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臨床の基礎学としての心理学

基礎心理学にはパーソナリティ心理学以外にも,学習心理学,認知心理学,感情心理学,発達心理学,ストレス心理学,社会心理学,生物学的心理学などの領域が存在し,これらと交流することで豊かな発想や方法論を得ている.

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Ⅰ.学習心理学

人間や動物の学習の過程を扱う分野.
不安症などの不適応行動を説明.
例)古典的条件づけ:I.P.パブロフ(1920),オペラント条件付け:B.F.スキナー(1930),観察学習理論:A.バンデューラ(1970)

マウラー(Mowrer)の二要員理論
学習心理学では不適応行動の発症と持続を条件付けによって説明する.不適応行動の発症は古典的条件づけ持続はオペラント条件づけであるという理論.

ワトソン(J.B.Watson)らの実験
動物恐怖が学習によってもたらされることを示す.
→不安や恐怖の発症は古典的条件づけによって説明できる.

オペラント条件づけ
ある行動を行っている際に,偶然不安が低減されると,「オペラント条件づけ」の原理が発生する.つまり「不安や恐怖が低減した」ということをトリガーに不安や恐怖が発生した際に,同じ行動を儀式的に繰り返すようになる.

回避反応
上記のような不安に陥った際の儀式的行動を指す.これらは不安をもたらした状況を改善しようと努力するのではなく,回避によって不安から逃れようとするために発生する.不安のもとを解決しているわけではないため,不安はずっと維持されたままとなる.
不安の維持はオペラント条件づけによって説明可能

行動療法,応用行動,分析学への応用
不安学習は誰にでもできる学習である
→不安反応を消すこともできるはず.

ジョーンズの動物恐怖の消去の研究
被験者
2歳のピーター少年.白ネズミやウサギ,毛皮に対して恐怖症状を持っていた.原因は不明.
恐怖消去の手順
①ピーターにお菓子を食べさせたり抱いたりしながら,4m先にウサギを見せる.
②①が平気になったらウサギを1mずつ近づける(古典的条件づけ).また,ピーターがウサギに近づくと実験者はピーターをほめる(オペラント条件づけ).
③他の子どもが平気でウサギと遊んでいるところをピーターに見せる(観察学習).
上記を行った結果ピーターはウサギに手を触れて遊べるようになった.
→ピーターはウサギを見ても怖いことは起きないことを再学習した.

上記のジョーンズの研究のように一度学習した反応をしなくなることを消去という.また,この研究で行われたのは行動療法であり,適応的な行動習慣を再学習することを目標とする.

Ⅱ.認知心理学

知覚,記憶,言語,思考など知的機能を扱う分野.
認知革命の影響を大きく受けて,図ー1のような枠組みを用いて,人間の認知を理解しようとする.うつ病,統合失調症,不安症,発達障害における認知の特徴を調べる研究が盛ん.

図ー1:人間の情報処理の流れと記憶

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うつ病と認知心理学の研究
丹野・町山の研究(1985)
うつ病を持つ人は記憶の内容がネガティブなものに偏る.
→「記憶バイアス」が強い.
感情ネットワークモデル
上記の研究結果をもとにG.H.バウアーが提出したもの.
抑うつ処理活性仮説
感情ネットワークモデルをもとにJ.D.ディーズデイルが生み出す.
認知療法
A.T.ベックの記憶バイアスを修正することでうつ病を治療する方法.

統合失調症と認知心理学の研究
妄想や幻覚の心理的メカニズムの研究を行い,妄想・幻覚への認知療法の理論的基礎となる.

不安症と認知心理学の研究
ストループ課題,ダイコティック・リスニング課題(両耳分離聴課題)
教示によって特定の課題へ注意を集中させ,同時に,実験参加者にとって恐怖となる情報を提示する.すると,課題に集中しようとする意志に反して,無意識のうちに恐怖情報に注意が向いてしまい,課題遂行の妨害となる.
不安症を持つ人は恐怖への選択的注意が強い

認知バイアス修正法(守谷,2013)
注意の在り方を改善することで不安症を治療しようとする方法.

自己調節実行機能(SREF:Self-Regulatory Executive Function)
ウェルズとマシューズが提案した新たな認知モデル.不安や抑うつのメカニズムと認知療法を統合的に考える.

発達障害と認知心理学
自閉症スペクトラム症
中枢性統合仮説,知覚処理過剰亢進説.

ADHD
実行機能障害説.

