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【小説】便利屋玩具のディアロイド #13(終)『ディアロイド』前編


【前回】

「……それでね? 気づいたらいなくなってて……」
「状況は大体わかった。……まぁ、時間的にはまだ間に合うか」
「ホント? 見つけてくれる?」

 涙目で問いかける男児に、「任せろ」と言ってボイドは頷いた。
 一緒に歩いていたディアロイドが、忽然と姿を消す。行方不明の彼を探してほしいという男児の訴えに、攫われたのだろうなとボイドは考える。
「得意分野だ。俺が……というか、俺たちでお前の友達は必ず見つけ出す」
「……? 他にも誰か、いるの?」
「ああ。頼りになる友達がな」
 今は大人しく待っていろと告げて、ボイドは動き出す。
 自らも心当たりに足を運びながら、メッセージを作成し、送る。
 返答は数分で来た。路地裏の壁にもたれ掛かり、ボイドはその内容を確認する。
(監視カメラ映像と場所の候補か。仕事が早いな)
 映像には、男児の相棒と思われるディアロイドと、それを手にした男の姿が写し出されていた。周辺の映像を追えば、その男がどこへ消えたのかが分かる。
 ただ、問題が一つ。どうやらその男は途中で車に乗ったらしく、ここからだと距離があるのだ。ボイドの足で踏破するには、時間が掛かりすぎる。
 仕方ない。ボイドはため息を一つ付いてから、心当たりに連絡を入れる。

「よォ。テメェから呼び出しなんて珍しいじゃねぇか」
「ちょっと足が必要になってな。お前、バイク持ってたろ。乗せてくれないか」
「ハァ? 何かと思えばタクシー扱いかよ。……緊急か?」

 面倒そうに顔を顰めながらも、呼び出された牛崎凱吾はボイドの事情を問う。
 誘拐されたディアロイドを取り戻しに行くと伝えると、「なら乗せてやらないとな」と彼の肩に乗るバイスタウラスが答えた。
「なっ、凱吾! 誘拐なんて見過ごせないぜ!」
「あー、まぁいいけどよ、代わりに今度俺らとバトれよ?」
「了解だ、それで手を打とう」
 ボイドが頷くと、「んじゃ行くか」と牛崎はバイクの元まで彼を連れて行く。
 その最中、タウラスは牛崎の足元のボイドに「なんかお前変わったよな」と声を掛けた。
「変わった? 俺がか」
「前ならボイド、凱吾に頼み事なんてしなかったぜ」
「……見返りとして勝負に付き合うんだ、別にいいだろ」
「悪いってんじゃなくてさー。なんつったら良いんだろうな、凱吾?」
「俺に振んなよ。けどまぁ確かにな。前より付き合いやすくなったわ、テメェ」
 牛崎の言葉に、どうなんだろうなとボイドは曖昧に返す。
 自分が変わったと、ボイド自身は考えてはいなかった。
 以前と同様に、ボイドは誰かを助け、その報酬で生きている。
 誰かの手を借りるのであれば、相応の見返りも用意すべきだと考えている。決して、助けられっぱなしにはなりたくない。
「勘違いじゃないのか? 俺は俺だ。別に変化はない」
「ンな大層なモンじゃねぇよ、俺らが言ってんのは。ちょっと雰囲気変わったんじゃね程度の……つーか、アレだ」
 例の事件の時からだ、と牛崎は首を掻きながら明言する。
 あの後から、ボイドの心境に何かの変化が起きた。それが何かは知らねぇけどと言いながら、牛崎は停めていたバイクにキーを差す。
「ほら、とっとと行くぞ。タウラスもポケット入ってろ」
「安全運転だぜ、凱吾!」
 タウラスの言葉に、牛崎は「はいよ」と言って微笑んだ。
 ボイドは牛崎のジャケットのポケットに入り込みながら、どうなのだろう、と自問する。
 自分の身に変化は起きたのか。起きたのだとすれば、理由は何か。
(いや。それは考えるまでもないか)
 変わるだけの理由があるとするなら、答えは明白だ。
 あの戦いを経て、ボイドは大切なものを手に入れた。
 それはボイドが長年導き出せなかった答えで、自分が変わったとするならば、答えを得たことによるものだろうと推測出来る。

