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【小説】便利屋玩具のディアロイド #13(終)『ディアロイド』後編

【前回】

「タウラスッ! ぶっ飛ばせッ!」
「おうよ凱吾ッ!」
 牛崎が叫ぶと、バイスタウラスは咆哮と共にブレイティスに突撃する。
 ブレイティスは対の剣でこれを受け流そうとするが、「そこだ!」と牛崎が命じると、タウラスは足を止め、頭の角でブレイティスを殴打する。
「ぐぬぅっ」
 ギィ、とブレイティスの剣が鳴る。
 流すはずの威力は彼の想定よりも重く、腕を伝ってブレイティスの体勢を崩した。
「チャンスにスラッシュ! タウラス、グッドだぜ!」
 タイミングを合わせ飛来した蝉麻呂が、がら空きとなったブレイティスの体に爪撃を食らわせる。無防備な体に受けた技は、ブレイティスの体力を大きく削った。
「これは、なかなか……プロテクト個体と侮っていたが、存外に悪くないではないか」
「ハッ。剣士とのバトルには慣れてんだ。受け流そうとしてくんなら、無理なくらい強ェ力でぶっ潰しゃ良いってなァ!」
「ボイドにだって、次はこれで勝つんだからなッ!」
 胸を張って答える牛崎とタウラスに、ブレイティスは「そうか」と笑う。
「ボイドも、こうした好敵手と刃を交えて来たのだな」
「兄貴が強いのは、ノープロだからじゃないってことだな! だからブレイティス!」
「うむ、戻らんよ? 確かに"表"にも良き戦士が居るとは分かったが」
 こちらの方が居心地が良いのでな、とブレイティスは蝉麻呂に答える。
 蝉麻呂はブレイティスを連れ戻したいと考えていたのだが、説得は難しいだろう。
「でもでも、ヒトに迷惑かけるのはダメなんだぜ!」
「お互い様よ。ヒトも我らに迷惑を掛ける。NOISEがあって初めて保たれる均衡もあろう」
「均衡だが金庫だが知らねぇが、難しい話はバトルの後にしろよなッ!」
「然り。問答は本来、無用だ。……彼らとてな」
 タウラスの突進を、今度はしっかりと受けて、流す。
 その最中にブレイティスは一瞬、もう一方の戦況に目を遣った。
 部屋の片端では、回転刃を震わせたニグレドと、炎熱剣を赤く染めたボイドが斬り結んでいる。

「オオオオオッ!!」

 ギャリンッ! 横薙ぎに振られた回転刃を、ボイドは剣の背で受け止めた。
 橙色の火花が衝撃と共に飛び散り、ボイドは軽く吹き飛ばされる。
 ニグレドはすかさずそこへハンドガンを撃ちこむが、ボイドは剣で熱線を受け止め、前転しながら再びニグレドとの距離を詰めた。
「ボイドッ! 以前のようにはいかないと、思い知らせてやろうッ!」
「あの手は学習済みって? そうだろうな、俺も期待してない」
 回転刃を熱し、動作不良を引き起こす。
 あの時の勝ち筋は、互いに初戦であるからこそ成立したものだ。
 二度目は無い。回転刃の動きもクラッシュへの警戒も、以前とはまるで違う。
 そうなれば、露わになるのは武装の性能さだ。凶悪に、相手を破壊する力を身に着けたニグレド。それに対し、熱剣のみで挑むボイドは分が悪い。
 但し、あの時とは違う点もいくつかある。

「どうする、ボイドッ! あの時のように、ヒトの力に頼って勝利を得るかッ!?」

 ネクサス・ブーストだ。
 あの日、ボイドにインストールされた強化プログラムは、今もその身に宿っている。
 後ろには彩斗もいる。彼らがその気になれば、いつでもその力を発揮することは出来るだろう。だが。