Ⅲ.感情心理学

臨床で出会う現象の多くは,何らかの形で強い感情と結びついており,臨床心理学と関係が深い.
感情と認知についての心理学的研究も盛んで,感情は認知の仕方によって,ネガティブにもポジティブにもなりうることを明らかにしている.このことから感情は認知でコントロール可能という研究結果が現れ,それが心理療法に応用されている.(図-2)

図ー2:感情心理学から臨床心理学へ応用

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感情二要員理論と帰属療法
感情二要員理論
感情は認知の仕方によって,ネガティブにもポジティブにもなるということ.S.シャクタ―が実験によって示した.

S.シャクタ―の実験
感情の体験には,
①刺激によって生理的喚起が引き起こされること
②喚起に認知的ならべるづけが行われること
の両方が必要であることを示した実験.
被験者
アドレナリンによって生理的喚起を高められた参加者.
実験の手順
参加者のうち半数を周りの人たちが喜んでいる部屋に入れ,もう半数を周りの人が怒っている部屋に入れる.
結果
前者は喜びの感情を体験し,後者は怒りの感情を体験していた.
→生理的喚起は同じであるのに,認知ラベルが異なることによって正反対の感情が体験された

帰属療法
シャクタ―の理論を心理療法に応用したもの.

錯誤帰属療法
不眠症の人に,「この薬を飲むと寝つきが悪くなる.」と偽って教示し,偽薬を与えることにより,かえって不眠症の症状がよくなったという逆説的な実験結果にもとづく方法.
不眠症の人は,就寝時に感情の高まりがあり,これによって眠れなくなる.偽薬によって「感情の高まりは不眠症のせいではなく,薬のせいである.」と原因帰属が起こることで感情の高まりがなくなる.

感情評価理論と認知療法
感情評価理論
「認知的ラベル」をより一般化したもの.R.S.ラザルス

R.S.ラザルスの主張
感情は外界の刺激によって直接喚起されるものではなく,事態の評価を経たあとに起こる.
→感情が生じるためには,それに先立って必ず自分に向かってくる刺激が脅威なのか無害か,自分にとって対処可能なものかどうかなどの認知的な「評価」が必要であり,その評価によって感情は違ってくる.
認知の仕方によってネガティブにもポジティブにもなる
→認知療法(ベック)や論理情動行動理論(エリス)のもとになった.

R.B.ザイアンスの主張
感情と認知は別システムであり,認知の過程がなくても感情は生じる.例)単純提示効果
単純提示効果
意識に上らないほどの短時間の視覚提示でも,その刺激に対して選好が生じるという実験結果.

「認知が先か,感情が先か」という論争に

感情ネットワーク理論と情報処理理論
バウアーは「気分状態依存効果」「気分一致効果」という現象を見出し,感情と認知の間には相互的な関係があることを実験的に確かめようとした.

気分状態依存効果
気分状態Aで覚えた内容は,気分状態Bでは思い出しにくいが,再び気分状態Aに戻ると思い出しやすいという現象.
例)うつ状態で覚えたことは,回復すると思い出しにくいが,再びうつ状態になると思い出しやすい.
→うつ状態と回復状態では,情報処理のメカニズムに違いがある.

気分一致効果
気分に一致した認知バイアスがおこること.
例)悲しい気分の時は,悲しいことが連想され,逆に,楽しい気分の時は,楽しい内容の連想が起こる.
「感情→認知」であるということ.

感情ネットワーク理論
意味記憶ネットワークに「感情」という表象を組み込み,感情と記憶の相互影響関係をモデル化したもの.

Ⅳ.発達心理学

精神分析学と発達段階説
発達段階説を心理学的に体系化したのがE.H.エリクソンである.

表ー1:エリクソンの発達段階説

エリクソンの発達

各段階には特有の「発達課題」があり,課題を解決することは本人にとって心理的な危機として体験される(情緒的に不安定になる,ストレスが強まるetc).しかし,課題を解決する中で新たな能力が身についたり,精神的に成長したりする.
各段階の課題をその時しっかりと解決しておくことが重要

知的能力の発達
知能の発達は感覚運動期,前操作期,具体的操作期,形式的操作期の4つの段階に分けられる.(J.ピアジェ)

表ー2:知的能力の発達体系

ピアジェの知的能力体系

子供の分離不安の理解
ホスピタリズム(施設症)
親の死亡などにより,施設に預けられた子供は,長期的な母子分離の影響を受ける.その施設の子供たちが示す特徴.
①情性欠如とよばれる対人面での性格の偏り
②非行などの反社会的行動
③知能の発達などの遅れ
これらの原因は母性的養育の剥脱(マターナル・デプリベーション)であると結論づけた.

