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矢竹の藪

暖かいというから出たものの風が強く 気温自
体は上がっても風で体感温度が冷えてくる 水
場に来る前 街路樹の後ろにあるまばらな竹
藪にニ三メートル降りて行って 倒れている竹
を切りだしていたら 枝先ひこと差し指の第一
関節右に刺さって 小さい傷でもじんじん痛い
左手には耐火手袋をはめているが これは数
日前 竹に裂け目を付けようとしてカッターで
ざっくりした カッターで似た作業をする時にい
つかやるといつも予感していたが 予感の通り
指まで裂いた 絆創膏から医療テープ そして
ゴム製の指サック その上に手袋とプロテクト
は完全だが 手袋の中では傷がやはりずんず
ん痛む こういう切り傷は切れたところの傷が
癒えるとつながっていた皮は用を失って剥が
れる 以前ベルトコンベヤーに挟まれて同じよ
うなけがをした といって学生時分のバイトでの
事で いつかまたこんなケガすると思って40年
しなかった訳だ

樹々が濃いから風に揺れると怖いぐらいの音量
で しかしあたりにそれほど葉をつけた樹が見
あたらない ということは遠くの常緑樹がここまで
響いているのかと思うと植物は静的なものの
象徴のように思われるがそうでもないと感じ
られ そこに堰から絶えず落ちている水流の
落下の音と相まって 完全に無音の部屋では
耳に轟音が鳴ると聞いたようなことを思い出し
た シートを敷いて 魚籠を流れに投げ 風の
ために今日は釣りを諦めて 拾い刈ってきた
布袋竹の枯れ枝の 節からのびた枝分かれを
ニッパーで落としていく 風の音の中単純極まり
ないそのような作業をしていると何だか禅の
ような 今 禅の本を読んでいるから 風の音すら
修行のように聞こえて来て しかしながら風を
通さない皮ジャケットの内側は弱い日光にあた
ためられて寒さをさほど感じない

よく水場で出くわす男二人の片方から座って
竹作業をしているときに挨拶された ひとりは
若く ひとりは中年くらいか その中年の方から
呟くように こんにちは とマスクの中で返して
見送ったものの どのように関係なのだろう と
考えた 人が集まる場所やその隅にはどのよう
な関係なのか想像のつかない人たちが色違い
の豆のように目立つ それをいち早く見つけて
どのような人たちか想像する習性がついてし
まっている 心底では多分 人が好きなんだろ
う なんとなく苛立たしい

気が付いていたものの意識していなかった笹薮
が陽透かしにわんわんと揺れていたので もし
かしたら 立ち止まってよく見ていたら 細い
ながらどうも矢竹の藪のようで 途中から人為
的と思われる切断が切り口を干からびさせてい
るのを見て あ 竿にしている と気が付いた
地面を見ると余分な竹なのか 節から節の長
い切り枝がいくつも落ちているのを吟味しながら
拾っていって その合間には笹竹のはっきりした
青い目が草から無数に生えだしているのを見た
筍というのはほぼ孟宗竹の芽だと読みかじって
いたがそうだこのように芽として出てくる竹の
葉は硬質で鋭くて 青も枯れた地面にあって
よく目立つ 寒いさなかでも水路に現れてきた
タナゴや笹竹の芽など こういう春のきざはし
と書いて いや きざし だと調べると きざはし
というのは階段の事で 春の階の始まりがもう
二月なのだと思えば最後は俳文のように終わる

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