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【小説】ブルーム・フェザー #2

#1

「それで……どうしよっか」

 部室を出て、わたしは明石と呼ばれていた女の子に訊ねた。
 彼女は赤いブルームフェザーを頭に乗せて、指をつつき合わせながらもじもじしている。
 緊張、してるみたい。あんまり人と話すのが得意じゃないのかな。
「……あの、ごめんなさい」
 どうしようかなぁと思っていると、彼女は唐突に謝ってきた。
 何のこと、と聞き返すと、明石さんは蚊の鳴くような声で「部長が……」と続ける。
「その、やりたくないなら、無理にやらなくても……」
「ああ。……大丈夫。勝負はやるよ。多分、やるべきなんだと思う」
 チコはわたしの周りを羽ばたいていた。
 明石さんのブルームフェザーが気になるみたいで、ちらちらと視線を向けている。
「えっと……明石さん、でいいんだよね。一年生でしょ?」
「あっ、はい。B組の……明石アカリ、です。この子は、パンジー」
『ちゅんっ』
 名前を呼ばれ、パンジーというブルームフェザーは短く鳴いた。
 それを聞き、チコが返事をするように『ピィピィ』と鳴き返す。
 まるで仲良く喋ってるみたいだ。持ち主同士にはまだ距離があるけど。
「……部長さんは、チコを大事にしてくれると思う?」
「それは、はい。白城部長、フェザーを大切にする人ですし」
 でも、と明石さんは目を伏せる。
 部長がチコを引き受けるのは、わたしが勝負に勝ったらの話。
「申し訳ないんですけど、部長に勝つのは……無理、だと思います」
「どうして?」
「部長、強いんですよ! フェザーの扱いが華麗で巧みで……あんなに綺麗にフェザーを動かせる人、うちは他に知らなくて……」
「……へぇ」
 答える明石さんの目は、ほんのちょっとだけ輝いて見えた。
 多分、部長の事を本気で尊敬しているんだろう。
 でもわたしは、フェザーデュエルがどういう競技なのか詳しくない。
「とりあえず、いろいろ教えてもらってもいい?」
「はい。ええと、それじゃあ何から話せばいいかな……蒼崎さんは、ブルームフェザーの知識はどのくらい……?」
「何も。鳥の形をしてて、人気があって、少し人のいう事を聞く、ってくらい?」
「少し!? いえ、ブルームフェザーの認識能力は凄いんですよ!」
「えっ」
 わたしの返答を聞いて、突然明石さんは大きな声を出した。
 これは……変な事を言っちゃったか?
「理解力がこのサイズのマシンにしてはずば抜けていて。スマートフォン内蔵の対話AIにも負けてないっていうか、それ以上なんですよ。それはどういう所がかっていうと、個人の識別や空間の把握能力に長けている所なんですよね。名前を呼んで答えるだけなら単純な音声認識で可能なんですけど、ブルームフェザーの場合は発言者を顔や声質で認識できていて、それから単純な動作が意味する内容を理解する能力も」
「待って、明石さん、待って」
 急にグワッと来たなこの子!?
 わたしが戸惑って言葉を止めると、明石さんはハッとして固まった。
「ごっ、ごめんなさい、ウザいですよね……」
「いや、いいんだけど。聞いたのはこっちだし。でもごめん」
 理解はできない。その熱量をわたしは受け止められない。
 少し落ち着いてね、と話すと、明石さんは申し訳なさそうに肩を落とす。
「すみません……うちなんかに教わるより、他の人に聞いた方が……」
「うーん、そうは思わないけど……」
 明石さんがブルームフェザーに詳しそうだ、っていうのは今ので分かった。
 ただ、わたしは別にブルームフェザーの事を知りたいわけではないんだよね。
「今は、フェザーデュエルの事だけ知りたいんだ」
 白城さんに勝って、チコを引き取ってもらう為に。
 そう伝えると、明石さんは「分かりました」と頷いて、屋上に行きましょう、とわたしを誘う。