入院した子供の3段階の情緒的反応(ボウルビィ)
①抗議の段階:分離不安
養育者から離された幼児は,泣きわめくなど様々な方法で失われた養育者を探し求め,周囲の者に抗議する.これが数日から1週間続く.
②絶望の段階
そのうち打って変わって静かになり,食欲は衰え,引っ込み思案になり,悲しみに打ちひしがれてしまう.外面では養育者と再会できないことに絶望しているように見えるが,内面では養育者を探し求めている.
③離脱の段階
次第に外界への興味を取り戻し始め,食欲なども戻り,明るくなる.早い子で数週間,遅くとも6カ月もすれば立ち直る.
抗議や絶望の段階では養育者に再開した際に,すぐまとわりつくなど母子の愛着関係は可逆的である.しかし,離脱の段階になると養育者と再会してもまとわりつかず,養育者から離れぼんやりしているなど養育者を忘れてしまったような態度を取る.つまり,愛着関係は不可逆の溝を飛び越えてしまう.

長期母子分離の影響と補償
ボウルビィの結論
子供は産みの母親が養育するべき.
ホスピタリズムは取り返しがつかない.      
自閉症スペクトラム症は母子関係の歪みが原因.

しかし,上記の3つは誤り.

ラターの訂正(Rutter,1972)
ボウルビィの結論をラターが見直し,ホスピタリズムが母性的養育の剥奪そのものによって生じるわけではないことを示した.
①性格の偏り
養育者との心理的な絆が構成されないことが原因.
→普通の子供に比べ施設の子供は十分な愛着を発達させる相手がいない.
→母親がいなくとも,父親,里親,施設職員など代理養育者との心理的な絆を構成できれば性格の偏りは防げる.

②反社会行動
母子分離以前の家庭不和
→夫婦喧嘩などの家庭不和のストレスによって非行傾向が生じる
→家庭不和の慢性的なストレスにさらし続けるよりは離婚しストレス軽減を図るのがよい.

③知能の遅れ
物理的・社会的刺激の減少
→普通の子供に比べ,施設の子供は様々な刺激に触れる機会が少ない.例)新しいおもちゃを買ってもらう.
→施設の子供でも十分な刺激を与えることで知能の遅れを防げる.

愛着
個体がある危機的状況に面したり,そうした危機を予知して不安や恐れの感情が強く喚起されたときに,特定の他個体にしっかりとくっつく,あるいはくっついてもらうことを通して,主観的な安全の感覚を回復・維持しようとする心理的・行動的な傾向(遠藤,2007)
子供が外での活動を安心して行えるのはこの仕組みによるものである.
→愛着の対象が母親であれば,母親は子供の「安全基地」の役割を担う.

母子愛着の実証実験(ボウルビィ,エインズワース)
ストレンジ・シチュエーション法
①子供は母親と実験室に入り見知らぬ人物に預けられる.
②母親は退室し,しばらくしてまた戻ってくる.
このようにして分離と再会の場面における反応を分析すると以下のように分類できるという以下の結果が得られた.

ストレンジシチュエーション法

Ⅴ.ストレス心理学

ストレスの発生メカニズムや対処を研究する心理学の領域.

図ー3:ストレス心理学から見る心理的危機

ストレス心理学から見る心理的危機

偶発的ストレッサー
予期できない出来事に遭遇することによって陥る心理的な危機.
例)事故,災害,病期,死別

発達的ストレッサー
成長の過程で誰もが直面するストレッサー.「発達課題」を解決する際に心理的な危機が体験されるがこれを「発達危機」と呼ぶ.
例)入学,就職

認知的評価
ストレッサーをどのように認知するかということ.
一次評価
目の前のストレッサーが自身にとって脅威となりえるかどうか,無害なものかどうかという,個体の生存の可能性についての評価.
二次評価
目の前のストレッサーが自身にとって対処できるものなのかどうかという対処可能性についての評価.

