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「日本発、月面探査を目指す民間宇宙開発チーム」 HAKUTO Mechanical Engineer 古友大輔さん

本記事は2015年に対談したものです。情報はその当時のものですので、ご了承ください。

●月面探査を民間資本で

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enmono 第106回MMSは、こちら六本木からお送りいたします。本日のゲストは古友大輔さんです。よろしくお願いします。

古友 古友と申します。よろしくお願いします。株式会社ispaceでメカニカル・エンジニアをやっています。ispaceが運営している「民間で月面探査をやる」というチームHAKUTOのプロジェクトをFacebookで知って、三年くらい前からボランティアメンバーとして参加をしていました。4ヶ月ほど前にispaceのエンジニアになりました。その前は宇宙ステーションの開発に携わっていたり、ちょっとだけ車の開発に携わったりしていました。

古友 僕達が取り組んでいる活動についてご紹介したいと思います。Google LUNAR XPRIZEという「民間だけの資本で月面を500メートル走って、ハイヴィジョンの動画を地球に送信する」ことを競うプライズがあります。「月を探査する基本的な部分を自分たちでやってください」というのがテーマです。世界から30チームくらいが参加していたらしいんですけど、段々淘汰されて今生き残っているのが16チーム。日本ではチームHAKUTOが唯一参加しているチームになります。

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古友 1927年のリンドバーグによる大西洋横断飛行も、元々は賞金レースでした(編注:オルティーグ賞。ニューヨーク~パリ間の無着陸単独飛行に成功したら賞金が得られるというもの)。リンドバーグがこの機体で大西洋を横断したことによって、航空機産業が発展して、飛行機がたくさん飛び交う今の世界ができたんです。

古友 さらに宇宙に関わるものとしてはANSARI XPRIZEという、有人弾道宇宙飛行を達成すると賞金がもらえるというプライズがありました。これが2004年に達成されていて、この機体を採用したヴァージン・ギャラクティックによって宇宙旅行を2000万円くらいでやろうというビジネスが起ちあがっています。

古友 その先に続く未来として、月面探査車等を使って宇宙資源を探して、地球外で資源が得られるようになったら、人類の活動領域を地球の外に広げていくこともできるんじゃないかという風に考えています。

enmono SFの世界が現実化していきますね。

古友 はい。この話をするとよく「夢みたいですね」って言われるんですが、そういう夢みたいなことを現実にしていきたいなと思っています。

●Flight-Ready

古友 このチームHAKUTOは、三本の柱で構成されています。一つめは運営母体であるispace。二つめは東北大学。共同研究契約をしています。三つめはPRO BONOというボランティアメンバーの集団です。本職を持ちながら宇宙開発に携わりたいという人に参加をしてもらっています。

古友 HAKUTOが開発している月面探査車のプレフライトモデルをこちらにお持ちしました。宇宙へ実際に飛ばすものをフライトモデルと呼んでいるので、その前段階としてプレフライトモデルと呼んでいます。宇宙へ飛ばす際にはロケットの振動や温度差による負荷がかかるんですけど、そういった環境に耐えるための熱真空試験や振動試験を一通り終えて「Flight-Ready(打ち上げ可能)」を確認したモデルになっています。

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enmono 宇宙へ持っていくための試験をクリアしたものということですね。

古友 はい、すべてクリアしました。

古友 HAKUTOの月面探査車は2台構成になっていて、大きい方が8kgくらい、小さい方が2kgくらいで、小型軽量となっています。2年くらい前に中国が月着陸船を降ろしているんですけど、それが650kgくらい、軽自動車1台分くらいの大きさなので、それから比較するとものすごく小さいものになっています。

古友 民生品を多用していて、開発のリードタイムが非常に短く、低コストで開発可能。360度のカメラを備えていて、その映像を見ながら運用します。

古友 あと、ホイールが結構特徴的でトゲトゲがたくさんついています。月の上はレゴリスというパウダー状の非常に細かい砂で覆われていて、地球を走っている普通の自動車のようなタイヤだと滑ってしまって前に進むことができません。そういう環境条件が悪いところでも滑らずに確実に走ることができるタイヤ・ホイールを考えています。

古友 もう一つの特徴としてテザーがあります。2台のローバーをテザー(紐)で結んで運用しようというものです。目的は月にあると言われている大きな縦穴の探査です。縦穴の中は放射線が少ないのではないかと言われていて、将来、人間が降り立った時、そこに宇宙基地を作るという構想があるんですけども、まだ誰も降りたことがないんです。その穴のもとで4輪のローバーを待たせておいて、テザーで結ばれた小さい方のローバーを穴の中に投入・探査するということを考えています。

古友 今のところこれを2016年の後半に打ち上げたいと思っています。アメリカのSPACE Xのロケットに載せてもらって、同じくアメリカのASTROBOTICというチームが着陸船(ランダー)を開発しているので、そこに相乗りする形で月を目指します。ASTROBOTICもローバーを作っていて、月に着いたらそのローバーと「よーいドン」になるので、月面でF1レースみたいのができたらいいかなぁと。

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●課題は軽量化

enmono 開発自体はほとんど終わっているんですか?

