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一九三六年 屏東⑻完 ー 屏東は妓業さかんにして

ところで台湾人は殆どが良民であるが、悪人は相当に残酷狡猾の徒であり、我々も日本を離れて南国風情に酔いながら蕃地視察だの温泉療養だのにかまけて居る内はまだ好いが、軽い気持ちで台湾で一旗揚げようと云う日には大小無数の罠がパックリと口を開けて待っていて、我々の心胆を必ずや寒からしめるであろう。我々が迷信の徒だの無知蒙昧だのと嘲笑う蕃人は相当に利巧であり、台湾黒社会に根を下ろすロマン共もまた一筋縄ではいかない連中である。総督府の役人は無能、営林署の役人は怠惰、軍隊はウソツキ横暴膀胱カタルの徒、いずれも日本帝国の権力を笠に着る者共であるが、五族協和を忘れ相手を軽んじた結果相当に悲惨な結末に身をやつす日本人は多く、台湾人沖仲仕の下で米国の苦力の如き逆境に甘んじる男共や妓楼に売られ性病に斃(たお)れる女共は掃いて捨てるほど居るのである。大和民族の血以外に何一つ誇るものの無い連中は即刻ホームシックに罹り、帰り得ぬ故郷の話を繰り返し、果ては脳病に罹る者も居る訳で、恐らく此の連中は相当の事が起こらない限り生涯台湾から離れる事は能わないであろう。

台湾は気候良好で物産が豊富であり日々発展しているから食うに困らない。農業も不作凶作が存在しないので、キチンと働きさえすれば内地のように子女を女衒(ぜげん)に売り払ったりする必要はないのだが、仮に軽い気持ちで移民したが最後、強欲な拓殖会社が我々の儲けの上前を撥ねるだけで自分等には何んにも残らないのだ。

昨年は台北市で博覧会が賑々しく開催された。台北市で開催された博覧会を和歌山市でも開催せんと試みる人士が居て、自分も期成会の発起人になる事を勧められたが、前代未聞の瀆職事件が起こるような腐敗都市(※昭和十年実施の和歌山市長選挙で汚職騒ぎがあり、翌年内務省から市長の解職と市会解散を命ぜられたことを指す)に博覧会など覚束ない話である。只一年後の自分は日本には居らず恐らく南湾の高雄か屏東辺りで稼業に就いているかも知れない。此の度の屏東の旅では台湾の多大な可能性を直截見聞きする事が出来たが、若し仮に台湾の可能性について論じる機会があるなら、自分は台湾は情緒が全てにおいて大らかであり内地の酷い締め付けとは無縁である事をイの一番に挙げるだろう。内地から些か遠いのは残念だが、飛行機や飛行船が発達すれば利便も相当に増す筈であるし、内地は時局緊迫にして軍国が進み締め付けは更に酷くなる一方で、台湾は闊達に発展すると思う。朝鮮は既に開発され、支那は排日が酷く、満洲はソビエットに近すぎる。しかし台湾は内地に近く反日排日の気質はなく四方海に囲まれ極めて安全である。将来の東亜の栄華は日本帝国と台湾とで二分する事は火を見るより明らかである。また妓業も発展の余地が多く、また台湾人もまた本島人蕃人関係なくエログロナンセンスや変態性欲を好む事もわかったので、先進の方法を取り入れれば、目下の料理屋妓楼相手に十分渡り合い、そして必ずや我々の方が優勢となるであろう。日本人はやれカラユキだのやれ関東軍の住血吸虫の如きエロ酌婦(※従軍慰安婦と思われる)だのと危険な外地に活路を求める傾向があるが、其の点台湾は安全であり、且つ妓業が未来の産業として真に刮目すべきものであると自分は思いを新たにするのだった。了

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