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秋に白い少年

ちょうど2年前、僕は真っ白な少年に出会った。彼はいつも色付いた葉が舞う日に現れる。

14th 『Métaphore』
こんにちは。少し大きめの茶色のダッフルコートを着た男子中学生が目の前に座る。優しい笑顔の中には、距離感に気をつけなければいけないと思わせる繊細さがあった。不安定に乗せられたペラペラを避けてスプーンを進めた。
白い肌には寒空がよく似合う。純度の高い洋梨ソルベの中にある微かな青っぽさにあどけない表情を感じた。
周りの友達に合わせて家の外では「俺」なんて性格に似合わない一人称を使っている。キャラメリゼされたナッツの香ばしさやクランブルの塩っ気に外行きの男の子っぽさが見て取れた。
話しているうちにシャンティに埋もれたメレンゲの扉を見つけ、ノックしてからそっと心の中へと入った。静かだ。真っ暗でだだっ広い部屋の中に、僕が開けたドアから光の筋が差し込む。まるで誰にも踏み入れられていない遺跡を発掘したかのような気持ちになった。
その部屋の中には、無垢な状態の色鮮やかな顔が2つあった。旬の果物のソルベとほうじ茶のアイスだ。隠れていた顔はどちらも感情的というよりは理性的で、秋の一貫性として違和感なく受け入れられた。
提供前半の無花果のソルベにしろ後半の柿のソルベにしろ、中盤で出てくるには繊細な味で、食べ手がさらに慎重にならざるを得なかった。
自覚的に敏感になった感覚がほうじ茶の香りでアイスとゼリーを繋げて、自然に加速が始まった。最後の一口に向けて食感のグラデーションを一直線に走っていった。しかし、最高速度に達する寸前、その下で待ち構えていたクランブルに呼び止められた。急ブレーキで筋肉がつりそうになる。
柔らかさの中だから目立つ異物感が、男になっていく予兆を感じさせる。まさに今から表層にも現れてくるのだろう。食感の振れ幅と塩っ気に打撃を受けながら、優しいシャンティに包まれた。


20th 『Simile』
僕は初めてメイドカフェに来ていた。「知り合いがメイドを始めたから遊びに行こう」と友達に誘われて、ノコノコとついてきた。メイドカフェはオタクの集まる場所なんて時代はとうの昔に終わり、今や非日常的な体験ができる遊び場になっている。
「おかえりなさいませ、ご主人様♡」
本物だ。メイド服のフリルのようにコテコテに盛られたピスタチオクリームは、しっかりとクセが強いのにまったく嫌味がない。
担当してくれたのはツインテールのメイドさんで、不慣れな僕にも世界観を壊さずにお店のルールを面白く説明してくれる。
メイドを始めたばかりのはずなのに、営業スマイルの仕上がりはベテランの域に達していた。ただ、なぜだろう。近くで大きな身振りをしたときに香ってくる洋梨ブランデーや、りんごメレンゲのアクセサリーに、不思議と記憶が刺激された。

お疲れ様。裏口から私服で出てきた彼女に友達が言う。せっかくだから飲みに行こうという話になっていたらしい。僕はさっき聞いた。
彼女は女の子にしては、いや男の僕よりたくさんお酒を飲んだ。かと言って酒豪というわけではなくてちゃんと酔っぱらい、気がつくと身の上話をしている。「こいつ、いつもこうだから」と友達もゲラゲラと笑っていた。
決して幸せな話ではなかったけど、彼女の核となっている部分を知れて、嫌な気持ちにはならなかった。
彼女には少し歳の離れた弟がいて、とにかく可愛くてしょうがないらしい。どれだけ世話を焼いていても、面倒を見てやらないといけないとは表現しない。
メレンゲの扉の内側に隠された洋梨ソルベとキャラメルプリン。間違いない。Métaphoreくんのお姉ちゃんだ。
彼の純粋な感性は、この人によって守られてきたようだった。共有している過去でも姉弟で捉え方がまるで違う。
弟は純粋に外に表し、姉は内に秘めて化粧をする。


23rd 『Anonyme』
ふと目があって真正面から見た顔は紛れもなく彼だった。行きつけのコーヒースタンドで何度か見かけていたけれど、確信が持てず今まで話しかけないでいた。
もう19歳くらいになっただろうか。ベージュのチェスターコートを着ている。首周りにモコモコと盛られたクリームが、今年の冬のためにおろした真新しいマフラーに見えた。
キャラメルプリンに乗った梨のソルベが、純粋な心とその危うさを物語る。彼の質感を思い出すのには十分だった。
数年の間に、内気だった少年は外行きの笑顔が格段に上手くなっていた。緊張感を醸し出すペラペラはなくなり、不透明な器は姉と同じ透明なグラスに変わった。
ホワイトラムで香り付けされたシャンティは、覚えたての香水。キャラメリゼされたナッツは、板に付いてきた男らしい一人称。
無花果/柿ソルベだった部位は甘味をおさえた栗のアイスに組み替えられ、果物由来のフレッシュ感から焙煎による深い味合いが主になっていた。
それでも秋の一貫性は継続している。今でも不安になるくらいまっすぐだ。最後はまたほうじ茶のグラデーションを走った。今度はクランブルにも驚かない。


真っ白な少年が思春期を何にも染まらずに通り抜けるのはそう簡単なことではない。真っ白な青年。彼はこの5年をどう生きてきたのか。出来れば近くで見ていたかった。

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