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もらいもの

もらいもの

ここのところ、風呂上がりに裸で、扇風機に当たりながら文字を打ち込むというサイクルが出来ている。リラックスタイムに打ち込む文字列はテーマを決めていないことが多い。いわゆる、よしなしごとだ。いろいろな出来事や過去に出会った人たちを思い出す。

たまには、私を思いだして話題にしてくれる人もいるのだろうか。とくに誘いもないし、人に会う予定もない。

山梨にいた一年、いろいろとよくしてくれた人がいた。不思議な関係だった。私はその人の期待に応えることはほとんど出来なかった。不義理ばかりしていた。本来であれば、仕事を辞めたことも報告しなければならない程度の義理は十分にあるがしていない。そのような不義理をいつも私は重ねてきた。おそらく、後悔するだろうがそうおもいつつ何もしていないのがまた質が悪い。

そのひとからはいろいろなものをもらった。ものをもらったときのお返しは必ずした。それだけは躾として、親からたたき込まれている。

それは別として、もらいものをするときに、いつもいつも悪いです、というようなことを言ったら、ひとにものをあげるのは、自分がそのひとにものをあげたいからすることだ、だから、くれるというものを断ってはいけない、と方言で言われ、なるほど、と感心した。

私は基本、くれるものを断らない。いらなくてももらう。そして、ものが増えることもある。お返しに頭を悩ませる。それでも、くれるというものはもらい続ける。それが礼儀と考える。

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