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ニュータウン

細い町中の県道を抜けていよいよ鉄道と並走
する大きな道路に車は至った 直車検だがよ
ごれすぎて恥ずかしいと妻が言っていたが こ
のところはきれいに洗車して戻してくれる だか
ら いいんじゃないか と平板に返す 多分 早期
退職してからこちらへ来るのは初めてで とい
うことはもう五年この道を踏んでいない 千葉
ニュータウンという町並みに至るのだけれど も
うすっかりオールドタウンで しかし ひとときの
寂れようからしたら奇跡の復活を遂げて 今また
新しい建売が次々に増殖している 図らずもあ
の地震で 地盤の固さと都市計画の余裕を持っ
た街づくりが評価されたのか 見違えるような
変貌をとげたのだった しかし 車が無いとどこ
へ行こうにも厳しくて 第一次の入居者が往生
しているという話も漏れ聞こえる

とはいえ 限りない原野のような場所を開いた
名残はいたるところに残っていて 雑木林 田畑
名も知らぬ細くて浅い川 それらの里山三点
セットはいたるところに広がっている そのよう
な風景を嫌というほど仕事で巡った とくに震災
以降はナビを頼りに千葉県のいたるところを経巡
る日々が続いた 今となってはもう一度通って
見たい道もニ三思い描かれるが その時は道
がどうこうの話ではなかった 本来であれば
東京のどこかで何らかの勤めをしているはずが
などと思ったことも一二度ではない とうとう東京
に張りだせず 千葉に封印された人生だった
やはり私にはたまに遊びに行く街にしかすぎな
かったという事だろう

月桂樹 パリサンダ ブビンガ 黒檀 花梨 そ
の巨大ホームセンターには天然木 とりわけ
唐木の端材が豊富に売られている 今 竹細工
木細工をするに至って まとめて素材を買いに
行きたいと思いたった このセンターも子らが
幼い頃よく来たところだ 今から思えば何だろう
ともなるが 自由研究のたとえば木造りのミニ
チュアログハウスなど つくるだけというセットを
毎夏買いに来たものだった その学校システム
のいい加減さ というか創造性の無さに疑問を
僅かに感じつつも 太陽電池で走るミニカー
とか 昆虫を永遠化するアクリル塗料のような
ものに楽しさを見出していた父でもあった ここで
それら端材と漆に混ぜる金の粉 螺鈿とまでは
行かないがやはり塗料に混ぜて飾る白蝶貝の
きらきらした粉 蛍光塗料 牛革の端切れなど
を少し大費用に買ってしまった といって昨日の
含み損に比べて指先のような物だったけれど

もう一つ 楽しみにしていたのが このセンターの
敷地の端に 木造りのミニハウスがあって その
中に入ってみる事だった 子らがまだ十歳に満
たない頃 よくこのタイニーハウスというのか 木
づくりの六畳八畳の狭い家に入って遊んだもの
だったが こちらが六十に差し掛かろうと 子らは
勤めと大学生になった所で 同じことを楽しみに
来た もちろん我が家に このような上物が置け
る土地など無く 価格も優に百を超えるのでと
手も現実的な代物ではない だからこそのひと
ときの愉しみで たまに来るからこそのもの珍し
さで ロフト付の小屋のロフトに急なはしごをの
ぼって行って 小窓からの光がさすのを何枚か
写真に撮った 芳しくないと予報された天候は
まずまずの晴で 風は西風なのだろうか 強ま
ってきていたが寒くはなかった

昼下がりを過ぎた帰路の車内から 来た里山
の景色を逆方向からみた わさっとした雑木の
かたまりには少なからず竹林が含まれていて
あれほど伸びるのは多分孟宗の並びだと思わ
れたが するともう今は筍の収穫という事で
まだ早いか つぎつぎに突き出てくる筍の肌
色を思ったりする 根から切り出されたところに
丸い突起が輪に続き それらは淡い紫に色
づいている 土中の鉄分でそう色づくのかそこ
だけ僅かに毒のような気がして しかし新鮮さの
証拠であるような気も素人目にする おそらく
夜のうちに先週春一番が吹いて となるともう
空気は春にかわり 風に尖る冷気も急に丸み
を帯びてくるのだろう 実際 里山の様子は
何か粒子を含んだような光にぼやけて 影が
すっかり柔らかくなっている

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