古友 実際に月で動かせるという証明はプライズの中間賞を受賞したことで成されていますが、まだ解決すべき課題があります。今トータルで10kgくらいなんですけど、10kgだと打ち上げ費用が15億円くらいかかるので、軽くしなければなりません。

enmono 何が一番重いんですか?

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古友 走行に一番大事なリンクとホイールが結構重くて、これ1輪500gくらいあるんです。

enmono でもこれ樹脂でしょう?

古友 そうですね。

enmono これ以上軽量化といっても……。

古友 今はこれを1輪150gくらいにしようと思っています。8kgのものを4kgで作ろうとしていて……。

enmono 8kgというのは地上で8kgだけど月へ行けば1/6重力なので、もっと強度が要らないということですか? でも月着陸船に載っている間に壊れちゃうとマズいですよね。

古友 そうなんです。ロケットの打ち上げ振動に耐えられる強度かどうかが一番支配的です。地球の重力圏から出られる強度が必要で、それをクリアできる範囲で可能な限り削る――そういう設計を目指していきたいと挑戦しているところです。

enmono リンクはアルミですか?

古友 そうです。

enmono それをマグネ(マグネシウム合金)に変えれば……。

古友 マグネか、CFRP(炭素繊維強化プラスチック)か。

enmono カーボンは高いんじゃないですか?

古友 確かに高いんですけど、このカーボンを作っていただいている会社がRDSさんという埼玉県にある会社なんですけど、ここは技術的にパートナーになっていただいていて。

enmono じゃあリンクもカーボンで作れる感じなんですか?

古友 はい。協力していただいているので。

enmono そうするとそこはかなり軽くなりますね。カメラは市販品を買ってきているのであれば軽くなりそうにないですね。

古友 えーと、カメラも……。

enmono 軽量化するんですか?

古友 します。

enmono カメラメーカーの協力も得られる感じなんですか?

古友 相談はしてるんですけど、まだちょっと前向きなご回答はいただけてなくて。

enmono メーカー名はまだ言えない段階でしょうか。

古友 広くご協力を募集しておりますので……。

enmono こういう宇宙開発にご協力いただけるカメラメーカーさんはぜひ。

古友 ぜひ。ご連絡お願いします。

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enmono 基板とかその辺はどうですか?

古友 基板は熱的な問題と、あと信頼性の問題があるので。

enmono なにを載せてるんですか?

古友 今載っかってるのは、BeagleBoneです。放射線試験をやってパスしています。宇宙環境にも対応可能ということで。僕たちの探査機は月面での運用時間がそんなに長くないので、2週間だけ運用できればいいという構想でモノづくりを進めています。普通の衛星って一年とか何年とかの単位で使うと思うんですけど、月の昼が地球時間でいうと約2週間くらいなんですね。2週間昼間があって、2週間夜が続く。1ヶ月で昼と夜が入れ替わるんですけど、その間の昼間しか使わないので。

enmono じゃあ今のところ軽量化が一番の課題なんですね。パッケージを小さくするというのは考えているんですか?

古友 表面積が減ってしまうと、宇宙での熱交換は空気がないので自然対流が起こらないんです。なので、赤外で熱交換するしかなくなってしまうのと、今はコストの問題でソーラーセルを貼っていないんですけど、宇宙で電力を得るために太陽電池を貼ります。その貼る最低の面積がこれくらいは必要なので、表面積はそのままに軽くしなければならないんです。

enmono これは3次元プリンターで作ったんですか?

古友 そうですね。ULTEM(ポリエーテルイミド樹脂の製品)という材質でできていて。

enmono 軽いやつですか。

古友 そんなに軽くは……比重でいうと1.2とかそんなもんです。3Dプリンターでよく見るのはABSなんですけど、ABSで3Dプリンティングすると耐熱温度が70~80度くらいまでしか保たないんです。で、僕たちが降りるところってマイナス50度くらいから最高温で100度弱くらいになるんですね。それがこのULTEMという素材ですと230~250度くらいまで耐えられるんです。

enmono その3次元プリンターを持っているんですか?

