掛け声が独特なコンビニ店員さんの話

神田須田町かんだすだちょう。かつては「連雀町れんじゃくちょう」と呼ばれた地域だが、このあたりは奇跡的に戦火をまぬがれたこともあり、江戸時代を思わせる建物がまだ残っている。趣を残すいくつものお店の中で、1880年創業の「神田やぶそば」というあまりにも有名なお店があるのだが、2013年に起きた不慮の火事で、昔のままだった貴重な建物は燃えてしまった。とあるボカロPと「やぶそば」に行って蕎麦でもたぐろうじゃないかと予定を組んでいたのだが、火事が起きたため予定も立ち消えになりそのままいつしか疎遠になってしまった。いまは何をしているだろうか。
 ※かんだやぶそばは翌2014年に新店舗で再開しました

昔ながらのそば屋ということで、この店ではゆっくりと酒が飲める。いつまでもパリパリで楽しめるよう、小さな炭をしのばせた小箱の上に入って出てくる焼海苔や、しいたけの煮物やカンピョウといっしょに蕎麦を巻いた”蕎麦ずし”など、気の利いたつまみも大変な「さかな」なのだが、もう一つぜひとも酒の肴にしてほしいのが、独特な、その店員さんの掛け声である。

「いらーーーっしゃ〜い」
「せいろうーーいちまぁい〜」
「ありがとうぞんじますぅーー」

まるで唄うかのように(庵点いおりてん"〽"を付けようか迷った…笑)、店員さんは掛け声を出し合っている。聞くに、江戸時代からそのまま引き継がれた伝統なのだそうだ。紙が貴重だった時代に、店中に通るこの調子でやり取りすることで、その節約につながっていたそうな。江戸時代と現代がつながっているような気持ちになり、とても楽しいので一度体験していただきたいと思う。

ところで。
私が初めてこの「いらーーーっしゃーーーい」という、伝統的な、ちょっと変わった調子の掛け声を聞いた時に、ふと思い出した方がいる。
急に現代の話になるが、とあるローソンの男性店員さんだった。

その当時勤めていたホテルのすぐ横にあったローソンには、弁当や飲み物はもちろん、暇つぶしの雑誌を買うなどして大変お世話になったのだが、とても特徴のある店員さんが居たのだ。しかも二人。もう私にはその二人しか記憶にないので、他に店員さんが居たのかどうかも忘れてしまったが(居たに決まってるのだが)、私から他の店員さんの記憶を消し去るくらいの人で、お相撲さんのように大きい体格であることが、二人の共通点だった。

この二人、いつも同じシフトに入っているのか、ほとんどの場合ワンセットで勤務していた。一人は千代丸関に似ていて可愛らしい顔つきをしており、もう一人は角張った顔にした小林亜星さんに近く、唇がプルプルだったと記憶している。便宜上、千代丸さんと亜星さんとお呼びさせて頂く。

「かんだやぶそば」で思い出していたのはこの亜星さんのほうで、特徴の一つとして、すべての語尾が伸びる傾向があった。

「いーーーー(いったん途切れ) らっしゃいあせーーーーぇぃ」

という裏声ファルセットを用いた独特な調子は、なんともおおらかであり、最後の「せーーーーぇぃ」の音階はHiD→HiD#で、ポルタメントなだらかに音階が移動していた。刮目すべきはレジの際である。自分自身はこの調子を「とても楽しみだ」と感じていたのでレジに行く前に自分のレジ担当が亜星さんだと気づくとまず真顔を作る作業から始めなくてはいけなかった。平然と買い物を済ませているような顔を保つよう、頬周りの弛緩をニュートラルにするべく、ときには会社に戻ったらやらねばならぬ、面倒な仕事のことを思い出すなどして眉をひそめたりしていた。後述するが、この時、財布の中に千円札が入っていることをちらりと確認しておくことも怠ってはいけなかった。

