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自作パフェのすゝめ

パフェパーツが販売されるという耳を疑うような話を聞いた。

それは、神楽坂のパフェバーagariで実際に現メニューに使われている“抹茶クランブル”だった。
販売の対象は、そのパフェを店内で食べた人に限る。つまり、店に足を運べない人や少しだけ試してみたい人に向けた商品ではなく、パフェバーagariの味をすでに知った人に向けた商品ということだ。

agariの公式インスタグラムアカウントでは、そのクランブルの美味しい食べ方がいくつか紹介されていたが、僕はパフェを食べる前からこのクランブルを使って“自作パフェ”を建てようと考えていた。
なぜなら、パフェ専門店の純正パフェパーツなんてものは、そうそう手に入る代物ではないからである。

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HIGO 金柑 チャンドラ 晩白柚のbitterなパフェ
↑ディル
晩白柚のピール
金柑
キャラメル生クリーム
チャンドラ・晩白柚のハチミツマリネ
ビーガン甘酒抹茶のアイス
ハナウサカジツさんの金柑
バスクチーズケーキ
フレッシュなチャンドラ・晩白柚
キャラメル生クリーム
晩白柚ワタの砂糖煮
アーモンド入りホワイトチョコ抹茶クランブル
無糖生クリーム
金柑のハチミツマリネ
↓玄米茶ゼリー

晴々とした空に、時折りビュンと吹く力強い風、揺れる黄色い花たち。
緑生い茂るなだらかな斜面、風化した遺跡に、スカートを履いた快活な少女。生き生きとした自然が目に浮かぶ。
複数の柑橘が複雑性を生みながらも、離れすぎない一体感を見せる。さらに抹茶とキャラメルの別方向の苦味が合わさることで、味わいに有機的な立体感が出ている。

柑橘が自然を想起させる理由は、モモ・ブドウ・イチゴ・メロンが品種改良によって雑味を消し去ったのに比べ、柑橘は酸味と苦味を無くす方向には進まなかったからなのかもしれない。酸味の爽快感と苦味の継続時間が、清々しい風を吹かせている。
パフェバーagariのパフェの構成は、上層でパフェの顔となるメインの紹介、中層は多様な要素が入り乱れるカオス空間、下層で無糖生クリームからゼリーへの安心安全の解決といった定石がある。
最後に必ず綺麗な和音が鳴るという確約のおかげで、道標がない混沌の空間でも溺れることなく泳ぎ切ることができる。

今回もいい冒険だったなと振り返りをしたあと、agariの作り手であるジョナさんに「クランブルはパフェに組み込もうと思っています」と話をしたところ、「簡単に作るならマーマレードがいいと思いますよ」とアドバイスをいただいた。


サイズは小さいものから始めて、質と手段に固執せず絶対に完成させる。
これはパフェに限らず、何かを作るときの鉄則だ。そこで、お店よりも小さめで平たいグラスを用意した。
お店のパフェのコンセプトを踏襲するにしても、サイズが変われば要素を減らす必要が出てくる。複数ある柑橘を一つに絞り、反復して出てくる要素の登場回数を変更した。

次に、近所でスーパーで柑橘系のフルーツを物色する。お店でパフェを食べる前は、グレープフルーツを使う気でいた。苦味を主軸においたパフェだと知っていたから、合わせるなら柑橘の中でも苦味が特徴的なグレープフルーツが良いだろうと考えていたのだ。
しかし、実際にパフェを食べてみると、苦味で紡いだパフェとはいえ、「マイナーでもこんなに甘みの強い柑橘類があるのか」と思わせるようなフルーツたちが主演を張っていた。ハチミツマリネのパーツがあるくらいに、フルーツの甘味、とくに蜜っぽい甘味は今回のパフェに必要な要素であるように思えた。
そこで、グレープフルーツではなく、蜜っぽい甘味があって、さらにはマーマレードにもよく加工されるあまなつを主軸として使うことに決めた。


買ってきたあまなつの半分をマーマレードにする。
パフェパーツは単体で美味しい必要はないので、せっかく自分で調理するなら少しエッジの効いた味わいに仕上げたいと思った。土っぽさというか、草原の風のような植物由来の香りをプラスするために、柑橘系の香りだからまず失敗しないカルダモン、そして色の調整もかねてターメリックを加えて、マーマレードを作ることにした。
皮を細く切ったら、下茹でを30分したあと、冷水に30分晒しておく。それを、あまなつのフレッシュな果肉、砂糖、レモン果汁、スパイス2種と一緒に煮詰めて、キラキラと黄金に輝くマーマレードを作ることができた。

