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しゃりしゃりの甘い桃

漫画家の山野一さんがやはり漫画家で奥さん
だった 故 ねこじるさん ここまででさんさんさんと
さんが七つ さておき の好きだった食べ物
として 福島の 甘いのにシャリシャリした桃を
あげていて 甘いのにシャリシャリした桃という
のは山梨だけではなくて福島にもあったのか
と多分土地の人ならば誰でも知っているだろう
ことを改めて知った

私がいたのは山梨の中でも郡内地方と呼ばれる
富士山のふもとで 山梨支社といった形の元
事務所は甲府だったので 河口湖から峠を登る
御坂みち と呼ばれる道路を使って 長い出口
の光が見えないトンネルを その時分中央道で
トンネル崩落事故があったばかりで焦り気味に
抜けていくと 太宰治ゆかりの峠の茶屋という
のを尻目に 今度は長い坂を国仲地区に向か
ってさあっと一息に降りてゆく その坂の途中から
石和のあたりだろうか 山に囲まれた密度の
薄い町並みが見渡せる その坂から甲州街道
へとつながるあたりに 桃畑がいちめん広がり
薄衣みたいな青いネットで樹々が覆われてい
る そういった道を何度も行き来した

山梨の人に言わせるとももはシャリシャリした
食べ物で 首都圏で食べるような 流し台で
流れる果汁をアルミシンクにぼたぼた落として
汁 もったいないなどと思いながらぬるぬるに
かぶりつく 種のあたりに付いた繊維の汁気ま
で味の無くなるまで吸い取るような食べ方の
熟れた桃とはまるで別物の食べ物だと何度も
力説されたのだった 多少 描写に違いは在れ
ど このような下り 以前にも書いた覚えがある

山梨支社には季節になると桃農家のお客さん
から箱いっぱいの桃が届けられるそうで 峠の
向こうの事務所の私まで おすそ分けはまわら
なかったので しゃりしゃりの甘い桃 というのを
実は食べたことがない その代わり 信じられ
ない糖度のもろこしや耳かきひと匙でしっかり辛
い すりだね という唐辛子を入れた顎が砕ける
吉田うどんを常食していた そのあたりに別荘
を構えて今風で言うところの二拠点生活を送っ
ていた武田泰淳夫人の武田百合子記すところ
の 富士日記 には食べ物の描写が数多く見
られるが 吉田うどん という言葉は中巻はじめ
まで読んだところではまだ出て来ていない 今
やご当地名物として時折テレビで見たりもする
が五十年ほど前にはただの地元食だったの
だろう

コロナも一息ついたのならば今度は遊びであの
あたりに足を延ばしてみたくもある 吉田うどん
私の行きつけは高級ホテル鐘山楼向かいの
おそらくナイトクラブ居ぬきのうどんやサファイ屋
だったがそこはおしんこが取り放題だった 胡瓜
や杓子菜など日替わりで ただでさえ塩分の強い
麺 つゆ そこに加えて漬物と後でのどの灼熱
に焼かれるまでがひとまとまりの食事にシャリシ
ャリの桃を加えるとなると 峠を越える必要が
あるが間もなく中国からの訪問者もあふれかえ
るだろうと思われ もう少し先の観光として延べて
おくか 今考えると短い山梨との行き来は二拠点
生活だったとまあ強制されたそれではあった

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