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日本語すら思い出すのも

釣り竿を二本買った 送料入れて千五百円 安
い 手元を偽漆で塗る 虫食い塗りといって 下
地塗りの跡に綿棒で点々と角を立てて その上
から何度か違う色を重ね塗する そうすると虫
が食ったような模様が 研いだ後に現れる ど
うなるか 想像はつくけれど想像通りに模様が
つくかはわからない 模様は偶然で 抽象画
のようになる 晴れているのに 一日そんな
塗り研ぎで過ごした

夕方になって本を読んでいたらアパートをパタン
と倒して トラックに積んでどこかへもっていく
という短歌を思いついた 今は主にベトナム人
などがそういった仕事に従事しているのかもし
れないとなんとなくイメージで思った 今は日本
のようなしけた国じゃなくヨーロッパの方に東南
アジアの人たちは働きに出るらしい 円安だし
仕事はきついし 給料は上がらないし より稼
げるところへ行くのは当たり前だ 

日本の釣竿のうち一本は五尺 150センチの
長さで 先日目にしたオイカワのいる川のカー
ブで釣りをするには最適の長さだと思った が
誰も釣りをしていない上に町中で人通りが多い
旧街道の橋の下あたりは死角になるかもしれな
いが 車どおりが多くて埃っぽい 安い竿でも
手元が塗ってあるとそれなりに見えるのではな
いかと塗り重ねている 近いうちにこの竿を出せ
る適当な岸辺を探して川をたどろう

坂を下りて坂を登る手前の服屋の駐車場の縁石
に実習生なのか南方の人たちがずらりと並んで
おそらく国に電話をかけていた 土曜日の午後
坂の上の業務スーパーで食料を買い込んで ず
らりとみんなで座り込んでスマホを手に手に ど
この国の言葉かわからない 誰かに電話をかけて
いた 日本の悪口や苦労などを言っているのか
もしれないと思った 故郷を離れて知らない国で
機械のように扱われて おそらく日本人と友達
になろうなどとは思ってはいないだろう コロナ
になってからあの人たちは一人としていなくなっ
た おそらく日本になんかもう用などなくて かた
こと言葉の日本語すら思い出すのもまっぴらで
もしかすると日本よりももっと当たりのきつい
国々で誰かのために働いているのだろうか

それでも今更国には帰れない 日本が好きだ
から いや まだ日本がましだから くらいの気
持ちでもいい そんな南の人がいたら こんな
町のこんな川でも 綺麗な魚が釣れることを知ら
せたいような気もする 川を下って途中のあた
りで 背の高い草で川幅が細くなっている場所
がある あの辺りに竿を出すことはできないだ
ろうか あの辺ならば人通りも少ない 古くに
つくられたレンガ造りの堰もある 故郷で釣れる
魚の話など聞きながら一緒に並んで釣りでも
したい そんな気もしているけれどどことなく彼
の人を憐れんでのような気もする もうそんな
立ち位置でもないのに

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