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木いちごの家

木いちごの家

幼少時の家には物干し台があった。その物干し台から隣の家の繁みが見える、というより手が届いた。その中に木いちごがなっていた。黄色い粒々。米粒半分ほどの。それがすこしずつかたまってなっている。最初は少しの粒ずつとって口にする。ぷちっと皮が破れ中から酸っぱく甘いそして少し土臭い汁が飛び出す。殆ど汁。はじめはすこしずつ口に入れるのだが、取る固まりがだんだん大きくなっていく。白い花も咲いている。黄色い蝶が行き戻りしている。甘い木いちごだった。ほんのひとときだけ食べられる。そのつまみ食いは隣家から咎められることはなかった。母親がしきりに謝っていたが、いいのよたくさん食べて、と隣家のおばさんは笑っていたから止められるそばから黄色い粒をつまんでいた。その後ひとしきり母親から叱られたので木いちごは御法度となり雀や虫がついばんだりそのまま落ちるに任されたのだろう。隣の家には四十がらみの女のひとがいたらしいが、私は会ったことがなかった。母や姉に会うとその女の人は悪態をつくとのことだった。後で聞いた。少し違う世界にいる人らしかった。隣家も木いちごも今はない。道路の立ち退きにあってどこかへ引っ越していった。更地になってしばらくしてから大雨が降ったことがあった。道路建設予定地は大きな池のような水たまりになった。そこで泥みずくになって遊んでいると、井戸のあともあいたままだから危ない、とまた叱られた。井戸にはまって溺れる事故が起こっても不思議ではない。水から離れて、泥水の一面の茶色のなかに基礎が間取りの痕跡を浮かべ、ところどころ島になっているのを見た。

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