「どうして屋上に?」
「広いスペースが必要で。『止まり木』の練習も屋上でやる事が多いんです」

 屋上に出ると、明石さんは頭の上のパンジーに声を掛け、空に飛ばす。
 そしてカバンから、薄手の手袋のようなものを取り出した。
 なにそれ、と尋ねると、「補助グローブです」と明石さんは答える。
「これを着けると、手や指の動きをブルームフェザーに伝えられるんですよ」
「動きを伝える……?」
「たとえばほら、こんな風に」

 彼女は右手にグローブを装着すると、手を指先までぴんと広げ、前に伸ばした。
 と、空を飛んでいたパンジーは、明石さんの動きに合わせ、素早く真正面へ飛んでいく。
 それから明石さんは、手を下へ向け、ゆっくり降ろす。パンジーは速度を緩め、同じような速度でゆっくりと下降を始めた。

「……明石さんの手と、同じ動き?」
「はい。グローブの動きはブルームフェザーに送信されていて、ブルームフェザーはそれに合わせて飛び方を変えるんです。……パンジー、回って!」
 明石さんはパンジーに呼びかけながら、指先をぎゅっと細く、クチバシみたいな形にして、ぐん。前に突くような動作をする。
 パンジーはその指示に合わせ、クチバシを前に向けながら回転、直進。
「こうやって、グローブと声でブルームフェザーに指示を出して、戦うんです」
「今のは、攻撃?」
「スピンスピア、って呼ばれてる技です。こういう技をぶつけ合って、設定された体力をゼロにするか、相手を地面に落とせば勝ちなんですよ」
「ふぅん……」
 分かるような、分からないような。
 いまいちピンと来てないわたしの様子を察したのか、明石さんは「やってみた方が早いかもしれないですね」と提案する。
「でもわたし、グローブ持ってないよ?」
「予備なら持ってますよ」
「あるんだ。借りてもいいの……?」
「はい。あっ、あんまり使ってないので、手汗とかも吸ってないです。キレイです」
 明石さんは必死に訴えるように言いつつ、カバンから予備の手袋を取り出す。
 ありがとう、と受け取りながら、わたしはそんな明石さんの態度が気になった。
「そんなにかしこまらなくって大丈夫だよ。学年同じなんだし」
「えっ、あっ、その……すみません」
 うぅん、また謝らせてしまった……
 明石さんの距離感が、わたしにはまだ掴めない。
 上手く接せてないような気がしながらも、わたしは明石さんの指示に従ってグローブを身に着ける。サイズは少し小さいけど、問題ない。
「それじゃ、指先にチコちゃんを呼んでください」
「ん。えーっと、チコ~」
『ピィッ!』
 人差し指を伸ばしながら名前を呼ぶと、チコがわたしの指に降り立った。
 すると、チコの脚の爪がチカチカと細かく光を放つ。
 手袋に内蔵された機械と通信している、らしい。これでブルームフェザーは自分に指示するグローブを覚えるから、他のグローブに惑わされることはないそうだ。

「よし、じゃあ……」
 練習として、わたしはカンタンな動作をチコに指示する。
 指を真っ直ぐ前に伸ばせば、直進。
『ピュイッ!』
 手首を曲げて、上に向ければ上昇。
『ピュゥー!』
 指を下に向け、グッと降ろせば下降。
『ピィッ!』
 腕を横に振れば、その方向にカーブして。
『ピィィ~!』
 指先を一点にまとめれば、クチバシの動きも指示できる。
『ピッ!』

 なるほど、これは思ってたより分かりやすい……かも。
 初めてのわたしでも、チコに思ってた通りの動作を伝える事が出来た。
(お母さん、こんなの作ってたんだ)
 白い雲の下を飛ぶ、青い翼のチコ。
 その姿を見て、わたしは不意にそんな事を考える。
 広い空を飛びまわるチコの姿は、本物の鳥みたいで、どこかカッコよくも見えて……
(……違う。そんなの関係ない)
 すごい、と思いかけた自分を否定する。
 確かにこれはすごい商品かもしれない。でも、これを作ってたからお母さんは家に帰って来なかったんだ。……ブルームフェザーが、いたから。

