見出し画像

エッセイ:大ちゃんは○○である⑤

右手にスーパーの袋を持っているイカツイ風貌の男はニヤニヤと笑みを浮かべながら話しかけてきた。
「新入生?今日から入ってきたんでしょ?俺、岡本っていうの。よろしくね。」
その馴れ馴れしさたるや、板についたものだ。
人見知りなんて彼の辞書にはないのであろう。
一瞬で距離を縮めてこようとする雰囲気にも圧倒された。
よく見るとスーパーの袋には、缶ビールやらウイスキーやらがたくさん入っている。
「これからここの人間4人ほど来るからさ、一緒に飲もうよ。」
穏やかな口調だが、有無を言わせぬ力のようなものを感じた。
「へぇー、ホントに今日越してきましたって感じの部屋だな。」などと言いながら入ってきて、岡本は腰を下ろした。
2人きりの空間で何を話したのかは、あまりよく覚えていない。
それから10分ぐらいしてからだっただろうか。
「うぃーっす。」「ども~っ。」「おっ、若いね~。」などと言いながら岡本の連れ達がビニール袋片手にぞろぞろと僕の部屋に入ってきた。
勝手なイメージでしかないが、どの顔も大学生特有のギラギラ感に満ちていて
且つ類友と呼ばれるような面々が揃ってるなあというのが最初の印象だった。
僕と先輩達4人が6畳一間に腰を下ろし、テーブルの上に次々とつまみやらお酒やらを並べていく。
すると1人が
「そういえばさ、隣の奴も今日入ってきたんじゃねーの?呼んでやろーよ。」と言った。
『かわいそうに。北海道から出てきた当日に、いきなり先輩達に絡まれるなんて。』と僕は思ったが
考えてみたら僕も同じ立場だった。
いや、同じじゃない。部屋を占拠されてる分、僕の方がかわいそうじゃないか。
先輩の1人が隣の部屋をノックしに行き、北海道の彼を連れて戻ってきた。
「お前は名前なんて言うの?」
入ってくるなりそう聞かれた彼は「あっ、松岡です。」と小さな声で答えた。
緊張しているのが手に取るように分かった。そりゃそうだ。
いきなり呼ばれて、隣の部屋に来てみたら見知らぬ面々が6人。しかもガラは良くないときてる。
しかし、日中に挨拶だけ交わした僕の姿を見つけて、彼はほんの少しだけ安心したような表情を浮かべたような気がした。
「そういえば、お前の名前も聞いてなかったよな。名前は?」
思い出したようにイカツイ岡本が僕に目を向けてきた。
「大門です。大きい門で、だいもん。」
「大門?へぇー、珍しい名前だな!西部警察だ!」
この頃は初対面の人に名字を言うと、ほとんどの人がこの反応をした。
今では『私、失敗しないので』の方が圧倒的に多くなってきたが。
「じゃあ、松岡に大門!今日は2人の入居祝いってことで乾杯しよう。ここのことで分かんないことあったら何でも聞いてくれていいから。
俺は岡本ね、よろしく。一応この中では一番の年長者になんのかな。んで、こいつが藤崎でこいつが酒井。こいつは田崎で、隣が近藤。一気に覚えらんないと思うけどまあ、おいおいな。」
イカツイ岡本が場を仕切り、一応の名前紹介が終わった。
6畳の部屋に男が7人。やはり狭い。寝ようと思っていただけに改めてこの状況はきついと思った。
一体何時頃まで続くだろうか……
憂鬱な気持ちに変わりはなかったが、そんな僕の意に反して岡本の声が響く。
「それでは、松岡・大門の入居、入学を祝って乾杯!!」
「かんぱ~~い!!」
『僕の気持ちなんてお構い無しだよな。』
気乗りしないまま缶と缶をぶつけ、6畳一間での宴は始まった。

つづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?