と思わず笑ってしまい、私の肩にかけていたブランケットが音を立てて、とさりと落ちる。

あっ、というか娘の声が聞こえた。

「もしかして、いま、ようせいが居たんじゃない?」

娘の声が跳ねた。
しまった、と身を潜める。
夫が静かにドアを開け、私に目配せして、ぱたんとドアを閉めた。

どう?と、興奮気味に聞く娘。

「妖精、たぶんいたよ」

えー!と大きな声で驚いた娘が、すっと声を潜めて言う。

「娘ちゃんたちがまだ寝てないの、わからなかったのかなぁ」

そうだね、と答えるその声はひどく甘い。
きっと夫は、娘のおでこにかかる短い前髪を、やさしく撫でている。



夫は、少しずつ、娘との時間をやさしく紡ぐ。
そのかけらを見るたび、私は家族のあたたかさをかみしめる。
娘もきっと、夫との時間をこころの中に積み重ねている。

娘のこころに重なったその記憶が、どうか、ずっとずっとあたたかくありますように。



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