見出し画像

黒風

濡れた土の匂いが鼻を掠めていく。
昨日の夜雨が降ったから道はぬかるんでいる、せっかくの先のとがった赤い靴が汚れてしまう。
うちの周りの道は舗装されていない。おろしたての靴に気を使いながら獣道を歩いて町に向かった。
森が開けて、美味しそうなにおいや人の話し声が聞こえる。町はきれいだ、道は綺麗な石畳がはめ込まれている、壁みたいに大きな家が立ち並んでいる、何より町の中心に宮殿が鎮座している。
町の石畳をコツコツ機嫌よく歩く私にみんな笑ってくれる、私は道化師だ。
人前で面白おかしく動くだけでみんな笑顔になってくれる、私が笛を吹けば変な音が笛から出る、その音を聞くだけでもみんな笑ってくれる。
町に入ってすぐ、家のドアが開きガタイのいいお父さんと可愛らしい顔をした幼い子供が出てきた。
すぐ私と目が合って子供が私を指差し「笑い仮面」と呼んでくれた。私はその場でくるっと回って見せた、するとお父さんからも「笑い仮面いつもありがとう」なんて言ってもらえた。私は普段白い仮面に黒い絵の具で笑っている人の顔を書いている。
みんな仮面を見て「笑い仮面」と呼んでくれる。
親子に別れを告げ少し歩いていた、すると、屋台の前に人だかりが起きていた。
近づくと八百屋さんが色鮮やかな果物を売っていた、みんなドラゴンフルーツというものの競りをしていて盛り上がっているみたいだ。八百屋の若いお兄ちゃんが私を見るとリンゴを投げてくれた。「頑張れよ」と言ってくれた、私は深々と頭を下げた。
少しして教会の鐘がなった、銅でできた鐘の音が町の隅々までに流れた。鐘の音を聞いてから私は息を荒くなるほど走って城に向かった。
やっと町の中心につき城にいくための橋を渡り木製の私の何十倍もある扉に向かって「国王に頼まれた、道化師だ」と言い切る前に扉が少しずつ開き中で待っていた衛兵と共に城の中に入った。
金属の見るからに重そうな甲冑を着る衛兵が二人と私で、城の中で20を超える部屋をある中で最も大きな部屋である国王の間に通された。表にあった扉でも届かないくらい高い天井部屋の全てが大理石で床には王の座る玉座から真っ直ぐ赤いカーペットが一センチのずれもなく敷かれていた。
玉座の前で待たされた。少しすると、右奥から国王が現れた。国王は豊満な体をしていて
この地域伝わるクリスマスに赤い服を着て子供にプレゼントを与える人なのではないかとみんな噂している、確かに白い髭が顔位の大きさで生えている。
国王は玉座に座ると「いつもの見せるんだ」と言った。
私はいつもどうり、歌ったり踊ったりして見せた。
かれこれもう数時間は踊っているなと思ったときに国王から「なぁ、今日くらい仮面を外してくれないか?」とねだられたが丁重に断った念のために「私は死んでもこの仮面を外す気はございません」と言い放った。
国王はそれ以上詮索はしてこなかった。
国王にはよくしてもらっているから少し申し訳ない気持の反面、仮面の下を見られたらと焦りを覚えた。
衛兵と共に城の外まで送ってもらい会釈して橋を渡った。
来た時とは違いまるで足枷がついて派手な服を着ている罪人みたいと思えるくらい足取りが重くなった。
街を歩く姿勢も肩を落として俯きながら歩いていた、少し先から酒場の色々な人の声が聞こえるみんな酒が入っているから驚くほど声が多い。
私はあまり酔った人からの無茶ぶりが好きではないので、すぐ脇道に入って今朝通った獣道を歩いた。
