マガジンのカバー画像

ショートストーリー

9
私が一人好きだからか、一人行動が好きな主人公が多いです。半分空想エッセイかもしれません。
運営しているクリエイター

記事一覧

みんな秘密

「もうすぐ来るって」 隣から聞こえた声に反応する。知った声だった。 「やっぱり難しくない?席を外したときじゃないとできないし」 こちらも知った声。ついでにはきはきとした口調も、よく知っている。 平日の午後のカフェは、会話をする集団や一人で静かに過ごす客で案外賑わっている。大学生になって知ったことだった。 休講日の今日は、私は一人でボックス席を独占していた。ほとんど満席でも、店内のざわめきは休日のそれとは違っていた。そのせいで、私の背中側にあたる隣のボックス席の会話がよく聞こ

暗くて静かで明るい朝

2022年6月27日(月)アラームを掛けなくても、大体同じ時間に目が覚める。7月に近い日の午前11時は暑くて明るい。外は眩しさに加えて、車が走る音や虫か鳥の声が聞こえてきた。部屋は静かだった。 リビングに向かい冷蔵庫を開けると、白い皿にのった丸くて赤いものが目に入った。 トマトとチーズを交互に串に刺したもの。完熟の目玉焼き、いやベーコンエッグ。まだ皿は空いていた。 俺はふっと笑って、食パンをトースターに入れた。 串を一つ摘まむと、さっぱりとしておいしかった。 『カプレー

場所は見つけた

その日、私は京都のまちを歩いていた。 まっすぐな道、古さが匂う家や店舗、茶色の看板。 観光しに来たわけではないのに、京都は歩きたくなる。 用事を済ませ、帰るまでに1時間半の自由な時間ができた。 1時間半は、90分。 のんびり歩いても、どこかカフェや喫茶店で一休みしてもいい時間だ。 あそこに行こう。 私は手のひらサイズで光る地図を開けた。 いつ、どうやって見つけたのか、上京区にあるカフェが気になっていた。 和と洋が重なった京都のカフェは、「喫茶店」か「カフェ」か・・・。

静かな主張

今日も、ここはまずまずの賑わい。 アルバイトをしているカフェは百貨店の中にあって、若い子は少なく、お客さんの年齢層は高め。 ほぼ毎日モーニングを食べにくる常連さん、友人とおしゃべりを楽しむ高齢の女性たち、カウンターに一人座る人。 大学生・アルバイト・人見知りの私には、合わないと感じる人も多い。 接客は苦手。でも、人と関わることから逃げたくない。 12時を過ぎると、一日で一番忙しくなる。手や口が無意識に動いてくれる不思議な時間だ。 一人、若いお客さんが座っている。奥の

遠い記録

私が小学生のとき、近所にお兄ちゃんが住んでいた。 名前は忘れてしまった。いつもお兄ちゃんと呼んでいたから。 学校が終わっても友だちとは遊ばず、まっすぐ帰っていた。 家に帰っても一人、宿題以外にすることなんてないのにいつもすぐに帰りたかった。 私は、家が近づくとお兄ちゃんの姿を探していた。 お兄ちゃんは写真を撮るのが好きらしく、ランドセルと黄色い帽子の私を撮ったり、家に遊びにいくとずっとカメラを首にかけてたくさん写真を撮ってくれた。 そういえば、お兄ちゃん家で何回もコ

それでも酔っている

K(自分)ミーティング用のアプリを使った飲み会を私は結構気に入っている。 家だから変に気張らないし、友人内なら余りものをちょこちょこ食べられるし、そこまでお金がかからない。 見栄を張らなければ。 今日もまた、PCからアプリを起動していつも通りに参加する。 やっとゆっくり座れた気がして、気持ちが緩んだのが分かった。 今日は仕事でトラブルがあって、夕方までバタバタしていたのだ。 家に入ると緊張感と疲労感が入れ替わって、ついさっき、手を洗ったら一口だけ飲んでしまった。 画

すいれん

10月1日 晴れ 後期の授業が始まった。この時期は何を着ればいいか迷う。ただでさえ着られる服が少ないのに、しばらく憂鬱。久しぶりの大学に疲れたら、あの本屋に逃げ込んでしまった。夏も春も、そうだった。もやもやしたり、なんか気持ちが落ちたときに行ってしまう。本屋って、平等だから。 久々のコーヒー、やっぱりいい。200円様様。久々のコーヒー、忘れてたよカップは遠くに置いておかないと。手が当たって、はい白Tにばしゃん。貴重な薄手の長袖が。しかも驚かせたのか、近くの女性もほぼ同時にコー

CAFE a

5番テーブル(2人席) 「ええー。そっか、また今度。お大事にね。うん、大丈夫。じゃあ。」 通話を切った私は、さあ目の前のテーブルの上をどうしようと口を結んだ。白いプレート皿にはホットサンドとサラダに小さく切ったコーヒーゼリー、が2つ。2人用の席の向かい側は空席で、今にも2人分のコーヒーが運ばれてくる。 「お待たせいたしました、ホットコーヒーです」 この店員さんは、私たちがいつも注文するものを覚えていて、私にはこの店オリジナルのブレンドコーヒーを、向かいの席にはマンなんと

講義前の20分

後ろの学生僕の好きな講義が始まる。広い講義室を使っておきながら先生が延々とお喋りをして、楽な授業かと思えばしっかりと感想を書かされる、適度にゆるく何となく面白い授業。多分、穴場の授業だ。おじさん先生は観光が専門で、講義名は堅っ苦しい名前で。周りの友人はこの授業の存在にさえ気が付いていないだろう。300人を収容できる大講義室に集まる学生は40人程で、まるで人気のない映画館だ。 でも、みんなは 知らない。これはコーヒー好きのおじさんによる世界各地のコーヒーと旅の思い出話の時間な