「使わないでしょ、ボイド」
「ああ。悪いな、彩斗」

 彩斗の言葉に、ボイドはあっさりと頷いて見せた。
 二人のやり取りに、ニグレドは一瞬呆気に取られる。明らかに優位を取れる力を、用いない。どうして?
「……キサマ、私を侮っているのか?」
「いいや? お前は強いし、使った方が安全だ。でも使わない」
「何故だ。……使えボイド! そうすれば私は、キサマらのその力を打ち破り……」
「それじゃ勝ったことにならない」
 ニグレドの言葉を遮り、ボイドはそう口にする。
 強化プログラムの力は絶大だ。ニグレドは打ち破るつもりでいるが、実際の所、それが酷く困難な道であることは本人も分かっているだろう。
 それで勝ったとして、意味がない。ボイドの言葉を、けれどニグレドは理解出来ない。
「勝利に意味が要るのか。キサマらの目的は捕らえられた同胞の救出だろうに」
「それを言うならお前も同じだ。ネクサス・ブーストが使われないなら、その方が都合が良い。でも喜ばない。……勝ちたいから。だろ?」
「……そうだ。あの日、私はキサマらの力に頼った。情けなくもヒトの手を借りる事を良しとした。その汚名を拭い去る為にも、勝つ」

 苦渋の決断だった。
 必要な判断だった。
 そう己を納得させようとしても、ニグレドの心に湧いた不快感は消えない。
 あの日、ニグレドはヒトの力を認めてしまったのだ。だとすれば、それを否定するために、ブーストを受けたボイドを打ち倒さねばならない。

「でも実際、アレはただの強化データだ。発動の条件が何であれ、きっと俺と彩斗の力の本質じゃない」
「……なに?」
「俺は、"俺と彩斗の力で"お前に勝ちたいんだ」

 だから同じだ、とボイドは繰り返す。
 ヒトの力を信じるために。ヒトの力を否定するために。
 ネクサス・ブーストには頼らない。

「納得してくれるな、ニグレド?」
「……そうか。……良いだろう。ならば後悔するなよ、ボイド。キサマの命運が今日ここで尽きたとして。それがニンゲンの無力さ故だと嘆くことになったとして!」
「後悔はさせないよ、オレが」

 彩斗が毅然と答え、指示用のスマホを握りしめる。
 そこで一度、言葉は尽きた。ダンと床を蹴り斬り掛かるボイドを、ニグレドは回転刃で迎え撃つ。一瞬弾けた火花が消える頃、一歩距離を取ったニグレドは、体をぶん回して遠心力を籠めた刃を、横薙ぎにボイドへ叩きつけんと狙う。
 ボイドは瞬間、体を横に倒し回転刃を潜り抜けると共に、重心の掛かるニグレドの右膝裏を強く蹴った。ぐらり、姿勢を崩したニグレドは、けれど無理やりに回転刃を床に接地させ、その威力を以てグンと宙に跳ぶ。
 中空に投げ出されたニグレドは、そこからハンドガンで地上のボイドを狙い撃つ。
 ボイドはジグザグに駆け回り熱弾を避けながら、自身の熱剣へとエネルギーを注ぎ込む。
(タイミングは……)
 ぐっと剣を握りしめながら、ボイドは彩斗の指示を待った。
 ニグレドが落下してゆく。その最中ではない。狙うべきは、その着地の、一瞬前。
「そこだッ!」
「オーケー、"クラッシュ・スラッシュ"!」
 剣先から延びる深紅の熱線が、刃の如く軌跡を描く。
 射撃技であったクラッシュは、ボイドの電力効率の変化に伴い、更なる技へと進化を遂げていた。炎熱は剣の一部となり、空を焼いて敵を断つ。ニグレドはその刃の煌めきに、漆黒の装甲を焼き焦がされた。
 だが、勝負は決まらない。直撃の寸前、ニグレドは自身のハンドガンを投げたのだ。
 炎熱刃はそれによって僅かに威力を損ない、ニグレドの体力を削り切ることが出来なかった。無論、追撃は出来ない。放熱時間を追えるまで、ボイドの剣の輝きは、一度消えてなくなる。仄かな余熱をセンサーで捉えながら、ボイドはそれを理解し、ニグレドの着地と同時に踏み出した。
 互いに、飛び道具は最早無い。
 刃と刃。その一撃が先に届いた方が、勝者となる。
 その状況に置いて、有利なのはやはりニグレドだ。
 重く鋭い回転刃は、その長大さも含めてボイドの剣とはレベルが異なる。
 打ち合えば負ける。故に見切る必要がある。
(どうする?)
 ボイドは思考した。学習データは揃っている。何度かの斬り合いで、ニグレドの癖も性質も、想定できる範囲ではある。
 だが、それはニグレドにとっても同じことだろう。ボイドの思考は既に把握されているはずだ。それを込みで、どう動いてくるのか。考えようとすれば、ボイドの足先は鈍ってしまう。そうではない。今この瞬間、処理能力を裂くべきは、相手の動き方ではない。