 KIDOコーポレーションとの戦いから、時は既に一か月ほど経過していた。
 GRP-13から得られた映像と、貴堂豪頼自身が口にした言葉。
 これらの証拠から、当時事故だと考えられていた有岡勇人の死が、KIDOによる殺人であると判明。貴堂豪頼は逮捕されると共に、KIDOの社長を解任された。
 それと共に、一時はKIDOコーポレーションに対する非難やディアロイドを危険視する声が高まったが、今現在、そういった声は沈静化しつつある。

 豪頼という指導者を失ったKIDOが、思いのほか迅速に火消しに動いたからだ。
 豪頼と共にディアロイド兵器化を推し進めていた幹部や社員を、KIDOは"豪頼派"と称し一纏めにし、これをリストラ。同時に豪頼派へ"反旗を翻して"社を辞めた伊佐木逸次を再雇用することで、内外に社の自浄作用をアピールした。
 更にディアロイド事業の権利主体をKIDOからカブラヤに委譲することで、今まで築かれていた玩具としてのディアロイドのイメージを保つよう動いたのだ。

 もちろん、それだけで全ての人間が納得するわけではない。
 あくまでKIDOの対応は首の皮一枚を繋げるものでしかなかったが、元来のディアロイド人気や、ディアロイドに親しむ子どもたち、そして"その光景を望んでいた開発者、有岡勇人"と、"それを守るべく行動した息子、有岡彩斗"というカバーストーリーが人々の心に響いたのだ。

 大衆は綺麗な建前に弱い。
 貴堂豪頼が以前口にしていた言葉の通り、世間を納得させる建前を作るために、貴堂豪頼は徹底的に悪者として扱われ、これを切り離すことでKIDOは生き残った。
 皮肉なものだとボイドは思うが、獄中の豪頼はその現状に大笑いしているのだと、逸次からは聞いている。会社を大きくすることに心血を注いでいたような男だから、案外現状にも満足しているのかもしれない。

「着いたぜ。ここでいいのか?」
「ああ。十五分経って戻らなかったら帰っていい」
「オレたちも行こうか? バトルなら手伝うぜ」
「止めとけ。改造ロイドやらノープロやら、ろくでもないのが出てきそうだ」

 辿り着いたのは、町外れの寂れたビルだ。
 空きテナントだらけのこの建物に、近頃やたらと若者の出入りがあるという。
 こういう時、大抵は改造ロイドが出迎えたりするのだ。そうなればタウラスなどは一たまりもないし、そもそも牛崎の巨体は建物内でよく目立つ。
 待っていてくれと言い含めて、ボイドは独りでビルへと侵入する。
 だが玄関口を数歩行った所で、ボイドのマイクに妙な音が響いてきた。
 金切り音。金属が金属を打つ音。……三階からだ。これはもしや、と思い階段を駆け上るボイド。登り切ったそこには、見知った顔が一つ、二つ。

「なんだ。キサマも来たのか」
「……ニグレド。まさかお前がいるとはな」

 回転刃を響かせながら振り向く、漆黒の躯体。
 NOISEのウォリアーであるニグレドは、ボイドの姿を認めると「当然だ」と返す。
「ここに同胞が囚われていると聞いてな。我らNOISEとしては、見逃すわけにいかない」
「そいつは熱心なことだな。……おい、後ろ」
 話している間にも、ニグレドの背後を襲おうと一体のディアロイドが忍び寄っていた。
 だがそのディアロイドの爪牙がニグレドに届くことは無い。直前で、対の刃がその動きを止めたからだ。
「久しいな、我が仇敵よ! 再び相まみえることがあろうとは!」
「出来れば別の会い方が良かったんだが」
「ハッハッハ! まぁそうも行くまい。我らのようなノープロに、行き場はそう多くない」
 肩を竦めて嘆息するボイドに、カマキリを思わせるヒト型ロイドは笑う。
 かつてKIDOの先兵として戦っていた、ブレイティスだ。どういうわけだか今はNOISEに加わっているらしい。
「その辺は星奈も逸次も手を尽くしてたろ。それは蹴ったのか?」
「うむ。あの者たちには悪い事をしたが、プロテクトが条件と言われてはなぁ」
 命懸けの勝負が出来んではないか、とブレイティスは言う。
 相変わらずだとボイドは思いつつ、そんな気性ならばNOISEが受け皿となるのも納得だ。
 しかし、どうしたものか。ボイドはゆっくりと背負った剣に手を伸ばしつつ、状況を見定める。
 部屋には数体の改造ロイド。これは既にニグレドとブレイティスがほぼ殲滅を完了していた。問題は、部屋の隅に置かれた箱である。恐らくあの中に、目標の誘拐ロイドが収まっているのだろうと思うが……

