障害受容

娘は産まれた瞬間から障害がある可能性があると言われていましたが、実際に障害があるとみなされたのは大体生後6〜9ヶ月くらいの頃です。
生後2ヶ月からうちで暮らし始め、3ヶ月くらいから持病が発覚し、その後障害がほぼ確定となりましたが養子縁組の手続きはそのまま進め、1歳になった頃に正式に特別養子縁組手続きを完了しました。

障害の受容、結局できてるのか正直自信がないです。
娘は全体的に発達遅延でどうみても赤ちゃんなので、まだ障害が気にならないのだけれど、これから体が大きくなってきたら自分の気持ちがどう変わるか全くわからない。
それでもまあ比較的受容ができてるんじゃないかなぁと思う。

その理由は大体こんなもんじゃないかなあと考えています。

原因っぽいものがあるから

娘の障害、発達の遅れはてんかん由来です。正確にはてんかん自体は知的障害と関係がなく、何か大元の原因がてんかんと知的障害と発達遅延と諸々を引き起こしているそうなのですが、まあ家族側としてはその辺を全部ひっくるめて「てんかん」って呼んでる感じです。
これが原因っぽいものがあると納得がいくというか、諦めがつくというか。
発作がおさまっていた時は、「発達が遅いのは早産児だからでは?」「体が大きくなれば発達も追いつくのでは?」と考えてしまい、今より苦しかったなと思います。

養子だから

養子縁組をするまでにはその人が養親として相応しいかの審査や研修があります。児童虐待する人に子供を渡すわけにはいかないから当然だよね。
その時に子供に障害や病気があったらどうするかと言うのは何度もしっかり聞かれます。(やはり、そういう理由で養子に出される子も現実としているのでしょう)
だから、普通の人より障害児育児について、事前に考える機会が多かったと言えます。覚悟がある程度できていたというか。

それと、娘の障害は完全に持病由来の遺伝なので、100パー私のせいではないわけです。あの時ああすればこうすれば子供に申し訳ないみたいなのが一切ない(これは、実子の人も同じなんだからそう思うべきなんだけど、現実として全く考えないのも無理だろうなと思います)
極論、私がいなくてもこの子は産まれていて、同じ障害を持っていて、別の誰かに育てられているわけなのだから、そこをクヨクヨ考える余地はないわけです。
さっさと次のステップに進めるのはメリットかなと思います。

自分で産んでもそうだったかなって思うから

障害児を養子にした、というとわざわざ?て思うかもしれないけれど、もし自分で産めたとしても障害児だったんじゃないかなって思うんですよね……家系的に。
私の従兄弟が具体的な病名とかは親戚仲悪すぎて知らないのですが、やはり知的障害があって。私個人も発達障害のグレーゾーンなんじゃないかなあって自覚もあって。
娘が産まれる前に不妊治療していた時から、障害の可能性について考えていました。
養子でも実子でも、うちに来るのはそういう子だったんじゃないかなあと思ってます。

でも結局わかんない

まあ色んな理由で今は受け入れられているのかもしれないです。
でも、それは娘がまだ未就学児で自宅で育てているからだけかもしれません。保育園とか行ってたら周りと比べてもっと苦しかっただろうな。

今は躾も何もないなって年だからいいけれど、トイレトレーニングやそれ以上の教育をさせなければならなくなったときに、本当に苦しくなってくるのでしょう。自分がもっと歳をとって、親なき後が現実味を帯びてきたとき、うちに迎えなければよかったのかもと思うかもしれません(実際、そういう気持ちはうっすらあります。最初から福祉施設で育った方が、将来ワンストップでグループホームとか入れてもらえるのかなとか…)

でも今そんな先のことを考えてもしかたないから、これから楽しいことを家族でたくさんして「色々苦しいけど楽しいこといっぱいあったからまあ差し引きプラスかな」ってなるように今からしないとです。

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