古友 これもですね。埼玉県のRDSさんで作っていただきました。

enmono いろいろ持ってるんですね、そのRDSさんは試作屋さんなんですか?

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古友 製品も作ってると思います。ドライのフルカーボンの松葉杖を作っていたり、義足の軽い高性能なのを作っていたり。

enmono ドライカーボンのいろんな技術をお持ちということですね。

古友 加工機も持っていて、金属加工もお願いするとやってもらえたりします。

enmono それはボランティアではなく有料でやってらっしゃるんですよね。

古友 パートナーシップということで。

enmono スポンサーみたいな感じですか。それはすごい。じゃあ、どんどん目立って宣伝しないと。RDSさんですね(埼玉県大里郡寄居町。)。

●図面は言葉と同じ

enmono 放送前にいろいろ伺った古友さんのご経歴が面白かったのでその辺もちょっと。楽しい学生時代を送られたみたいですね。

古友 はい。

enmono そこから卒業して自動車を作るような道に行ったようですが、割と職を転々としていたんですか?

古友 3社か4社くらいだと思うんですけど、まず最初に設計で関わったのは生産技術とか。生産設備を作っていたんですね。最初、家電の設備を作っていて、その次に自動車の設備を作っていて。その後に車両の製品設計・開発をやって、宇宙に行って、宇宙と車を足したらローバーができるんじゃなかろうかと思って今に至ります。

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enmono じゃあ原点はモノづくりに関わっているということですかね。

古友 はい、そうですね。

enmono 作るのが楽しいとかそんな感じなんですか?

古友 そうですね。閃いたものを形にできた時はすごいワクワクするし、「やったった!」っていう感じが非常に興奮するなと思っていて。

enmono 誰かに「これやれ」って言われてやる請負仕事の場合はいかがですか?

古友 スペック・要求仕様は決まってしまうんですけど、その中で設計解を導くっていうのはエンジニアそれぞれにいろんな解の出し方があると思うので、その時の工程・コスト・リソースといった制限がある中で最大のアウトプットを出す作り込みができると、それはそれでまた楽しみがあるかなと思いながらやっています。

enmono それを現物として加工して組み立てていくと、なかなかできないこともあって。こういう設計でやりたいけどできないとか。そのあたりで大変な面もあったんじゃないですか?

古友 昔は結構ありましたね。日本って加工屋にすごい優秀な方たちが多くて、「作っちゃう」人がいるんですよね。

enmono 「できちゃった」(笑)。「えぇ~どうやって!?」っていう。

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古友 「できちゃった」という(笑)。あとは「こうやった方がいいよ」っていうアドバイスをくれるんですよね。フィードバックくれるし、製造コンサルをしてくれるんです。

enmono それは日本の特色ですかね。

古友 と思います。海外のモノづくりはコストが安いということで何回か検討したことがあるんですけど、「3次元CADがあって、5軸の加工機があって、3Dプリンターがあったら僕たちは何でも作れます」みたいな。

enmono あははは!(笑)

古友 「いやいや違うから!」って(笑)。「そこじゃないんだよ?」っていう。

enmono 真に受ける人もいるかもしれませんね。古友さんは「そこは違うだろ」って言えるバックボーンがあったということですね。

古友 それは加工屋さんに色々怒られたり、図面を100枚くらい破かれたり、勉強させていただいてその感覚がわかるようになったというか、本当に恵まれていました。上司・上長といった僕に設計を教えてくれた人たちが「モノを見ろ」「モノが一番偉いんだ」と言う人が多くて、現場にもたくさん連れて行かれたんです。旋盤とか小さいフライスだったら自分で使えたことがあって、悩んだ時に相談して色々アドバイスをいただいて。図面って言葉と同じなんですね。「僕はこうしたいんです」というのをあの中に書く。で、それを理解してもらって、加工屋さんなりに噛み砕いてモノにしてもらう。

enmono 古友さんって今お幾つですか?

古友 僕、来週35です。今34です。

enmono まだ若いですよね。

古友 もうアラフォーです。

enmono 今時、現場でここまでやる人はいないんじゃないですか。割とスマートな感じになってきていて。日本でもサラーッと3次元CADでとか。

古友 でも僕、後輩には結構怒鳴り散らしてましたけどね。

enmono それブラックな企業じゃないですか(笑)。

古友 いやいやいやいや(笑)。虐めたくてやっているわけじゃなくて、勘所っていうかモノづくりのポイントを外してしまうと形にはなるけど性能は出ないということがよくあるので、そこは握ってほしいなという思いがあります。

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enmono そこが身につくと後が楽だけど、そういうものは図面に反映しづらい。図面だけでやり取りできないところがあったり。

