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理学療法士のわたしが痩身エステを体験したお話

先日、目が覚めたら背中がミミズ腫れだらけになっていた。そういうプレイでもしたのか、というくらい赤く腫れ上がっていた。夫もドンびく痛ぶられようだ。
ちなみに、我が夫婦にそういった趣味はない。付き合い始めてすぐ、彼の部屋でセーラー服姿の女性が亀甲縛りをされているメディアを発見し、話し合いの場を設けたことはある。しかし、彼は平然と「違うんだ、俺はこの脚本家が好きなんだ」と宣った。そして、幸か不幸か、後にも先にもわたしが縛られた経験はない。

脱線した。話は前日に遡る。

ところで、あなたは痩身エステをご存知だろうか?

ブライダルエステを経験したことのある方ならお分かりだろう。
「リンパに詰まった老廃物を流す」という謳い文句の元、電気やらパックやらあの手この手で身体を温め、無慈悲に身体をゴリゴリやられるアレである。

事実、8年前にわたしも経験している。肩甲骨や鎖骨周りのラインを綺麗に出して、ドレス姿が映えるよう、池袋の片隅にあるラグジュアリーなサロンに3ヶ月ほど通った。式当日、フィッティングのお姉さんが「ちょっと、そのお店の場所おしえてください」と言い出すくらい、わたしの肩甲骨は翼状肩甲していたので、それなりに効果はあると思う。

で、つい最近。
肩こりがひどいのと、なんとなくマッサージでも受けてみたい気持ちになった。

整体は嫌だし、オイルマッサージは物足りない。なんかこう、ゴリゴリ思い切りやってほしい。痩身する気は無いけど、曲げても伸ばしてもどうにもならない凝り固まった贅肉を、ちょっと一発揉んでみてほしい。そしてわたしは、ホットペッパービューティーのアプリでとあるサロンを見つけた。

その日は取り損ねた夏休みを、半休で使うことに決めていた。映画を見るか買い物をするか逡巡した結果、わたしはその痩身エステのプランを予約した。体験プランの所要時間は3時間、お値段は4950円と破格だ。体験後に襲いかかるであろう、勧誘さえ切り抜ければ、いっときの安楽は得られるはずだ。そんな安易な経緯で予約した。

そして、当日。

仕事を終え、はやる気持ちを抑えながら自転車で恵比寿に向かった。昼食は近くの喫茶店で生姜焼き定食を、迷った挙句デザートにチョコレートパフェまで捕食した。別に構わない。わたしは痩せる気などないのだ。単に贅肉を揉んでもらって気持ちよくなりたいのだ。

時間になり、わたしはサロンの門を叩いた。

駅近くのビルの7階。エレベーターが開いた瞬間からラグジュアリー。小柄なお姉さんが受付に佇み、すぐさま私を個室に案内してくれた。そして、アンケートを差し出した。見た瞬間、後悔した。

まず、身長・体重を書く。痩せたい部分を選択式で記入する(お尻とお腹にした)。ダイエット経験について記載する。リバウンドの経験の有無、何キロ増えたのかまで書かされる。

当たり前だ。ここは「痩せたい」と思う人が集う場所なのだ。

こんなところに、のこのことやってきたわたしが悪いのだ。

アンケートを書き終わるとすぐにカウンセリングが始まる。

お姉さん「今回はどういうきっかけで来店されたんですか?」
わたし「あ、痩せたいというよりは、肩こりがひどくて腕とか胸の周りも辛いので、リラクゼーションみたいなのができればなぁ〜って。」
お姉さん「何年か前にダイエットされたんですよね?戻り始めたのっていつ頃ですか?」
わたし「・・・」

逃げられない。わたしはなぜ、初めて会った綺麗なお姉さんに自分がどうして太っているのか説明しなくてはならないのだ。そう思うのだが、ここに来た以上は逃げられない。

ふと顔を上げると、その部屋には歴代の利用者たちがどのくらい痩せてきたか、写真付きで紹介されている。ブラジャーとパンツの間に幾重もの贅肉を携えた人が、数回の施術でほんの少しほっそりした様子が伺える。「お前もこうなれ」と声なき声が聞こえてくる。ああ、痩せたい。久しぶりの感情、こんにちは。

お姉さん「まあ目的はどうであれ、楠田さんは痩せスイッチが入ってたこともあるんですよね。当店は結果を出すことが目的ですので、施術の前後で計測をします。それを見て、また今後のことを考えましょう。」

なんだ、この自信は…。保険外があーだこーだ言ってる、ツイッタランドのセラピストの皆さまに聴かせたい一言だった。そしてこの一言が、これから繰り広げられるわたしと痩身エステとの戦いの幕開けでもあった。

施術室に通され、紙のショーツを渡される。ブラジャーと紙ショーツだけの格好になり待て、と命じられたので大人しく従う。そして再度現れたお姉さんは、あろうことか体重計とメジャーを携えている。

何事もなかった蚊のように、体重やら体脂肪やらを測る。二の腕と腹の太さも測る。きわめつけは、下着姿のまま後ろから、横から写真を取られる。そしてご想像の通り、それを見せつけられる。

お姉さん「どうですか?僧帽筋がパンパンですよね。左右のバランスも悪いのと、30代前半でここにお肉がついちゃうのはちょっとまずいですね。」

ぐうの音も出ないので、変な顔で笑いながら大人しく話を聞いた。よほど「大丈夫です、うちの夫はこういう体系が好きな人なので」とでも言ってやろうかと思ったが、そんな勇気は持ち合わせていなかった。