 何故なら、それは。
 有岡彩斗の役割だからだ。

「ボイドっ! ここはこれで、頼んだ!」
 言葉と共に短く送信された指示に、ボイドは内心で了解だと返す。
 切っ先が届く距離。互いの刃の向こうから、眼光がぶつかり合う。
「……破壊するッ!」
 ニグレドの選択は、横薙ぎだった。それも、低い低い位置の薙ぎ。
 回転刃はその性質上、振り下ろすよりも薙ぐ方が扱い易い。その上で、先ほどのように潜り抜けられる事を恐れたのだろう。もし防御に手を裂いたとして、壁にでも激突すればボイドの体力は無に帰す。確実性の高い、より安定した手。

 だからこそ、彩斗はそれを読んでいたのだろう。
 ニグレドが回転刃を翻したその時には、ボイドの体は小さく跳んでいたのだから。

「なッ……!?」
「"俺たち"の勝ちだ、ニグレド」

 ニグレドの刃が、ボイドに届くことは無かった。
 代わりにボイドの剣が、ニグレドの頭部を強く殴打する。
 かきゃん、という高い音は、金属製の背面でなく、プラスチック製の表面が命中したことを、瞬時にニグレドへと伝えて。
 体力が、尽きた。同時にゲームセットの音が彩斗と牛崎のスマホから響く。
 ボイドと同じ頃、タウラスと蝉麻呂も勝利していたのだろう。
 着地と同時に振り返ったボイドに、ニグレドもまた顔を向け、視線を向ける。

「……ああ。"お前たち"の勝ちだ」

 けれど、とニグレドは続けた。
「気に入らない。私はやはり、お前たちが嫌いだ」
「ああ。それで良い。でも俺は違う」

 俺は人間が好きだ。
 ボイドが言うと、「理解出来ん」とニグレドは苦笑する。
 それからニグレドが機能を停止する前に、ブレイティスの声が響いた。
 回収しろ。その言葉と共に、窓の外から数本の糸が飛んできて、ニグレドとブレイティス……そして、破壊された改造機たちが外へと消えていく。

