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電話を掛けるのは初めてだった。プライベートが見えにくい人というのはいるもので、彼もその一人、家にいたとしても少々頼みづらい。 「よう、俺」 「だろうな。お前から掛かってきた」 声の向こうは静かだった。 「部屋の鍵失くしたんだわ、夕方まで入れてくれる?」 小さく息を吐く音が聞こえる。断られるかもしれない。幸い、紺堂翔吾は広く浅い付き合いの友人が多い。 「場所送るから切るぞ」 言い終わると同時に通話が切られ、すぐに通知の音が鳴った。 翔吾の電話から5分後に、部屋のインターフォン
⑴ 「髪、色綺麗だね」 「ほんと?ありがとう」 はしゃいだ声に同じような声で返し、高野涼香は彼女から目をそらす。春のこんなやり取りは、正直面倒くさい。 大学に入学してすぐは、どの授業でもオリエンテーションのようなものが行われた。90分よりも早く済んでしまうことが多く、この教室でも30分の空き時間を持て余した一年生が固まりつつ散らばっていた。 「昼、みんなで食べよ!」 誰かの声にうんざりとする。もう、今日は一人になりたい。でも、この場を抜け出すとなると何か理由が必要だ。 「ね
0パソコンのそばには2冊の文庫本。並べると対になる表紙は、美しくも哀しくもあった。 手紙を書くような気持ちでキーボードを打つ。 本の世界の人物に生かされる人がいることを伝えたかった。 1⑴ 場所の匂いというのは不思議なもので、そこに入ったときは意識していた匂いが、いつのまにか気にならなくなっている。 清潔で無機質な匂いがする病院も、しばらく座っていれば何の匂いもない場所のように感じられる。入院患者にとっては、もはや日常の匂いとして認識されてもいないだろう。 待合室の椅子