潮時

僅かな期待を抱きつつまたいつもの水路へ　三月
の半ばに捕れすぎたタナゴの新子をリリースして
翌週　突如として水路から魚が姿を消した　いや
その日はまだ　多少の小魚がいて　雌のタナゴ
を釣り上げた　おかしいとは思いつつ単なる群れ
の移動といった一時的なものかと思っていたが
四月に入ってから以前と打って変わって水底ま
で透きとおって木漏れ日に揺れる水の中に一尾
たりとも魚の姿はなく　わずかな期待を抱きつつ
四月も終わりに近づいて　昼咲の月見草が去年
より大きめの　華奢ながらしなやかな花輪を風で
バンギングしている公園の入り口から　急き気味
に水路に至り　やはり今日も水は澄み渡り　覗い
てもやはり小魚の一尾も泳いでいない　紅葉の
決して一枝という訳ではないある程度の枝葉を
ざっくり落としたものが水に沈んで　では水路の
突き当りにはどうかと　底魚の小さいのが一匹
すっと逃げるのが見えたが　蝦も魚もきれいさっ
ぱり消え失せて　これは何か　公園の管理が
何らかの人工を施したとしか思えない　まず　い
つも緑に濁っていた水が透き通っているのが
おかしい　急に透き通りだした　例えば　苔を除去
するような薬剤でも散布したのではないか　また
は　広場を抜けてい来る水場はザリガニ広場
といった通称だった気がするが　ザリガニが指定
外来種にされたのを受けて本格的に除去作業
を行ったとか　その水が流れ込む水路で　こ
れもやはり外来種であるタイリクバラタナゴが
駆除されてしまったとか　都という官僚機構の管轄
にあって　そのような決定の元に水生動物根こそ
ぎ　などという事があってもそういったことを何
だかやらかしそうで　それは悪いのはこいけか
ゆりこか　公園の水路を美化します　などと下手な
官吏の個人目標のためにあれらの美しい魚群
は消滅させられてしまったのか

釣り人はたいていポイントをふたつみっつ知って
いる　広場を横切り通称　おく　と言われるところ
に久方ぶりに足を延ばすも　ここもむやみに透き
とおり　泥の溜まった水中に生き物の動きは気配
なく　釣り人も皆無　要するに　細い水路で釣りは
もう許さん　という話なのか　外堀に続く大きな
水路に　割って入るしかないのか　

その水路に割って入ることなく　対岸に座を据え
一時間　ひとたびの当たりもなく　流れて所謂
JMへ　タナゴ師たちの符丁としてのここ　しかし
あまりに有名な　いつもならば何人もの釣り人
が並ぶが今日はまばらで　ここでのいつもの位置
に腰を下ろすと　ぬまちちぶだけ立て続けに二匹
そういえばここももう一年　うんちくのタナゴ師たち
を敬遠して寄らなかったのが　黒くてぬめついた
淡水ハゼの歓迎を受け　すぐさまリリースして
糸を垂れ続けるもここも駄目　隣の釣り師といつの
まにか二人きりになって　あ　この人前に水路で
会ったことある　釣れてるか聞いたところタナゴが
七匹　タナゴは何故か　釣れる人はどうあれ釣る
その人に水路の異変を　何か知っているか聞い
てみたが何も知らなかった　以前に会った大きな
水路で朝から数が釣れていると教えてくれた
なんとなく飄々とした話しぶりで印象のいい人だ
った　しばらく少しばかり離れて釣り座をともにし
たが　その人が帰って　夕方前　西日が外堀に
眩しく反射している　子亀が左右に首を振るよう
に浮かんで泳ぎ　小魚が一匹　水面近くに見えた
ここに通ってそろそろ五年　潮時か　などと柵に
もたれて見慣れた緑に濁った水面をしばらく
見ていた