見出し画像

彼が話していた。


彼は苛立っていた。
だが、考えることに注力するにはあまりにも暑すぎる。
今日は、八月。
何日かなんて気にすることではない、ただの八月。

彼は、とても小心者であった。
泣き虫でもあったが、今では、ぶたれても涙一つも出ないであろう。
成長したんじゃない、麻痺したんだ。
彼は、もう普通の人が持つ気持ちを失っていた。

彼に、彼女が出来た。
彼女は彼の事を心から愛していた。
しかし、彼女が知っていたことは彼から告げられたことだけであった。
すなわち、彼は彼女の事を安心させたかった、ただそれだけの事だった。

彼は、何物でもなかった。
善人でも悪人でもなく、常に冷静であったからだ。
自分の状況次第で、どちらにでも転ぶ。
だから、彼がいつ蛮行に走るかなんて彼自身でもわからなかった。

事件は起きない。
ただ、ここで言う彼はフィクションではない。
現実に居るんだ。
現実にそういう人間がいる。
そして、そういう人間はとても綺麗だ。

フィクションは法則で成り立っている。
起承転結、序破急、ハリウッド映画、B級ホラー。
全て、どうなるか、何かが起こることだけが分かる。
起こらなくてもつまらないだけで何にも問題がない。

現実は違う。
何も起きなければ、現実はひどくなり、何かが起きても悪くなることはある。
現実とは問題の山積みだ。
ドリルの計算問題と同じ、皆と並んで同じ問題を解き続ける。
解かない人間はどうなる?
補習や懲罰、酷ければ休学や退学だ。

彼は、限界が近い。
しかし、そのことに誰も気づいていない。
社会の規範や法律がゲームのルールだとしたら、今まさに彼は裏技や小ネタを調べている最中だ。
そんな彼がいることに誰も気づかない。
そうして、それはあなた自身であるかもしれない。

とっくに社会の枠組みから外れていることに気づかない。
自分は特別だ。自分は頭が良いんだ。自分は才能があるんだ。
何を言っているんだ。

「君は、このゲームのプレイヤーではない。」
ある日そう告げられる。
そして、君は消える。
バグは自動的に消去される。
そう、メンテナンスだ。

日本に何人行方不明者がいる?
年に8万を超える。
では、世界では?
80万人だ。
その内何人が見つかった?
何人が生きていた?
何人の骨が残されていた?
お前は、どうしてならないと言い切れる?

お前は、自分がバグではないと言い切れるか?

消える。死ぬんじゃない。消えるんだ。
死なんてものはない。
人間が作り出した幻影だ。
水が蒸発するのと同じ。
人間は固体として形を保っているにすぎないだけだ。

お前は消える。何時どこで何をしていたとしても。
その時が来れば消える。跡形もなく。
忘れ去られる。誰からも。

お前自身もお前を忘れる。

そう思えば気が楽になったか?
人生が少しは軽くなったか?
バカげてる。

ここはまだ2段階目だぞ。
本当に辛いのは4と6だ。
9なんてもう筆舌に尽くしがたい。

教えに来てやったんだ。
俺はお前らを見ているとイラつくんだ。
この程度の場所で不幸だなんだの言っていて。
だから、教えに来ちゃったんだ。
もっと、辛くて、長いよ。

って。

そう言って、彼は消えた。


僕は?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?