「さらばだ、オリジン。……亡骸だけは戴いて行く。あとは好きにしろ」

 そう言い残して、すぐに機能を停止したのだろう。
 言葉を返す間もなく、辺りは静寂に包まれて。

「……じゃ、連れ帰るか」

 ややあってから、ボイドは本来の目的に戻るのだった。

 *

「ミキヒト~!」
「グロルン! やった、帰ってきてくれたんだ!」

 夕刻。公園で再会を喜ぶ男児と馬型ディアロイドの姿に、ボイドはほっと一安心する。
 あの後、グロルンと名付けられた彼を回収し、牛崎のバイクで彩斗と共に戻った。
 今度ちゃんとバトルしろよ、という牛崎に頷いて、ボイドは彩斗と共に男児たちが落ち着くのを待つ。
「……あの。ありがとう、ボイド! グロルンを見つけてくれて!」
「言ったろ、必ず見つけ出すって。それより報酬」
「うん! お小遣い一か月分……貰って!」
「えっ。あー、渡すのはオレじゃなくてボイドだろ」
 男児に報酬金を差し出され、彩斗は戸惑いながら訂正した。
 すると男児は困惑した顔で「違うんだ?」と首を傾げた。
「てっきり、お兄ちゃんがボイドの持ち主なんだと思ったから……」
「違うよ。オレはボイドの持ち主じゃない」
「じゃあ、友達? 頼りになる友達がいるって、ボイド言ってたもんね!」
 そう言って、男児は報酬をボイドに手渡す。
「……頼りになる? オレ」
 彼らが公園から去るのを見届けてから、彩斗はボイドにそう問うた。
 意地の悪い問い方に苦笑しながらも、「実際助かった」とボイドは返す。

「報酬の割り振りは、どうする? 半分でいいか?」
「いや、今回はいいや。代わりに今度オレの用事手伝ってよ」
「面倒ごとじゃなければな」
「どうだろ。めちゃくちゃ面倒な用事になるかもよ?」
「だとしたら考え物だな。その場その場で清算出来る方が有難い」
「金銭が一番楽だもんな、そういうの」

 ボイドの言い様に苦笑して、「さてと」と彩斗は体を伸ばす。
 帰るのかと問われ、「母さん心配させちゃうし」と彼は答えた。
 事件の後はこっぴどく叱られて、今は帰りが遅くならないように気を付けているらしい。
 仕方のない事だとボイドは頷いて、「気を付けて帰れよ」と彼を見送る。

「あ、そうだボイド」

 話している間に、日は沈みかけていた。
 声を掛けられて見上げると、彩斗の後ろには星空が広がっている。

「オレさ、いつか……自分のディアロイド、迎えようかなって思うんだ」

 今すぐにじゃないけど、と言い辛そうに口にする彼に、ボイドは驚いた。
 勇人の事もあり、ディアロイドと距離が出来ていた彩斗が、まさか。
 同時に、ボイドの胸に複雑な感情が湧き上がる。

「……。そうしたらさ。ボイド、そいつとも友達になってくれる?」
「もちろんだ。……遊び相手でもバトルの相手でも、いくらでも付き合ってやる」

 楽しみにしてるぞ、とボイドが告げると、彩斗はほっとしたように微笑む。
 その顔に、ボイドは一抹の寂しさを覚えると同時に、自分が安心したのだと気が付いた。
 きっと彩斗は、これからそのディアロイドと楽しく幸せに過ごしてくれることだろう。
 自分と悠間が過ごしたような、暖かな時間を。
 そこまで考えて、ボイドはふっと、今日までの事を想い返す。
 最初はいけ好かない子どもだと思っていた彩斗に出会い、彼の抱えているものを知り、共に戦うと決意して。
 その日々を、こんな言葉で表現してしまっても良いものか、とボイドは困惑したけれど、結局それが一番正しいのだと思って、伝えることにする。

「彩斗。……お前といられて、楽しかった」

 そう。きっとなんだかんだと言って、楽しかったのだ。
 どれだけ危険で重要な戦いであったとして。背中を預けられる友達と共に、何かを成し遂げる。悠間を失って以来、これほど楽しい日々があっただろうか。
 ボイドの言葉を聞いた彩斗は、一瞬キョトンとした顔をして、笑いながら答えた。

「何言ってんの。これからもだろ?」

 有岡彩斗は、ボイドの持ち主ではない。
 友達だ。だからこそ、当たり前に彩斗は言う。

「また今度、遊ぼうな」

 彩斗の言葉に、ボイドは頷く。
 ボイドの生き方は、それまでと大きく変わらない。
 一人で生き、誰かを助け、報酬を得て動く。
 けれど今のボイドには、かつてと違う点が一つ。
 今のボイドは、きっと……

(見つけたよ、悠間)

 自分の幸せを、手に入れていた。


【終わり】

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