見出し画像

創作活動という呪い

最近、Fallout76が楽しすぎてVRC時間を圧迫している。
ちょうど創作活動の合間に再開したのがいけなかった。
アパラチアを放浪して、ガラクタを拾い、解体して、保管箱に突っ込む。
それだけのことが抗いがたく楽しい。

特に今はPS5のフリープレイで新規プレイヤーも入ってきていて、活気の溢れている時期だ。私も道すがら新規のレジテンドに会った時は、スティムパックとRADアウェイを押し付け……渡していたりする。

しかしこれは楽しすぎる。問題だ。
いや、求めていた。これくらいハマれるゲームを私は求めてきた。
Steamのセールを買いあさり、昔にプレイしたゲームを引っ張り出し、
どっぷりとハマれるゲームをずっと求めていた。

が、いざハマってみるとこれはヤバい。
まさか三連休が奇麗に消え去るほどとは思わなかった。
正直なところ、創作活動にもVRChatの活動にも影響が出てきている。
ここまで危機感を抱いたのはDyson Sphere Program以来のことだ。

以上が前置きである。


今回、話したいことは創作活動は呪いであるということだ。

創作活動は楽しい。
それはもう、脳汁が出るほどに楽しい。
過程によっては苦しいが、それでも脳汁出る快感は必ずある。
だから私たちは創作活動がやめられないのだ。

しかし、創作活動を始めた瞬間、私たちには呪いがかかる。

クリエイターの生活から、オフという概念を奪う呪いだ。

我々にとって休日とは、創作活動をする時間である。
我々にとっての休日は二種類しかない。
創作活動をした日(オン)か、
本来やるべき創作活動をサボった日(オン)である。

もう一度言うぞ。
我々にとっての休日は、「オン」「サボり」だ。
仕事も入れれば「オン」「オン」「サボり」だ。
その繰り返しで一年が過ぎる。
クリエイターの生活には、オフがない。

ゆえに、全てから解放されてゲームに没頭することは不可能になる。
それは創作活動に充てる時間を削る行為だからだ。
罪悪感が伴う行為だからだ。
解放されない。魂が。
没頭できない。やるべきことが、ほかにあるから。

クリエイターが病みやすいのも、つまりそういうことだ。
オンとオフの境界線が曖昧な状態で過ごすと、人間の精神はたやすく病む。
やるべきことをやらずに遊ぶ、という状況で、人のメンタルはどれだけ回復するだろうか。

おそらく、私がクリエイターでなければFallout76との再会を諸手を挙げて喜んだろう。
「まずいことになったなあ」などと渋い顔をしながら遊んでいたりはしなかったろう。
快楽と罪悪感という最悪の食い合わせを同時に腹に収めるようなことは、しなかっただろう。

しかしまあ、かかってしまった呪いに嘆いても仕方ない。

呪いを解く方法は知っているんだ。創作から足を洗えばいい。

ああ、やめてくれやめてくれ。
それをするつもりなら、こんなふうに嘆く前に、さっさとやってるさ。
ああ、仕方ない仕方ない。
この呪いを抱えて生きていくしかないんだ。

仕方ない、仕方ない。


1月18日 追記

なんと記事執筆前に処方箋が出ていた事が発覚。ほんとそれ


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?