夜の森は数え切れないくらい通っているが、不気味で仕方ない何か葉が揺れる音がすれば右手に持っているランタンを向け音のなるほうに「誰だ!出てこい!」と威嚇をするが返答は沈黙だけだ。
だが、今夜は違った。
私の家がうっすらと視界に捉えたホッとして胸をなでおろした、その時私の数歩後ろで葉が揺れる音が聞こえた。
いつもどうり、ランタンを向けて威嚇したランタンの光に照らされているのは木の後ろ、私よりも背が高い墨みたいな黒いコートが全身を覆っていた、膝から下は草があって見れない。
何よりも印象的なのは、銀が所々に付いている鳥の骨格みたいな黒い頭だ。
目は人間の何倍も大きく瞬きもしない。そいつは何も言わずにただジッと私を見つめていた。
今までに感じたことのない緊張感と空気が固まるのを感じた、しかし、私は丸腰だ。
決死の覚悟で、小道具を入れている袋をそいつに投げた。
袋は風切り音を放ちながら奴の真っ黒なコートに当たったが、奴はピクリとも動かずに私のほうを見つめている。小道具を入れた袋は地面に奴の近くに落ちた、笛が一つだけ外に零れ落ちていた。
私は、相手が怯むかよけると思ったその間に走って家にしっぽ巻いて逃げる算段だったが、さてどうしたものかまだ春なのに夏みたいに汗をかいていた。
そいつと顔を突き合わせてから大分たってから、奴はいきなり倒れた。
私は、唐突な出来事に立ち尽くしていたふと、我に返り奴に駆け寄った。
膝をついて奴のコートに触ろうとするとコート何かが風を起こし私は、後ろに吹っ飛ばされた気が付けば家の扉の前まで飛ばされていた。
そこから異様な光景が私の前で起きた。
黒い風が吹いていた。風に墨が付着したみたいにはっきりとわかる、黒い風は奴の上を旋回して、数回回り消えて無くなった。
恐る恐る近付くと奴の正体は人間だった。浅黒いハリのある肌、堀の深い顔、青年なのは一目瞭然だった。
だが、どこも悪くなさそうだ。私は、軽くそいつの顔を叩いて応答を求めたが何もかえってこなかった、少し考えているとそいつはいきなり老けて始めものの数秒で腐り果てた。
さっきまで青年だったのがいきなり骨になってしまった。
私は、訳が分からなくなったが一先ずこの死体を片付けなくてはと思い、家からシャベルを持って来て丁重に埋めた。
一瞬背後で足音が聞えた気がした、きっと幻聴だ。
非日常的な事が立て続けに起きたから気がめいっていると思い気に留めなかった。心のうちではこれ以上の面倒ごとに巻き込まれたくはなかったのだ。
家に早歩きで戻り着替えもしないでベッドに潜り込んだ。
そこから数日間冬眠している熊のように頭まで布団を被りびくついていた。
日が真上から家を照らす。
お腹が減ってたまらないしかし、ベッドを離れたくない。
ドアのすぐ近くにあるテーブルをにらみ続けた、ドアをノックする音が聞えた。
何の声も出なかった。きっと誰か町の人だろう、私を心配で来てくれたと安堵し、ベッドから出てドアを少し開けた。
ドアのほんの数センチの隙間から見えた姿は真っ黒のコートをきた鳥みたいなくちばしの奴が立っていた。黒いコートが見えた段階でドアを押し戻したしかし、黒いコートは足を出しドアを閉められないようにした。
私は、腰を抜かし尻餅をついてドアに向かって謝り続けた。黒いコートは何も発さずドアを開けて足音も立てず入ってきた。
目の前に死んだはずの存在が自分を見下しているそんな体験長い人生で一度もないと思っていた。
だがこれが現実なのか?
