ハードボイルド・フロントエンド・コーダー
1
音楽はジャズに限る。
とびきりメロウでアンニュイなやつがいい。
俺はゼタバイト。
フロントエンドコーダーってやつを稼業にしている。
フロントエンドコーダーがどんな仕事かというと――――説明しにくいが、まあITの始末屋みたいなものと思って貰えりゃ、いい。
事務所の窓からサイレンの音が小さく駆け抜けた。
おおかたドラッグでぶっ飛んじまった野郎が、街の片隅で暴れているんだろう。
俺のデスクのディスプレイには30歳がらみの男が映る。
男はプロジェクト・マネージャーだと名乗った。
自分の仕事が手詰まっていると言う。
「つまり――――」俺は煙草を乱暴にもみ消しながら、男の要領を得ない説明の仕上げにかかる。
「納期に間に合わず炎上してる。
そういうことだね?」
PMは少し困ったような気まずそうな表情を返した「いえ、炎上というほどではないです、ローンチは予定どおりゆきます」
「予定どおりゆけ、とクライアントに釘を刺された、だろ?」
俺は苦笑しながら、PMの言葉を少しだけ補整してやった。
「OK。
要件定義書と仕様書だ。
それに現時点で仕上がっているソースと画面を見せてほしい」
「...それが...。
全部はお見せできないのです、ミスター・ゼタ」
「そうだろうな。その切羽詰まった口ぶりだと。」
「ソースとフロント画面は見れます。」
「よろしい。
それだけでも見てから、引き受けるかどうか返事をしよう。」
「返事をしよう、じゃ困るんです!
必ず納期必達で引き受けてもらわないと!
ぼくはこのオンライン・ミーティングの時間さえ惜しいぐらい、忙しいんです!」
「それは君の都合だろ?
俺には俺の、都合とやり方がある。」
若僧というやつは、オツムの弱い女と似ている。
どうも自分のことばかり語りたがり、話が面倒だ。
2
スパゲッティ・コードのゆであがり具合・整合性のなさ。
なるほど、いかに仕様変更が変わり続けたかは、読み取れる。
画面生成に至っては整合性以前だ。
さしずめ「とりあえず表示できて動作するもの」などと、あのPM坊やが声を荒げ作らせたのだろう。
プログラマ連中には同情する。
PM坊やが無能で、こんな有様になっちまったのか?
あるいはクライアント社があれこれ要求を変更するオツムの足らない連中なのか?
まあ今の俺にとり、どちらでもいい。
仕込みの途中で無理難題をねじこまれなければ、とにかくローンチには間に合わせられるだろう。
「いいかい?ボーヤ。
こっちが仕事をする間、クライアントのおじさまおばさまの靴を舐めてでも、黙らせておいてくれ。
それを約束できるなら、お前さんのご要望どおり、約束の日にローンチにこぎつける。
約束しよう。
これは契約だ。
どうだい?」
「約束します。」
「OK。契約成立だ。」
「それから、もうひとつお願いがあります。ミスター・ゼタ。」
「なんだい?」
「ボーヤは勘弁してください。これでも2人の子持ちです。」
「そらあ悪かったな、ボーヤ。」
PMとの回線を切断した。
そのまま頼れる仲間へ連絡をとる。
「OK、相棒。
仕事だ。」
(好評ならば続く)
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