思い入れと思い遣り。
あのドラマの脚本が悪い、という声をたまに目にする。
特に朝ドラはそれが言われる。
年代が変われば、場所が変われば、物語のリズムは変わる。
変わる前が良すぎるほど脚本が悪いと、いう声がでてくる。
内容が散らかりすぎて読みにくい、という声もある。
ただ私が観たドラマでそういう声を聞くと、首を傾げる。
言うほど脚本が悪いのか、わからない。
その違いは何かを、ずーと考えていた。
いろいろあるとは思うが、物語の読み方が大きい気がする。
一つは、リズム感。
突然、違う異質なリズムが流れ出すと、不快に感じるのかもしれない。
私は、不快に感じるようなリズムに変わってもあまり気にしない。
リズムが変わる方が、調べが気になってしょうがない。
次はどんなリズムになるのかを楽しみにしてしまう。
もう一つが、型。
積み重ねで物語を読む人にとっては、
違う展開になること自体許せないのかもしれない。
私は小説を読む時、あとがきや結論をちらっと読んでしまう。
(実は数学の問題を解くときも、まず答えを見る)
そのゴールに向かってどういう物語が展開していくのかを
想像することを楽しみにしている。
(数学の問題と答えの間の公式やパターンを考えるのが、楽しみ)
散らかった伏線をどうつなげていくのか、気になってしょうがない。
たまに、なるほどこういう風につなげるんだと、感心することもある。
ドラマとかもゴール(最終回)は決まっていて、
そこにどういう構成で辿り着くかまでが、脚本だと思う。
たぶん、脚本に不満をもつ人は型がしっかり持っている人だと思う。
だから、型と違うことをされると不満不快を感じるのだろう。
例えば、決まったルートで進めないと、怒るんだと思う。
私も一様のルートは決めるが、方向音痴だからルート通りはまず進めない。
というか、決められたルートを進むことが苦手。
違うルートを発見することを、知らなかった場所と出会うことを、
楽しみながら散策をする方が好き。
変化に弱い型と変化に強い型の違いかもしれない。
いや、そもそも変化に強い型はないのかもしれない。
型がないから、変化に強いのかもしれない。
決まったリズムがあって型を重視する人ほど、思い入れが強いんだと思う。
決まったリズムも型もない人は、変化や出会いを楽しんでいるんだと思う。
一方的な思い入れに対して、
思い遣りをもって楽しんでいる気がしてならない。
どっちがよくて、どっちが悪いのでもない。
どっちでもいいとは思う。
思い入れが強すぎると自分の考えを押しつけてしまうので、
そこは気をつけないと思う。
思い遣りがある人は、自分の考えを相手に押しつけない。
思い遣りがある人は、周りばかり観て自分がないと言われたりする。
でも、相手との関係の中に自分を置くことで、自分が存在する。
思い入れと思い遣り。
似ているようで、全く違う。
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