黒いコートの間から骨太な浅黒い腕がスッと出てきた。奴の手には私の笛があった。
この場で受け取る以外の答えを見出す事が出来なかった、何度も奴の大きな目を見て手に持っている笛を交互に見て3回目で笛を手にした。
笛が奴の手から離れた刹那、黒いコートが一瞬にして砂鉄みたいな微小の粒となって黒い風になりあっけぱなしのドアから出ていった。
今回は何も残らなかった。
残ったものと言えば右手に握っている細い笛だけ、開いた口が塞がらない、啞然とするとはこのようなことなのかと体感した。
少しして息を整えてテーブルにしがみつきながら立ち上がり、ドアを閉めた。
おかしなことにこの笛を手にしてから元気が沸々湧いてきた、まだ昼下がりだ、このまま町に繰り出してみよう何故かそんな気分になり仮面を付け町に行こう。
ここ数日晴れが続いたらしく、地面は乾いている、靴が汚れる事も気に留めず軽快なステップを刻みながら町に向かった。
森を抜けて石畳をコツコツと歩いていた。
しかし、今日は人っ子1人歩いていない立ち並ぶ家の窓も閉まっている、何だか嫌な気がしてきた。一先ず教会に向かう。
教会はいつ何時でも出迎えてくれる、だが今日は扉すらも開いていない、扉をノックしても
声をかけても返事はない。
町の中心の城に行ってみた珍しく扉が解放されていた。
衛兵もいない、恐る恐る城の中に入り、王の間の扉まで来た如何にも頑丈な鉄の扉が少し開いていたそこから気覚えのある人たちの声がした。
扉の隙間から覗いてみた、聞こえて来るのは「奴は有罪だ」、「あんな気味悪いのは町には入れてはならない」誰かに対してひどいことを言っていた。
玉座の前に民衆の人だかりが起きていたその一番後ろにいた子供が私に気が付き「いた!奴だ!!」その声に民衆が振り向き私と目が合ったみんな悪魔に取りつかれたみたいにこちらに走ってくる。私は、何もしていないはずだが反射的に逃げ出した。
城の外の橋まで戻ってきた後ろには「人殺し!!」と叫ぶ町の人たち誰かが私に石を投げ始めた何発かよけれたが2個石が仮面に当たった仮面は脆く半分に割れてしまった。
私は必死に手で隠したが無意味なことだった、追いかけて来る声が「化け物だ!!」なんてひどい言われ方に変わった。
町の石畳を一つの足音が通ると何十人もの足音が後を追うように冷たい町に響き渡った。
一先ず森に入り木の上に登ったどうやら巻いたみたいだ。
全身の毛穴から汗がたれ流れている、町の人が木の下を通った、きこえてくる話が信じられなかった。「あいつは他国の大使を殺したんだ」「許せない!わざわざ夜の森で殺すなんて卑劣な」私はその話を盗み聞きして驚愕した、この前の黒いコートの中身は他国の大使だったのか。
だが、一体誰がこの事を言いふらしたんだ?あの場には他に誰もいなかったはずなのに
いや、あの時幻聴と思っていた足音は本物だとするといたんだ。
誰かが木の下をもう一組通って行った。「この事件見たのうちの町にいた、前の道化師みたいだ。」「あいつそう言えば、笑い仮面に国王の前で芸を披露する仕事取られていたな」
私はようやく全てが分かった。
この町に元からいた道化師がいた。
彼は私に芸を仕込んでくれた師匠みたいな存在だったが、私が一人前になると自分は、他に街に行くと言ってそれっきりだった。
消息不明で町の誰に聞いてもみんな居場所は知らなかった噂だと国王の娘に手を出して追放されたみたいだ。確かに、余り女癖はよくはなかったしかし、追放されるほどのことなのか。
さらにもう一組通り過ぎて行った。「なぁ目撃者の道化師のやろう、実は大使の国に行っていたらしくそこでも手癖の悪さが出てこの町逃げたんだと」「知ってる知ってる、しかも、国王に交渉を持ち掛けてたんだと私は、この町の罪人を見つける能力があるとか言ってな」
私は、ひどく絶望した。信じて慕っていた人物が自分の為に私を裏切るなんて考えもしなかった。
