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有料配信ライブを「しない」という選択肢

平時に戻りつつある日常と共に、ライブがまた増えてきました。僕のように今現在を音楽の世界で過ごしている身としては、ここ数年息を止められているかのような感覚でしたから本当にありがたい限りです。

僕はここ数年、自分自身が表に出る活動を少しだけセーブして、色んなイベントの制作をする機会を増やしていました。「事務員G」の名前は出さないにせよ、実は結構いろんなイベントを作っていたんです。そんな中で、一つこの数年の間に得た知見みたいなのがあるので、この機会に書き置いておこうと思いました。

コロナ禍、お客さんを実際に集めることを封じられた我々が放った一手に「ライブを無観客有料生配信する」というものがありました。おそらくどの産業でもそうだと思いますが「人と人とを接させずに、以前は普通にできた体験をネットで仮想体験してもらう」という最後の手法に、内部の反発も大きかったことと思います。でも、「前例がない」だの「マネタイズは」だの言ってるだけだとマジで死んでいくだけですから、やらざるを得ない所まであの時は来たんですよね。それしか方法がなかった。まぁ、とにかくやりました。(※この時の話を広げるのは今回はやめておきます)

結果的に「ライブを有料で生配信する」というやり方が、ライブを作る上で選択される一項目として加わったのはこの時のおかげ。
その後、フィジカルライブ(お客さんが実際に会場に集まる形式)に、オンラインライブをセットにして制作するやり方が「あり」というか、僕のまわりではわりとポピュラーになってきたわけです。

急ですが、時間軸を今現在にさせてもらうと、最近のご意見(いろんなお問い合わせ窓口から送って頂くものを僕は総じて見れると思っていただけましたら)で多くなってきたのは、以下のようなものです。

「以前は配信もセットだったのに、どうして今回はやってくれないのですか。私はさまざま理由から現地に赴くことが難しいのですが、そういう人たちの事を考慮していただけないのが悲しいです。」

そうなんです…
現に「配信をしない」と制作が決める現場が増えてきました。
申し訳ないと、とても思います。
しかし、そこに葛藤が無かったかと言われたら、そうではありません。

こう思われる方も居らっしゃるでしょうか。
「カメラとネットがあれば簡単に配信できる時代なのに、どうしてコロナ禍では普通になったオンライン配信(とそこで得られる収益)を求めにいかないのですか」

もし先程のような頂いたメッセージに「本当の理由」を書いて送ったら、それはただ単に現実を説明するだけになってしまうので、こう返さざるを得ません。
「貴重なご意見として受け止め今後に活かさせて頂きます」
では、その「本当の理由」とやらは、一体なんなのでしょうか。どうやったら明文化できるのか、事あるごとに考えるようになりました。

僕をまるでこの業界の代表の様に捉えていただいてしまうと、それはそれで「ウチは違う」とか「お前の所だけだろ」みたいに言われてしまうかもしれないので、これは本当に、僕が個人的に感じていることであり、何のデータにも基づいていない事を先に書かせていただきますね。

①権利関係の問題がマジでつらすぎる

既存楽曲を「ライブでやる」のと「ネット配信する」のとでは、適用される権利に違いがあります。「この曲を配信したい」と事前に申請し、許諾してもらう必要があり、これにすごく時間がかかります。そして許諾されない場合もある(本当によくある!)というのは、練習などの準備を始めることさえできないので辛いのです。
まず「やりたい曲」を書き出して、それらの権利を全部調べるのに時に数週間持っていかれる。「多分大丈夫」と思っていた曲が直前でNGになることもありました。せっかく練習していたのにこれにはガッカリですよね。
15曲の候補曲があるのに、いま練習が始められるのは4曲…という時もあります。本番日のギリギリまで待って「もうこれ以上待ったら、練習が間に合わない」と候補から捨てるケースも頻発しました。
「普段の生配信は自由に弾いてるのに?」というご質問を想定しておくと「それは無料配信だから」とか「Youtubeなどのプラットフォームは包括契約があるから」とか「個人なので黙認されているから」などのお答えになりますね。
もっと具体的にピアノ演奏者目線で言うと、アドリブが怖くなりました。例えばAという曲(許諾OK)を演奏してる最中に、自由な気持ちでBという曲(未許諾)を混ぜて弾いてしまうことは許されません。
「別の曲を弾かないように注意しながら弾く」というのは、かなりの自由が奪われるのです。
(うっかり弾いてしまって慌ててごまかすシーンも実はたまにあったりします…)
とある方のライブ後のアーカイブで「あの曲が飛ばされてる」と気づく経験をされた方、もしかしたらいらっしゃいますでしょうか。まぁ、そういうことだったんです。つい弾いちゃったんですよね。
「配信が無い」というだけで、演奏者も、そこに関わる人達も、ものすごく安心するわけです。

