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ガムの壁

ガムの壁

ガムの壁を見たことがあるだろうか。クールミントだとか、あの、板ガム。
倉庫いっぱいのガムの壁。二トントラックで運ばれる。
私はある。
ガムの壁を作った。ほとんどコンテンポラリーアートだった。ロットを違えた。
ガムは匂う。ミントの、さわやかな匂いの暴力。目を狙う凶臭。
本当にこのロットでいいんですか。いいです。相手はいつもの問屋。無愛想な、事務員とおぼしき女性。顔も見たことない。
本当に来た。きっばりと言い放ったのは、いいです、と喧嘩腰に言ったのは、私。そして、発注したのは、問屋の、あなた。
売った。いちおしに前面に出し、推して、売った。ガムを推したからと、あなたは買うか。多少安くしたところで。冬の倉庫に香るミント。クールミント。匂いで寒くなる。目にくる匂いのさ中、春を待ちながら荷出しをする。壁は減らない。
壁の向こうにほかの物品の在庫がある。ほかの在庫にミントが滲みる。倉庫からミントが周囲に伝わる。とんでもない数量のガムはあたりに膨らむ。そして少しずつミントが抜けていく。
ミントが薄れてしまう前にこの膨大なガムの壁を始末しなければ。期限もある。がんばった。しかし、がんばってもどうにもならないことがある。
ガムから逃げたい。ミントから鼻をつまみたい。いつしかガムの壁はなくなった。敵に白旗を揚げて、トラックで運ばれていった。かすかな、ミントの臭いが、ながいこと倉庫に残り、残っているうちにその職場を離れた。

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