国王と話せばわかるはずだ。雀の涙ほども無い希望を持ち一旦家に帰り服装を変えて城に向かおう、誰もいないことを確認して家まで走った。
何とか家まで着いたドアを開けて家に入りテーブルに紙があった。
手紙だ。
そこには師匠である道化師からの懺悔と嫉妬が感じられる手紙だった、こんな手紙なんかで済まされることではないのもわからなくなってしまったのかと悲しくなった。
手紙を何度も読み返した、何度読んでも納得は行かず手紙はくしゃくしゃにして床に捨てた。
日はとっぷり沈み私は、家を出て城に向かうタイミングを伺っていた。
窓の外からパチパチと木の燃える音が聞こえた、窓から外を見ると町の人が松明を持ち家を囲んでいた。
彼らから「早く出てこい」「もう逃げられないぞ」言葉を振りかけられた。
もう今更出たって逃げられないし捕まっても殺されるだけだ。
窓から見える今まで自分の知ってる町の人ではないことを悟り笛を持ちベッドに腰かけた。町の人はしびれを切らして松明を家目掛け投げてきた。
まるで花火のように綺麗な火の玉だ、家が木でできているから瞬く間に火が全体に広がり目の前が真っ赤になった。
熱い、熱い、息もしにくい、前は霞んでいる、木の燃える音、家が崩れかけてる音全てを一身に受ける。
崩れている家の中から私に出来ることは町の人を恨むことだ。
私は決意したこの身が消し炭になっても呪ってやる、絶対に呪ってやると決意し肺いっぱいに空気を吸込み笛を吹いて見せた。
笛からは何の音は出なかったしかし、黒い風が吹いて町に向かって飛んで行った。
三角屋根が落ちてきた、もう助かる見込みはない下敷きになりながらも顔色変えずに襲撃した人たちから目線は外さなかった。
春の夜に、先が見えないくらい森の中に、太陽に負けない明るさ放つ炎が天に向かって伸びていた。
家を燃やし尽くし笑い仮面の死体は炭になっていた。民衆にも色々な反応が出た、自分の行いを懺悔する者、これが正義だと主張する者、自分の事を疑う者、何も感じない者みんな一先ず家に帰って朝を迎えた。
朝、国王から話があるようで民衆を城に集合させた。
部屋の全てが大理石で床には王の座る玉座から真っ直ぐ赤いカーペットが一センチのずれもなく敷かれている王の間に民衆が集まり、国王が玉座に座り口を開いた「皆、昨日はよい行いをした。これからも皆と共に物事を決めていこう」咳を交えながら話した。
「国王陛下お体を大切にしてください」など気遣う声があった。
国王は軽く会釈をしてそそくさと寝室戻っていた。民衆も帰ろうとしていた、民衆の中に道化師がいたあの裏切った道化師だ。
みんな奴から話しかけて来ても顔も見ないで通り過ぎて行った。
何だか民衆も体調がすぐれないようでみんな家にいた。数日経って国王が病死したとうわさが流れた。
医者が見たところによると見たことのない病気だそうで直しようがないみたいだ。
民衆は驚きを隠せずにいた、誰も出で来ない町に裏切りの道化師は軽快に歩いていた。
家にいる人たちから煙たがれ食べ物を投げつけられていた。
裏切りの道化師色々な物を投げつけられているうちに段々咳がひどくなり前屈みに倒れた。
痙攣していたが次第に痙攣もしなくなりついにはピクリとも動かなくなった。
町の人は窓を閉じた、見て見ぬふりし続けた。次第に動物が死肉をあさり朽ち果てていった。
民衆の中からも続々と死んでしまうものが増えた。
面白いことにみんな死ぬ直前に同じ事を残した。「黒い風が来る」「黒い風が吹き荒れている」「黒い風がすぐそこにきている」
民衆の後悔は遅い遅すぎた。黒い風に命乞いをしても聞くわけがない相手はただの風だ。
森から笑い声が聞こえた、町のせき込む人々の音色をあざ笑うように。

甲骨仁


いかがでしたか? 少しホラーテイストのお話でした。
よろしければ感想お願い致します。

#眠れない夜に

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?