②配信をしてもモトが取れなくなってきた

配信の機材を用意するのに数十万円の予算が掛かります。細かな計算式を書くのは避けますが、申し訳ないと思いつつも「割にあわない」事が多くなってきたんだと思います。
機材以外にも意外と気づかれないのは、快適なプラットフォーム(配信会社)を確保するのに掛かる手数料。
誰もが満足する品質で配信をすると、機材・プラホ・人員で、けっこうな金額になります。
この状況だから…と「配信だけ」で糊口をしのぎつつ、戻ってきたから「フィジカル&配信」という2つの選択肢を用意した結果、たしかにお客さんは嬉しいはずなのですが「お客さんが嬉しいだけで、労力に見合わない」になってきてしまった。
機材の品質や、掛かる人手を減らしてでも…と調整してみたことがありましたが、音と映像の細かなズレが発生したり、見せられる画角が減ったりすると、結果的に「前のほうが良かった」という感想を誘発させてしまいます。
「今回は良くない」というコメントが出てしまい、他に見ている方々からの「そうだよね」や、もちろんいま現時点で演奏している演者本人への音楽的な影響なども考えてしまうと、やはり予算的にも、気持ち良く終われるか的にも、健康そうな方を選ぶべきなのかなと。
「フィジカル&配信ライブ」が増えて、見れるライブの選択肢が増えた結果、お客さんは分散され以前のような数字は見込めなくなる…という流れが見えたような気がしました。そして「それならフィジカルのみ、しっかりやりましょう」というフェーズに来たのかもしれません。

(じゃあ「配信ライブの金額を上げたらどうだろう」という考え方。これは僕もアリだと思っているんですが、世間的に「フィジカルが高くて、オンラインは安い」が基準として定着しているので、なかなか踏み込めずにいますね。実際の所、それをやってみたらどうなるんだろう。え、どうなんだろう…。)

③地方でライブする意義が少なくなってしまう…という焦り

個人的になんですが、これも感じます。
考えてみれば当たり前の話なのですが、基本的に東京ですべての作業が完結しますので、地方に行くことが少なくなりましたね。
「会場は東京です。実際に見たい人は来て頂き、物理的に距離のある方は配信でよろしくおねがいします」という考え方に慣れてしまう危険があるなと。極端にしてしまうと、主要都市はおろか、大阪にさえ行く必要が無くなってくるんですよね。だって配信がありますから…って言ってしまえば。
やはりライブの醍醐味というのは、現地で同じ空気感を味わう事だと思っているのであまり「配信ライブ慣れ」しすぎるのもいけないなと、これは自戒の意味も込めて選択肢に入れました。
タイトルの主軸からはちょっと逸れてしまうかもしれませんが、これからは「色んな場所でやることに注力する(≒地方の経済/音楽界を回す)」ことも求められているので、「安心してください!配信あります!」の流れはある程度にとどめる必要も多少あるのかもしれない…と思う時もあります。

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そう言えば「有料生配信」をし始める時「簡単にライブの映像が切り抜かれて投稿されるおそれが強い」という懸念も指摘されていました。が、結果としてそれはあまり無かった…ということが分かりました。リスナーの皆さんが節度を守って、きちんと配信ライブを「価値」の一つとして守って下さった事は本当に嬉しかったです。ここで「理由」として挙げずに済んで、良かったです。

コロナ禍という非常時に「有料生配信ライブ」という苦肉の策が提案され、数年でかなりの品質になりました。しかし、日常を取り戻すに従って、従来のフィジカルライブへ戻りつつあります。そのグラデーションの真ん中がまさに今現在の様子であり、「フィジカル&配信」というハイブリッドな状態に(一時的に)なっているんだと思います。これからもっと、フィジカルとオンラインの分離が進んでいくと思います。

やってみて分かったのは「フィジカル&配信」の手間の多さと、掛けるべき準備時間の長さ。あれはちょっと特別で贅沢なやり方だったんだなと。
世の中の複雑な部分がもっとシンプルになれば、このやり方がまた多くなっていく日も来るのかもしれませんね。

単にライブを配信できない言い訳して終わるだけというのもアレですので追記しておきますと、なるべく多くの皆さんになるべく長い期間に渡って楽しい音楽が届けられるように、どの方法が一番良いのかというのを模索しているのは今も続いています。
もちろんすべての人が大満足!という方法はありえないのかもしれませんが、これからも試行錯誤して、時には厳しいご意見も頂きつつ、やっていければいいなと思っています。
時には「どうして」と思われることもあるかもしれませんが、なるべく全体(お客様・提供側双方)の納得するポイントに寄せていければというのを目標にしています。
なにとぞ、これからもよろしくお願いいたします。

サポートをいただけましたら なるべく自分の言葉でメッセージをお返ししようと思います。 よろしくお願いいたします。うれしいです!