あれよあれよという間にベッドに寝かされ、ラジオ波を当てられる。必死の抵抗を見せるべく「ラジオ波って普通の電気と何か違うんですか?」と聞いてみると、「電子レンジのあれと一緒です。なかなか届かない脂肪組織の奥の方までラジオ波が届いて、温めてくれるので代謝が良くなります」と、きちんとお答えくださった。

ラジオ波は温かくて気持ちが良かった。痩せスイッチを押されまいと抵抗しつつもこの温かさを味わえるなら、多少通ってもいいかもなどど思い始めた矢先、お姉さんから矢のようなマシンガントークが繰り出された。“寝ると代謝が落ちる”とかで、これがまあ、よく喋るのだ。

ラジオ波が終わり、いよいよハンドでの施術が始まる。うつ伏せはもちろん、仰向けになっても顔にはタオルが置かれるので、施術中のお姉さんの様子はよく見えない。よく見えないが、なんだろう、すごい勢いみたいなものを感じる。
考えても見てほしい。痩身エステにまあまあのデブがやってきたのだ。この人はプロだ。わたしを見て、腕が鳴っているのだろう。

「お肉質がすごく硬いので、これはなかなか落ちませんね」「あれ、お酒飲みますか?骨盤の周りが特に硬いです」「この後に肌を見せる機会はないですよね?ちょっと赤くなると思います」など、ありとあらゆる質問が飛ぶが、答える元気がないくらい痛い。脊椎に剃って脊柱起立筋を押し上げたかと思えば、12番目の肋骨に沿って贅肉をねじり上げる。ペッタンペッタンという音が部屋中に響渡り、餅つきでも始まったのかと思うくらいにわたしの二の腕の肉を捏ねている。

わたしは知っている。8年前もそうだった。これを何回か繰り返すと、痛みに慣れてだんだん気持ちがよくなるのだ。現に、痛いのと痛いのと痛いの間にちょっとだけ気持ちいいがある。普段、他者から触れられることのない自分の身体の柔らかい部分(お肉質は固いのだが)を、こんな風に動かしてもらうのは悪くない。でも痛い。

施術が終わり、体重やら体脂肪やらを測る。二の腕と腹の太さも測る。もちろん、下着姿のまま後ろから、横から写真を取られる。そして身体を拭いて服に着替え、部屋を出る。めちゃくちゃトイレに行きたかったことを覚えている。

再びカウンセリングルームに通されたわたしに、お姉さんは施術前と施術後の写真を見せてくれる。驚いたことに、ウエストは1cm、二の腕も0.5cmほど細くなっている。写真からもそれが見てとれる。

お姉さん「どうですか?今日だけだとまたすぐに戻ってしまうんですけど、これを続けると確実に結果は出ると思います」
お姉さん「痩せスイッチは、入りましたか?」

正直、痩身エステに来る前にチョコレートパフェを食べてくるような奴に痩せスイッチなんてあるわけないだろう、と思っていた。「痩せることはできない。だが、共に生きることはできる」と、心の中のアシタカも叫んでいる。でも、今は違う。お姉さんは、わたしの中の痩せスイッチを見つけてくれたのだ。

わたし「えーと、お値段とかってどうなんですか?」

しかしながら、この状況でもわたしは理性を保っていた。言うべきことを言った。わたしの中の理知的なわたしは、この言葉を最後に姿をくらました。

お姉さん「あ、こちらです!」

お姉さんが差し出した料金量を見た瞬間、東の果てより理知的なわたしが戻ってきた。「ならぬ!!!!」と、全力で叫びながら戻ってきた。

そこからはもう泥試合だ。事前に用意した「主人と相談してから決めます」のキラーワードも、次回予約すれば当日入会の特典が消えない的な甘い誘惑で殺しにかかる。いや、しかしこの値段をこれに払う勇気はない。無理だろ、夏のボーナス減ってんだぞ、コロナ禍だぞ、ちょっとした海外旅行にいけるだろ、この値段!!

わたし「ちょっと痩身に興味が出てきたんですけど、せっかくだから他のお店も体験してみたいので、それから決めます!!」

瀕死のわたしが最後に放ったこの言葉で、お姉さんは「ああ、だめだこりゃ」と言う顔をしてくれた。
その昔、どうにもこうにも動こうとしない利用者さんが「次にあなたが来たときは立つ練習するからね。だって今すごく嫌な顔したじゃない、笑っててもわかるのよ」と言い放った時のわたしの顔ってこんなんだったんだろうな、と思わず記憶が蘇る表情だった。

きちんと正規の料金を支払ったわたしを、お姉さんはそれでも笑顔で見送ってくれた。ありがとう、ちょっと肩が楽になったよ。もう少しお肉質が柔かくなるように、自分でもストレッチしたり揉んでみたりするからね。この声が枯れるくらいに、そう叫べばよかった、と今になってしみじみ思う。

兎にも角にも、お話は以上である。

思い返すと貴重な体験だったと思うし、どうせ契約しないんだから振り切ってTENETでも観に行けばよかったとも思う。

一つ、決意したことがある。次に「立たない」「歩かない」と言われても、それでも心から笑えるように修行をしよう。
目を閉じると、瞼の裏にあの時のお姉さんの顔が浮かぶのだ。お姉さんは綺麗な顔をして笑っている。笑っているんだけど、すごく嫌な顔をしているように見えるのだ。

読んでいただきありがとうございます。まだまだ修行中ですが、感想など教えていただけると嬉しいです。