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いよいよ、組み立てに入る。
横から綺麗な層が見えるようにと丁寧にやっていると、素材の温度が上がってきてしまう。手際が悪い分、冷蔵庫で冷やしながら進めた。
アイスをのせる段階になって、ディッシャーが見つけられず、無理矢理にスプーンで成形することになってしまった。
(※結局見つからずに、後日買い直した。)

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↑パッションフルーツメレンゲ
あまなつスパイシーマーマレード(カルダモン&ターメリック)
MOW クラシックソルティーキャラメル
フレッシュあまなつ
アーモンド入りホワイトチョコ抹茶クランブル
生クリーム
しっとりスポンジ
↓あまなつスパイシーマーマレード

あまなつのマーマレードを上層と下層に配置することで、反復構造をつくった。構成上、抹茶と双璧をなすキャラメルは、クリームではなくアイスとして組み込んだ。フレッシュのあまなつは、一口サイズに割いて配置。全体のフォルムは洋梨のようで美しく盛ることができたが、上部は食べにくさが気になった。食べ合わせとしては申し分のない、イメージ通り完璧な出来だった。

今回はコンセプトと作り手のアドバイス、そして一部の純正パーツを使うことによって、言い訳なしに自分が美味しいと思える一本を作ることに成功した。
実は完全に一から作る自作パフェにも挑戦したことがあるのだが、そのときは自分の舌を満足させる一本をつくることは叶わなかった。
長らく食べ手というスタンスでパフェと接してきた僕にとって、“自分の舌を満足させる一本を自作すること”は、諦めかけていた夢であった。


純正パーツを使った自作パフェ体験は、元となったパフェへの理解も深める効果があった。
たとえば、あのサイズ感だから許される素材があること。スポンジ系のパーツはお店のパフェには常に入っているため疑いもせずに真似をしてみたものの、今回つくったパフェのサイズでは明確な役割が見当たず、虚無のようなハーフタイムを生んでしまった。
そして、agariが常に無糖生クリームを使っていたことの利点も感じ取ることができた。終盤のクリームからゼリーに流れる定石は、ゼリーの味の強さによってクリームの硬さ/甘さ/脂肪分をどうするべきかが異なるみたいだ。さっぱりとした繊細な味のゼリーなら必然的にゆるく甘すぎないクリームが合う。

また、作り手の技術や苦労も少しばかり体感することができたと思う。
パーツの温度管理、組み立てが時間勝負であること、その中で正確性が求められること。
パーツの配分で「外観ならこのくらいが正解だが、味のバランスならこのくらい正解」となったときには、本来パーツを1から作り直すことになるのだろう。
コンセプトとしての正解、外観としての正解、技術としての正解、味としての正解、価格としての正解。そこには常に正解同士のせめぎ合いがあって、その果てにひとつの最適解だとされたパフェだけが、食べ手である僕たちの目の前に姿を現す。
そこに至るまで、作り手はどれほどの試作を繰り返しているのか。一本の美味しいパフェの裏には、本当に途方もない苦労があるのだと改めて思った。

さて、パフェを自作するにあたって、各パーツを一本分だけ用意することは難しく、どうしてもパーツが余ってしまう。そこで、1本目に感じた反省を踏まえ、他の可能性を試す改良版をつくることにした。

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↑あまなつマーマレード
MOW 宇治抹茶
あまなつのハチミツマリネ
ハチミツクリームチーズ
アーモンド入りホワイトチョコ抹茶クランブル
あまなつマーマレード
↓みかんゼリー

アイスをキャラメルから抹茶に変更することで、完全にキャラメルという要素を排除して、柑橘×抹茶の組み合わせに焦点を当てることにした。
パーツのサイズ感を統一するために、あまなつの果肉をほぐしてハチミツマリネに。ハチミツを使うことで蜜っぽい甘味をプラスした。ハチミツとマーマレードとともに相性の良いクリームチーズを組み込んだ。
あまなつを真ん中に据えて、苦味は抹茶と、甘味はハチミツと、酸味はクリームチーズと合わせ、コンセプトがよりギュっとした一本に仕上げることができたと思う。


今回の自作パフェ体験を通して獲得した新たな視点が、パフェとの対話をより実のある時間にしてくれるに違いない。
お店でパフェの純正パーツを買ってきて、自分がパフェを建てる。これは、もはや「パフェを持ち帰った」と言えるのかもしれない。
テイクアウトパフェの可能性を、自作パフェの中に感じた。

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