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譜面を作ってる人の頭の中②_【バンド譜編】

ピアノの譜面を雑誌に掲載するようになってからは正確に言えば9年だったと思う(今の連載が7年続いており、その前に2年…とは言っても持ち回りだったので3ヶ月に1度だった…の短い連載があったからだ)。
この話の①の時に「楽譜によって付けるコードは変わる」というお話をしたが、もう少しだけ具体的にお話しておきたい。そのために、今度は「バンド演奏のためにミュージシャンに配る楽譜」について、説明する必要がある。
※僕はこの譜面のことを「ハコ譜」と呼んでいるので、今回もそうさせていただきたい。

この活動を始めてからバンド形式でのキーボードの役回りが増えるようになった。それまでバンド活動などはほとんどしていなかったし、急に歌い手さんの伴奏バンドをやることになったので今までのように「自分ひとりで完結する音楽」以上の考え方が必要になった。「コードを聞き取る」という作業はこの頃から始まったものだったので、僕が月刊Pianoにピアノ譜面を書き始めるよりも5年ほど前から…ということになるだろう。

これは「ピアニスト/キーボーディストあるある」なのだが、バンドで、例えば「ベース」だったり「ドラム」だったりという楽器は「バンドを組むことを前提にして」訓練された人たちしか居ない。しかしキーボーディストというのは「お前ピアノやってたんだろ?バンドでキーボードやってくれよ」とバンドに誘われて始めるパターンが多いため、「バンドを組むことを前提にして練習してきた人たち」が当然持っている感覚を、持ち合わせていないことが多いのだ。
僕は幸いなことにそれより前から「(音符がきちんと並んでいる楽譜を忠実に弾くわけではなく)コードを見て演奏する」という”コード弾きピアノ”を実践していたので割とすんなり入れたのかなと思うが、そうでなかった人たち、つまり「ピアノというのは、五線譜が用意されて、指示される通りに演奏するもの」という練習をしてきた人が、いきなりバンドに参加しても「何をしてよいのかさえも分からない」まま呆然とする他なかったりするのだ。コードを見てすぐに演奏に反映させる”コード弾き”は、一般のピアノ教室ではなかなか教えてくれない。先生自体のほとんどが”コード弾きを必要と思った事が無い”人だからだ。

コード弾き能力の問題の他にも、「リズムにきっちりと合わせて弾くことが苦手」だったり「(ベースがその役割を担っているのに)どうしても低い音を自分から出して、自分だけで音楽を完結させたがる」などの「キーボーディスト初心者あるある」は、そのどちらも「小さい頃から自由なテンポで、一人で完結させる音楽を練習してきたから」という功罪に他ならない。この2つに関しては、自分も相当苦労した。周りからの「縦(リズム)が合わないね」とか「低音あんまり鳴らさないで」などの言葉に、冷や汗をかきながら対応していたと思う。
コードを聞き取ってメンバーに配る…という行為も、そんな頃から始まったものなので「今見たら相当恥ずかしい」という譜面も多数発掘される。2009年頃の「相当ひどいやつ(ヘッダー画像のが2009年のです)」はほとんどが実家の倉庫にあるので公開の難を逃れホッとしているが、それから2年後くらいの、少し”こなれてきた頃”の物がこちらだ。

手書きなのを探したらたまたまこれがあったので、恥ずかしいながらも公開する。そして、この曲を最近書いたものが無いか調べた所、2017年に書いているものがあったので、同じ箇所を掲載する。この上下の間には6年の間があり、その間に僕は月Pの連載も開始しているので「コードの振り方」にも気を使い始めたのかなと感じる。
まず、初期は「コードを五線の下に書いていた」のが特徴だろう。これは自分が「コードは伴奏(つまりピアニストで言えば左手)のものだから」という考えに流されていたと思う。
また、4拍の中を「2拍&2拍」と割る基本を分かっていなかったので、付点四分音符と四分音符を並べて書く(四角で囲った部分)などの未熟さが見え隠れしている… が、今回はコードの話だ。

ヤマハで楽譜を書くようになってから、特に「ベースがどこを鳴らしているか」を気にするようになったと思う。例えば2小節目の頭のコードは、初期だと「B」と記しているが、2017版では「B/D#」としている。もちろん「B」の和音の中には「D#」も含まれているので「B」と書いても間違いではないのだが、きっとヤマハで書いているにあたり、ベース音についての校正直しが多かったのでベース音に特に気をつけるようになったのだと思う。
ヤマハでは(add9)は記さない ことが多いが、この譜面では使っている。
【E→B】よりも【E(add9)→B/D#】の方が、例えばその両方の構成音に「F#」が共通して存在することだったり、ベース音が隣同士だったりという事もあって「バンド全体で演奏した時に、音の変化がスムーズだ」と感じられるコード進行を選んでいるわけだ。(そもそも原曲がベースラインがゆるやかに下っていくものなので、こう表記するべきだと思う。)
その1段目の4小節目も初期は【B】だが2017版では【F#sus4→B(add9)】と丁寧になっている。B(add9)に落ち着くために展開系に似ているF#sus4を示すことで自然な進行になるのだ。

先日あるドラマーさん(エレクトーン出身)とコードの話をした所「ヤマハは、エレクトーン的発想が大きく楽譜に出てるのかもしれない」と言われて思わず膝を叩いた。実はヤマハの楽譜出版の歴史にはエレクトーンが大きく存在していて、そもそも自分の連載している月刊Pianoだって、もともとは月刊エレクトーンから派生した雑誌として生まれたものだからだ。「割とベースを重要視する」とか「コードは4和音(+onコード)まで」とか「ドミナントモーション的観点で書く進行より、実際の印象をコードに変換する」という様な、割と自分的には「ヤマハっぽい」と思っていたルールの遠因にそれが存在しているのは言い得ているような気がした。

最後に「昔のハコ譜」と「今のハコ譜」の対比をもう1パターン見ていただきたい。キーが違うのはお許し頂きたい。

2013年版
2021年版

あきらかに初期はうざくて、後期はシンプルになった。

この間で、どういう風に考え方が変わったかを説明すると、初期は「楽譜で奏者に指示しよう」という(つまりピアニスト的な)作り方だったのが、後期は「楽譜で奏者に任せられる幅をなるべく広げよう」という作り方になった…ということだ。玉の主張が無くなったのが大きい。特にこの曲は「やんちゃロック」な性質なので、譜面上での指示が細かくなるほど奏者に対して演奏上の縛りを作ってしまいかねないわけだ。ギターのリフも「手から自然と出てくるものが正解」と考えられるようになったのは大きかったかもしれない。

この期間の大きな変化としてもう一つは、iPadで楽譜を見たり、そのままApple Pencilで書き込むようになったことだろう。必ず両開き2枚に収めたり、迷っても戻りやすいようにリハマークを左に寄せるなど、色んなコツを積み重ねてこうなった。

原曲は「C7(9,#11)」という音だったから「C7(9,#11)」などと譜面に書くのではなく、ハコ譜はシンプルに「C7」や、なんなら「C」でもよくて、『その音を鳴らしたいと思っている人』が、ちょちょっとそこに書き込めば良い。ハコ譜ってそういうモノと気づけるまでには、ピアノ出身の僕には時間がかかったが、ヤマハさんからの校正指導や、たくさんの経験が育ててくれたような気がする。

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