コーピング行動
ストレッサーについてどのように対処していくかということ.
積極的に対処するか,問題から逃避するかでストレス反応は変わってくる.コーピング行動は以下の3つに大きく分けられる.
問題焦点型コーピング
環境を変えるために行動を起こすこと.心配のもとになる問題を解決しようとすること.
感情焦点型コーピング
環境を変えるのではなく,自分の感情を調整すること.環境を変えることが困難な際に用いられる.
抑圧型コーピング
脅威となる刺激を意図的に無視すること.あまり重要ではないと評価された状況で用いられる.
一般的に,仕事や勉強などの面では問題焦点型コーピングを用いるとストレスが軽減できる.しかし,不治の病や失恋など,自身の力ではどうにもならないストレッサーに対しては,問題焦点型コーピングを用いることは困難となるため感情焦点型コーピングや抑圧型コーピングがストレスを弱めることもある.
また,問題焦点型コーピングをしやすい人ほど抑うつや不安が弱く感情焦点型コーピングや抑圧型コーピングをしやすい人ほど抑うつや不安が強い

ストレス反応
ストレッサーはその人にとってプラスに働くこともあればマイナスに働くこともある.
快ストレス
ストレッサーがプラスに働く.
例)危機に直面した際にやる気がわいてきたり,世界が新鮮に見えて,普段なら見逃すような小さなことに新鮮な感動を覚えたりする.
苦痛ストレッサー
ストレッサーの重圧感からやる気を失ったり,感情的に動揺したり,体の調子が悪くなったり,といったマイナスの作用.このことをストレス反応と呼ぶ

危機の乗り越え
多くの場合,人はストレッサーにうまく対処し,危機を乗り越え,人格的に一段と成長する.しかし,ストレッサーにうまく対処できない場合もある.あまりにも強いストレッサーに直面した際,様々なストレッサーが続いた場合,もともとストレスに弱いパーソナリティを持っていた場合などがあげあられる.
またストレスの強さにはストレッサーだけではなく,パーソナリティ(性格)が大きな役割を果たす.同じストレッサーを体験しても,それに対する認知や対処には個人差がある.それを決める大きな要因がパーソナリティである.神経症傾向が強い人は,感情型コーピングや抑圧型コーピングを用いやすく,ストレスが強まる.また嫌なことが起こった際に,何でも自分のせいだと考えやすい人は抑うつに陥りやすく「抑うつ的な原因帰属スタイル」とよばれる.

素因ストレスモデル
パーソナリティに一定の素因を持った人が,何らかのストレッサーを体験した際に場合に心身に障害が生じるということ.ストレスによって起こる身体疾患は「心身症」とよばれる.

Ⅵ.社会心理学

人と社会的状況との相互関係を扱う分野.

図ー4:社会心理学から臨床心理学へのアプローチ

社会心理学から臨床心理学へのアプローチ

学習性無力感理論(M.E.P.セリグマン,1974)
逃避できない罰を何度か与えられた動物は,その後,罰を逃避・回避できる場面におかれても,学習ができなくなってしまう.その動物は「自分が何をしても状況を変えられない」という無力感(行動と強化の非随伴性)を学習してしまう.この現象はうつ病に似ており,ここから学習性無力感理論とうつの研究が始まった.

改訂学習性無力感理論(L.Y.エイブラムソン,1978)
原因帰属理論をうつ研究に導入したもの.
抑うつ的原因帰属スタイル
抑うつになりやすい人は,失敗するとその原因を「自分は頭が悪いからだ」と帰属しやすいこと.
帰属訓練
偏った帰属原因を改善することでうつの軽減を図る認知行動療法の1種.

抑うつリアリズム理論(アロイとエイブラム,1988)
一定の条件においては,抑うつ的な人ほど物事を現実的に認知しているということ.
実際に,偶然によって支配されている事態において,抑うつ的でない人は「自分がその事態をコントロールしている」とポジティブな方向に歪めて認知していた.
つまり,認知が正確なのは抑うつ的な人物であり,抑うつ的でない人の方が認知が楽観的に歪んでいた.

Ⅶ.生物学的心理学

進化心理学
生物の進化の過程から人間を捉える.異常心理の理解に重要.
不安症
人間の生存において必要であるというポジティブな面もある.
例)動物恐怖症
→幼少期に動物,虫に安易に近づくことは危険であるため.

パニック症
窒息を防ぐための呼吸維持システムがもととなっている.

Ⅷ.心理学の根底にある科学的方法論

計量心理学
こころを客観的に数量化し可視化すること.

実験という方法論
実験の基本的な6つの考え方
①操作的定義
②実験者による独立変数の操作
③対照群の設置
④各条件への実験参加者の無作為割付
⑤従属変数の測定
⑥統計的検定

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