見聞実話怪談2『弁財天の華』
これは、祖母の13回忌の折、遠縁のおばさんが酒酔いついでに話してくれた話。
その昔、親戚筋にとある姉妹がいた。
姉が桃江(ももえ 仮名)、妹が桜(仮名)といった。
彼女らが若い時分は、まだ戦時中。
つまりこの話は、戦後まもなくの話になる。
姉の桃江は、美男子と言われた父親に似て、とても綺麗な女性だったという。
妹の桜は、姉ほど美人ではないが、活発で気が強く、とても明るい女性で、とても仲の良い姉妹であったそうだ。
だが、おばさん曰く『戦争が二人の仲を増悪に変えた』のだそうだ。
ことの発端は戦時中、姉である桃江が、10歳程歳上のとある将校と結婚したことから始まる。
まだ18歳だった桃江。
親戚の勧めで見合いをし、それで縁談が決まったのだが、新婚生活も束の間、夫である青年将校は戦争に出ていってしまった。
姉の桃江の結婚から半年程後、妹の桜にも縁談が持ち上がる。
桜の見合い相手は、将校ではないが陸軍の兵士で名前を梶原(仮名)といった。
そんな梶原を、桜は大層気に入って、それこそ猛アタックで積極的に縁談を決めたのだという。
だが、折しも終戦間際、戦火は激化し、梶原もまた戦地へ招集されてしまったそうだ。
まもなく、日本は敗戦し、太平洋戦争は終わりをむかえる。
妹桜の夫である梶原は負傷しながらも帰国できたが、青年将校であった姉桃江の夫は、戦死して戻ってきた。
若くして未亡人になった桃江は塞ぎ込んだまま実家に戻り、そのまま寝込む日々が続いたそうだ。
逆に、桜の方は、夫が無事に生還を果たして歓喜したが、夫梶原の実家は空襲で焼け落ちてしまったため、夫婦で桜の実家に戻ってきたという。
そんなある日、事件は起こった。
なんと、姉である桃江が妊娠したという。
その知らせを聞いて、家族も親戚一同も驚愕した。
何故なら桃江の夫は、既に戦死しており、妊娠などできるはずがないからだ。
さて、桃江の腹の子の父親は誰かというと…
そう、妹の夫である梶原だ。
もちろん、桜は激怒する
家族も親戚も激怒する。
その上、あろう事か梶原は、身重の桃江と共に駆け落ちしてしまったのだとか。
夫を諦めきれない桜は、まるで修羅のようになって、ありとあらゆる術(すべ)を使って、姉と夫を探し回った。
探偵のようにあちこちの知人を訪ね歩いたそうだ。
そんなある日、桜は、どこで手に入れたのか、顔の右側だけが焼け焦げた、なんとも薄気味悪い弁財天の木像を、家に持ち帰ってきたのだという。
『ZERoちゃん、女の執念て怖いのよ?あんたも気をつけなさいね』
ほろ酔いのおばさんは、そんなことを言って話を続けた。
桜が血眼になって夫を探している最中、姉の桃江と梶原は、地元から離れた土地に逃げていた。
逆境を劇的な恋愛で乗り切ったと勘違いしていた二人であったが、その幸せは長くは続かなかった。
元来働き者であった梶原は、駆け落ちして見知らぬ土地で暮らし始めてから、まるで別人のように変わってしまったのだそうだ。
桃江の腹の子は日々大きくなっていくのに、梶原は、実家から持ち出した金で、毎日朝から酒を飲んで暴れ、近所の若い女性を口説き、せっかく見つけた働き口にも行かず、ただただ自堕落に暮らした。
腹の子と愛した男との生活を守りたい桃江は、身重であるにも関わらず、梶原の代わりに仕事に出て、必死に働いたと言う。
ある日の夕方、桃江が帰宅すると、朝から酒浸りだった梶原は、縁側でいびきをかいて寝ていた。
開け放った雨戸の向こうは、それはそれは鮮やかな夕焼けだったそうだ。
高い空には夜の紺色がにじみ、朱と紅をまとう金柑(きんかん)色の太陽が、ゆっくりと雲の果てに沈んでいく。
西から差す金色の光の切っ先が、格子の模様を、闇夜の黒で床板に描いていた。
愛とも憎しみともつかない、複雑な気持ちを抱きながら、桃江は、大いびきをかく梶原の元へと歩み寄る。
その時だった。
ふと視線をやった梶原の足元に、黒い影が湧き上がってきたのだという。
桃江は、ぎょっとする。
恐る恐る、その影を凝視すると、それは一人の女の姿だったそうだ。
『だ、誰っ!?』
桃江が思わずそう叫ぶと、その黒い影はゆっくりゆっくり桃江を振り返る。
長い黒髪を高く結ったその姿は、まるで、弁財天のようだったという。
黒い弁財天は、桃江の顔を見て、ニタリと微笑んだそうだ。
『あぁぁっ!』
桃江は、恐怖とも驚愕ともつかぬ短い悲鳴を上げ、板の間に尻もちをついてへたりこんだ。
弁財天の姿をした、その影女の顔に、桃江は、至極よく見覚えがあった。
忘れるわけもない。
弁財天の姿をしたその女は、間違いなく、妹の桜だったのだ。
だが、桃江がよく知っている桜と、一つだけ違う場所があった。
それは、その女の顔の右半分が、赤黒く焼けただれ、焦げた肉と血を吹き出しながらぐずぐずに崩れ落ちている点だった。
桜の顔をした弁財天は、ニタニタと不気味に笑いながら、恨みと憎しみがこもった声色で、はっきりとこう言ったそうだ。
『やらんよ…この人はやらんよ…
あんたにはやらんよ…』
その瞬間、桃江は、その場で気絶したそうだ。
『そこから桃江ちゃんはね、ちゃんと赤ちゃん産んだんよ、男の子だったんよ
だけどね、子供が生まれてまもなく
桜ちゃんが押しかけてきてね
あの男、あっさり桜ちゃんのとこに戻ってしまったんよ』
おばさんはそこまで言って、大きくため息をついた。
やがて、桜と梶原の間にも1人子供が生まれる。
しかし何の因果か、その直後、梶原は交通事故であっさり死んだそうだ。
だいぶひどい事故だったらしく、遺体は見る影もなかったらしい。
『きっと罰が当たったんよ
仲の良かった姉妹を仲違いさせて
あっちこっちに女作って
本当にろくでもない男だったんよ
それでもね、桃江ちゃんも桜ちゃんも、そんなろくでもない男のことが、本当に好きだったんよね』
梶原が亡くなってから数年後。
姉である桃江までも、電車に轢かれて亡くなったそうだ。
未だに、事故だったのか、自殺だったのかわからないそうだ。
桃江の一人息子は、施設に預けられることになった。
桜も桜で、夫がいなくなり女手1つで息子を育て上げたのはいいが、莫大な借金を抱え、最後は癌で苦しみながら亡くなったという。
この話を聞いて、俺は思わずゾッとした 。
人を呪わば穴二つ。
もしかすると、桜が拾ってきたという、顔が焼けただれた弁財天は、呪物だったのかもしれない。
いや…
桜の情念が、ただの木像だった弁財天を呪物に変えた…のかもしれない。
最後には、夫のことも、姉のことも、果ては自分のことまでも呪い殺してしまった…そう考えると、人の情念とはほんとに恐ろしいものだ。
おばさんが言うには、その弁財天は、桜が亡くなった後、行方不明なってしまったという…
※不思議の館に投稿した話
※待機時間に推敲しながら書きますた
※身バレするのでフェイクも入ってますが、実話です
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