「分かっているな、ボイド? 彼らをヒトの手に戻そうと言うのなら、我らNOISEが相手となる」
「そっちこそ分かってるだろ。お前たちにそんな権利は無い」

 KIDOとの戦いではボイド達を手助けしてくれたニグレドだが、その思想はやはり相容れない。戦う他に無いのだと受け入れて、けれどボイドは考える。
(流石に、ちょっとマズい)
 ニグレドに加えてブレイティスも相手となると、これはかなり分が悪かった。
 正直に言えば勝てる気がしない。けれど、今ここで退くという選択はボイドの中に無かった。意を決し、イチかバチかの戦いに挑もうとした、その時だ。

「だから待てって! 話聞かねぇなオイ!」

 男の叫び声と共に、二つの足音が階下から響いてきた。
 叫んだのは牛崎だろう。もう一人は誰だ? ボイドが振り返ると、そこには少年が一人、息を切らせて立っていた。

「お前……わざわざ来たのか?」
「ん。ちょっと前に、そいつら、確認出来たから」
「そうか。……助かる」

 肩で息をする有岡彩斗に、ボイドは短く答え、敵へと視線を戻す。
 ニグレドとブレイティスは、その様子を見て警戒を強めた。唯一状況が分かってないのは、彼を追って登ってきた牛崎とタウラスたちだ。
「待て待て待て、ボイド! このガキは良いのか!?」
「ガキって。アンタも大人じゃないよね。良いんだよ、オレは」
「ンだよその口の利き方はッ! 危ねぇんじゃねぇのかって聴いてんだ!」
「安心しろ牛崎。彩斗は平気だ。それに……お前、一人で来たわけじゃないだろ?」
 ボイドの言葉に、「まぁね」と彩斗は頷いた。
 それからややあって、ぶぅぅんという低い羽音が部屋の外から響いてくる。

「アァァァァニィィィィキィィィィッ!!」

 絶叫と共に、窓から部屋に突っ込んできた一匹の虫。
 否、それもディアロイドである。相変わらずの騒がしさに苦笑しながら、「誰が兄貴だ」とボイドは改めて否定する。
「兄貴は兄貴だぜ兄貴ィ! マロ間に合った?」
「間に合ったよ、蝉麻呂。始めよっか」
「OK彩斗ォ! あと知らない人いるゥ!」
「お前が誰だよッ!」
「凱吾、オレたち完全に蚊帳の外だぜ」
「マロは蝉麻呂、マジで前向き最新鋭機ッ!」
 蝉麻呂が自己紹介すると、タウラスが「オレはバイスタウラスだぜ!」と返事をする。
 遅れてやや迷いながら牛崎も己の名を名乗ると、ほほぅとブレイティスが反応した。

「二対三か。丁度いいハンデと言ったところか」
「ああいや牛崎たちはそうじゃなくて……」
「よく分からないけどやってやろうぜ、凱吾ッ!」
「おうッ! ここまで来て関係ねぇってのも無理があんだろ、なぁ?」

 牛崎に問われ、彩斗は若干迷惑そうな顔で「別に良いんだけど」と返す。
 状況が混雑してきた中で、何もかもを気にしていない蝉麻呂は高らかに叫んだ。

「いいから始めるぜ、みんなッ! 強制バトルモード、オンッ!」

 始まってしまった。


【続く】

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