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海浜工業地帯輪行

海浜工業地帯輪行


誰かに会う予定で自転車を走らせていたが、誰かが誰も思い当たらず、急に寂しさと焦燥感に襲われた。コンクリートの壁沿いを走っているのだが、ちょうど頭の高さに砂浜と海があり、夜というのに確かにうっすらと明るさのある群青の水面では子供たちが顔を出したり潜ったりしている。沖から泳いでくる人の姿も。

海の中に何か、大きな塔のような物が立っていて、斜めに、エスカレーターが海面まで延びている。泳ぎ疲れた人はそのエスカレーターに乗って塔の中へと上っていくのだが、その形はいい加減なキノコのようでもあり、海底油田の掘削設備のようでもある。

次第に夜が明けてくるが、そこだけ、不自然におぐらくて、エスカレーター上のひとの安否が少し気遣われる気がした。

コンクリートの道はしばらくすると行き止まり、というより一人やっと通れる通路と、架橋の坂から降りてつながる古い市街に分かれる。そこで自転車を乗り捨て、歩いて細い通路に入ると、道には廃棄された工業機械などが徐々に積み上がって坂になり、コンクリートの高さに、それらの機械を足場をひとつひとつ踏み試しながら歩いていくことになった。

その中にはまだ、何かの用途に使えそうな物もあり、使えなかったとしても見た目に心引かれる形態のさび付いた直角ばった古い鉄物も混ざっていた。これを手みやげに持って行くとあの人は喜ぶだろうと思ったがその人はもう死んだのだと思い直し急に悲しみが押し寄せた。

しばらく、海とコンクリートと、廃物の合間を歩いていくと橋脚の下に出た。橋脚にはびっしりと石綿のようなもこもこした壁材が固まっていて、洞窟めいた様相になっていたが、その天井から無数の円盤が吊り下がっている。

単なる大きめのワッシャーから歯車、CD、ディスクグラインダーなど、円形のものがおびただしく揺れている。これは見事な光景だとカメラを持ってこなかったことを後悔しつつ、これはスマホで撮るべき物ではない、ならば撮らないほうがましだ、と少しなぜか憤慨していた。

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