レジ前で対峙すると、お決まりの「いーーーー(空白) らっしゃいあせーーーーぇぃ」で迎えられる。そして、レジ打ちが始まるのだがここはただ時がすぎるのを待てば良い。「お箸はおつけしますか」や「温めますか」などの質問がなされるが、それらの調子はいたって普通。なぜか質問以外の定型句だけがこの調子になっているのだった。やがてクライマックスの到来。

「376円のーー(いったん途切れ) おーーっかいあげでぃーーーーす!」

と、商店街の福引きで2位が出た時のようなテンションで合計金額を叫ぶのだ。カランカランと鳴るベルを持っていたのならそれは相応であるだろうが、こんな平客の合計金額なぞをも、店内の客に、あまねく伝えんばかりの声量で発するのだった。

ここでおもむろに、先ほど確認しておいた千円札を出す。たとえ500円玉を持ち合わせていたとしても、ここでは千円札を出したほうが良い。千円札を受け取った亜星さんは少しだけ「千円札…」という顔をしてくれる。そして紙幣を受け取ったあと、こう言う。

「ア・千円のぉ (ペシペシッ) おーーあずかりでぃーーーす!」

この(ペシペシッ)という音は、左手で持った千円札を、右手の親指と中指を使って軽くはじいている音である。お札が重なっていないかのチェックというわけなのだが、これがリズミカルで大変気持ち良い。そう、この動作が見たかったのだ。ここでもし500円玉を出してしまっていたら、この動作は見られない。ただ「500円のぉ おーーあずかりでぃーーーす!」と言うにとどまってしまうのだが、千円札を出すことで「(ペシペシッ)」という音と、なぜか最初に「ア」という声が加わるのだ。おそらく「(ペシペシッ)」というリズムを挿入するために余ってしまった拍数の調整に必要なのだろうと推測する。「あーーーりゃとーー(空白)ございまーーーーす」という調子に送られ、小ぶりな歌舞伎の見得を見たような満足感で店を出ることができる。

次に千代丸さんのほうだが、この方の特徴は「一点一点の商品を、とても丁寧に読み上げてくれる」というものであった。「丁寧に」というところが肝心であり、例えば鮭と梅のおにぎりを持っていったとすると、レジ打ちの際には「おにぎりが二点」ではなく、「"鮭"のおにぎりが、一点。"梅"のおにぎりが、一点。」ときちんと正確に発声してくれるわけだ。

ある日、仕事で使っていたボールペンのインクが無くなったので買いに来た(お気に入りの文房具が使いたかった私は、支給品を使わずに自分で買っていた)こともあったが、その際も「黒ボールペン、サラサが一点」と読み上げてくれたし、マヨラーの私がマヨネーズの小さいのを買ったときも「マヨネーズの、小瓶が一点」と言ってくれた。

そのうちいつしか「この商品はどう読み上げてくれるのだろう」を楽しみにするようになった自分がいたのだが、こち亀のコミックスを買った時は「漫画本が一点」だったし、新商品を解説するような類の雑誌を買った時は「雑誌類が一点」だった。タイトルまでは(さすがにプライバシーもあると思うので)読まないことは分かったのだが、なぜか「漫画」や「雑誌」ではなく、一語付くのが特徴なのかもしれない、と思った。別の時、男性の同僚がいわゆる…あまりそれを読み上げてもらいたくない…と思うものを購入した際は一転して無言だったということも立ち話で聞いたこともあったので、気遣いをしてくださっているようではあった。

特に印象に残っているのは、忘れてしまったハンカチを買いに行った時の事だ。

「青の、ハンケチーフが、一点〜」

まさか出るとは思わなかった古風いにしえぶりな言い方に、その時は少し振り返ってしまったのを覚えている。休憩中のちょっとした楽しみだったそのローソンもいつしか無くなりすでに10年以上が経過しているが、今もお元気で、どこかであの声を響かせてくれていると良いなぁと思う。

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