古友 できるよう努力をして、絵に一所懸命落とし込むんですけど、確かにそういう部分はあります。ただ、絶対外したくない点ってそんなに多くはなくて、2点とか3点とかせいぜいそのくらいなので、そういう時は加工屋さんに行って、「工場長~、これさぁ~」って言いながら。

enmono それって日本はすごく恵まれていますよね。設計者としては。

古友 はい。今までエンジニアとしては非常にいい環境・人に恵まれて仕事ができたなと思っています。

enmono 技術の異なる制御系とか通信系はどうなんですか? やっぱり日本がいいとか海外がいいとか。メカ屋はどうしても電気が苦手だったりするじゃないですか。

古友 ぐぁっ!(笑)

enmono 目に見えない世界がわかんないとか。

古友 そうなんです僕、目に見えないもの得意じゃないんですよ~。電気のハードウェアとかはまだマシなんですけどね……。どうなんですかね。ソフトとかは結構オフショア(委託発注)してたりするので。ただ、自分の経験の中では身近なところでしかやってないです。

enmono じゃあ、これはチーム内で全部やってる感じ。

古友 アウトソースするところはしてますね。たとえばモーターのドライバーとかは協力会社さんに開発を委託する形で手伝ってもらっています。

enmono 技術領域は多岐にわたりますもんね。

古友 広いんですよね。宇宙広いんです。環境状況も厳しいし。

●日本のモノづくりの未来

enmono お話を伺っていたら、あっという間に時間が経ってしまいました。最後に「日本のモノづくりの未来」について、古友さんのお考えを伺いたいと思います。

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古友 日本のモノづくりはすごく優秀だと思うんですね。ただ、加工の分野では高齢化が進んでしまっていて、技術継承が非常に課題だなぁと思っています。直近で丸モノ(パイプ)を作りたかったんですけど、すごい馴染みの旋盤屋さんがいたんですけど、「もう歳で目が見えないからそんなに言われても精度が出ん。ワシは引退する」と言われてしまったりですね。で、作れないな困ったなと。結構人に技術が依存してしまって。

enmono 後継する三十代、二十代がまだまだいないという。そこがヤバそう。

古友 で、海外で作った方がコスト的にメリットがあるからってちょっと前は流れちゃったりしてたと思うんですけど、最近は戻ってきてる感じがします。そういう次世代のモノづくりを育てるような場所があるといいのかなぁと感じています。

古友 「5軸の加工機とCADがあったらできます」ていうんじゃない、日本の今まで培ってきた技術をさらに。もちろん加工機は必要なんですよ。5軸の加工機はもちろん大事で、そういうものをより有効活用して技術力を広げるような、人と機械を合わせて進歩させられるようになってくれれば。

enmono もっと若い世代にモノづくりをやってもらいたいと。

古友 はい。

enmono なんでやらないんですかね。みんな。面白くないんですかね。

古友 どうなんですかね。

enmono 古友さんはやりたい側ですよね。

古友 僕やりたいですね。これ終わったら加工屋になろうかなと思うくらい。

enmono ぜひぜひ若い人、モノづくりは面白いので。こういう人と知り合うのも面白いと思うので。

古友 ぜひ。

enmono いい加工屋さんも紹介します。

古友 いい旋盤屋さんをぜひお願いします。

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▶対談動画

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●【2016年11月18日追記】

以下の点を変更しました。

①ソーラーパネルを追加で搭載 より軽量で長時間の運用を実現するために、ソーラーパネルを搭載。これにより充電が可能になりました。 (バッテリーの容量を削減)  着陸地点での太陽光角度に対して最も効率よく発電するために、ボディのサイドに配置。

②360度カメラをブラッシュアップ 月面を見つめる目となるカメラは360度を撮影できるよう前後左右4ヶ所に設置しました。  また、ホイールが視野に入っているので走行状態をモニタリングする役割も持っています。

③ホイール 月面は、レゴリスと呼ばれるパウダー状の砂で覆われています。  非常に軟らかいその地面でスリップせずに、走行するホイールをさらに最適化しました。(直径とハネ 数を見直し)

④ハイブリッド通信 より遠くまで通信可能な900MHz帯と、高速通信が可能で日本国内での実験に最適な2.4GHz帯の、ハイブリッド通信システムを搭載しました。

⑤熱対策 月面の昼夜の温度差は250℃以上になります。  ローバー内部の温度を一定に保つため、ボディ外面は排熱面として銀蒸着+テフロンコートを施し、熱収支をコントロールしています。

※MMS放送時以降ローバーの開発が進捗したので、2016年11月18日 追記しました。

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