エビデンスにもとづく臨床心理学

3つのパラダイムシフト

臨床心理学は100年ほどの歴史を持っているが,1990年ごろから3つの大きなパラダイムシフトが進行しつつある.

第1のパラダイムシフトーエビデンスにもとづく実践 
エビデンスは実証的な研究によって裏付けられた科学的根拠のことを指す.これまでセラピストの勘と経験だけで行われてきた臨床実践が,客観的に実証されたエビデンスをもとに行われるようになった.これは基礎心理学と臨床心理学の交流が盛んになったためである.

第2のパラダイムシフトー精神分析療法→認知行動療法
認知行動療法は1990年代に行動療法と認知療法が合体して呼ばれるようになった.特徴として,短時間で大きな効果が得られることがわかった.そのため,アメリカやイギリスの心理療法の主流となった.しかし,精神分析療法が行われなくなったのではなく
うつ病,不安症・・・認知行動療法
パーソナリティ障害・・・精神分析療法
といった形ですみ分けが起こっている.

第3のパラダイムシフトー職業としての心理学の確立
心理学の研究や教育を行なっていたのが,市民の心の健康を守るための専門実践へと重点を移している.

以上の3つは震源地は異なるが,一つの大きなメガシフトであるともいえる.それは,「基礎心理学に裏づけられた実践的心理学の確立」である.

第1のパラダイムシフト・・・研究の裏付け方法が基礎心理学由来
治療効果研究において,「効果量」「メタ分析」などは基礎心理学の計量心理学そのものであり,対照研究無作為割符対照研究(RCT)は基礎心理学の実験法の考え方そのもの.

第2のパラダイムシフト・・・基礎心理学と臨床心理学が密になる
臨床心理学では基礎心理学の成果を応用して,こころの異常や成り立ちを調べ,アセスメントを行ない,心理療法を行なう.心理療法としては,行動療法(行動主義心理学から生まれた)や認知療法(認知心理学と関係が深い)を用いる.臨床心理療法や認知行動療法は基礎心理学に裏付けられたものである.

第3のパラダイム・・・実践的心理学の科学による裏づけ
職業としての心理学の確立.

エビデンスにもとづく実践と治療効果研究

エビデンスにもとづく医療とは?
これまで医師個人の経験と勘を頼りに行っていた心理療法をエビデンスにもとづいて行おうとする1990年頃の運動.こうした活動を支えるために,疾患ごとに治療効果を調べたデータベースが作られた.→コクラン共同計画

コクラン共同計画
イギリスの疫学者コクラン(A. Cochrane)の主張に始まった,各疾患についての系統的組織的な文献調査を行なう試み.

アイゼンク ー バーギン論争

1952年にアイゼンクが提出した一本の論文に始まる心理療法の効果の是非を巡る論争.

アイゼンクの問題提起
「心理療法は本当効果があるのか?」根拠は以下の3つ
①神経症の自然治癒の率は70%.アメリカの州立精神病院で,
 神経症と診断されてから治療を受けずに退院する人が72%.

②精神分析療法によって改善した人の割合は45%で,
 他の心理療法によって改善した人の割合は64%であった.

③これらのことから,精神分析や心理療法による改善率は
 自然治癒による改善率よりも低いことがわかる.

精神分析や心理療法は逆効果

バーギンの反論
①アイゼンクの自然治癒率のデータは,自然治癒率を直接調べた訳ではない.自然治癒率を調べた研究を見てみると中央値は30%であった.

②精神分析や心理療法の改善率についても,アイゼンクがあげたデータを見直すと中央値は60%

③したがって精神分析や心理療法の改善率は,自然治癒の改善率を上回る.

精神分析や心理療法は効果がある

このように,同じ文献を対象にしたにもかかわらず,2人の結論は大きく違っていた.

理由は?
心理療法の効果は個人差も大きく,技法によっても違うため,同じデータを引用しても,研究者の立場によって結論が変わることがある.

→治療効果を客観的・数量的に示す必要がある.

治療効果の方法論

治療効果をどのように数量的に表せばよいか

①客観的な基準を用いて診断する.
 →DSMやICDなどの診断基準を用いる.

②主観的な指標ではなく客観的な指標を用いる.
 →診断面接基準症状評価尺度症状評価用紙を用いる.

③治療効果の因果を確定できる方法を用いる.
 事例研究:1人の事例について治療過程を詳しく記述.
 単一事例実験:1人の事例について,非治療期と治療期を
        つくり,2つの時期の症状を比べる.
 事例研究のみでは,本当に治療による効果なのか不明なので,
 単一事例実験を行う.

 対照実験:治療を行なう群と行なわない群に分けて効果を比較
 無作為割符対照実験:対照実験において,対象者を分ける際に
           ランダムに分ける.

治療効果のメタ分析

効果量について

効果量

効果量は上記の式で示される.分子は治療によってどれだけ平均値が変化したかを示す.効果量が大きければ大きいほど,治療効果が高いことを示す.0であれば治療による効果は全く見られず,マイナスであれば,治療によって悪化していることを表す.

メタ分析
過去に独立して実施された複数の研究結果を集め統合し,それらを用いて解析する方法.

長所
1つの研究では見失われていた小さな関係が,多くの研究を統合することで明らかになる.
 研究を相互に比較することで新たな視点が得られ,将来の研究の方向付けになる.

注意点
他の研究者の研究を使用することから,研究データを誤解し,誤った結論を出さないように注意する.
質の悪い研究も一緒に平均してしまうと,そうした研究の影響で効果量がゆがめられるおそれがある.

メタ分析を用いて,スミスとグラス(Smith&Glass,1977)は
375件の研究結果から心理療法全体の効果量の平均が0.68であることを示し,心理療法に効果があることを客観的に示した

しかし,以下のような批判もあった

条件の統制などにおいて,質の悪い研究も一緒にして平均値を求めているため,効果量が歪められている.

そこで,シャピロ(Shapiro,1982)は質の高い研究に絞りメタ分析を行なった.
→心理療法の効果量は0.93となり,効果があることを示した.

このほかに,メタ分析は心理療法全体だけではなく,個々の技法ごとや個々の症状ごとに行なわれるようになった.
症状によって有効な技法が判明する.


認知療法
不安・抑うつに対する効果量:1.34
恐怖症に対する効果量:0.92
行動療法
不安・抑うつに対する効果量:0.74
恐怖症に対する効果量:1.46
→不安・抑うつには認知療法,恐怖症には行動療法がより有効.

であるならば,

クライエントの症状によって技法を使い分けるべき.

→ガイドラインの誕生.

エビデンスは臨床心理学をどのように変えるか

エビデンスという概念

エビデンスにもとづく臨床心理学の影響

①科学性の強化
エビデンスにもとづく臨床心理学は効果が証明された科学的な治療技法を用いるという科学的な理念である.
→エビデンスが明らかになり治療の技法や効果が客観的に証明できることによって心理療法は,科学的な批判に耐えうるものとなる.→オカルティズムでない

②説明責任が果たせる
クライエントに対して「これから行なう心理療法にはこのような効果がある」と明らかにすることができ,インフォームド・コンセントの責任を果たせる.

③効果のない技法の淘汰
エビデンスにもとづく臨床心理学が動き出すことで,効果のある技法が普及し,効果のない技法は淘汰される.

④学際研究の強化
データベースの作成には情報科学,統計学,倫理学などの専門家の力が必要.
→臨床家と研究者の協力
エビデンスにもとづく心理学は協力のフレームワークになる.


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