「……。蒼崎さん、聞いてもいいですか?」

 考え事に気を取られていると、チコを見ていた明石さんが質問を投げかけてきた。
「この子……一体、誰から貰ったブルームフェザーなんです?」
「え。その、親戚……」
「じゃあその人って、もしかして『ネスト』の人だったり……?」
「うぇっ!? なんでそう思うの!?」
『ネスト・コーポレーション』。それはブルームフェザーを開発、販売している会社の名前で……つまりは、お母さんの職場だった場所。
 でも、その辺の事情を、わたしはフェザー部の人に話してない。
「チコちゃんの動きです。多分、モーターの位置や姿勢制御の癖が、市販品とちょっと違うんですよね……基本動作の範囲が違うというか、何というか……」
「……。全部同じじゃない?」
 明石さんの言ってることは、わたしには分からなかった。
 チコの動きって、他と違うの? わたしの目には、どれも同じに見える。
「いや、微妙な差なんですけどね? そもそも基本の外格からして規制パーツとは違うみたいなので、改造品かなと最初は思ったんですけど……」
「チコと同じものは売ってないってこと?」
「はい。市販の型ではないですね。……あぁ、だから部長は……ワンオフ機ならなおさらカンタンには……でもだからって……」
「あれ、明石さん? おーい?」
「条件が……無理に決まってるのに、どうしてあんなこと……しかもうちに……」
「明石さーん? 聞こえてない? 明石さん?」
「うちに出来ることなんて……って、あっ! ごめんなさいっ!」
 顔の前で手をひらひらさせると、明石さんはようやくわたしに気づいてくれた。
 慌てた様子の明石さんは、だけどみるみる内に青ざめていって、一歩二歩とわたしから距離を取っていく。
「あの……すみません、気持ち悪かったですか……」
「……? なにが?」
「いつもそうで……気になっちゃうと喋り散らかしちゃって、ウザいとかよく言われてたので、その、もし気分を害したのなら……」
「いや、全然? そりゃびっくりはしたけど……」
 明石さんの言葉に「ああ」とわたしは納得した。
 もしかして明石さん、それをずっと気にしてたのかな。
「……何かに夢中になることは、悪い事じゃないと思うよ」
 白城先輩が明石さんをサポートにと言った理由が、よく分かる。
 この子の知識量はかなりのものだ。それに多分、観察眼も。
 少し動かしただけで、チコの動きが普通と違うんだって見抜いたんだ。わたしにはどれも全く同じにしか見えないのに。
 それはきっと、彼女がブルームフェザーに掛けてきた情熱の表れだ。
 その情熱を、わたしは悪いものだと思えない。

「……お母さんも、喜ぶと思うし」

 自分が開発した商品を、こんなにも愛してくれる人がいるって知ったなら。
 あの人はきっと、すごく喜ぶ。
「お母さん、って……? あれ、蒼崎さん……『蒼崎』……?」
「えっ。……あっ」
 やば、言っちゃった。
 思わずつぶやいた一言で、明石さんの中で全てが繋がってしまったらしい。

「蒼崎さんって、あの『蒼崎フウカ』さんの娘さんなんですか!?」
「ああ~……」

 バレた……。ここから誤魔化すのは、多分ムリ。
 お母さんの名前は、ブルームフェザーの開発者として公に発表されている。
 わたしも同じ『蒼崎』で、加えて市販品じゃないらしいチコの存在。
 言い逃れは、まず出来ない。ただ有難かったのは、明石さんが蒼崎フウカが既に亡くなっている、と知っていたらしいことで……
「ごめんなさい、話したくないことでしたか……?」
「まぁ、うん。でもバレたなら仕方ないかな」
 質問攻めされなかったことに安堵しつつ、わたしは事情を説明することにした。
 確かにわたしは開発者・蒼崎フウカの娘で。
 その蒼崎フウカは、開発に没頭するあまり、わたしのお母さんはしてくれなくて。
 病気で死んでしまってから、十か月。
 ブルームフェザーの事を無視しようと決めていた所にやってきたのが、このチコである……という、今日ここに至るまでの経緯を。

「わたしはきっと、明石さんみたくブルームフェザーを好きにはなれないから……どうしても、チコを誰かに引き取ってもらいたいんだよね」
「……そう、でしたか」

 わたしの話を聞いた明石さんは、うつむいて考え込んだ。
 納得、してくれるだろうか。それともわたしを説得しようとするだろうか。
 もし明石さんが「お母さんの想い」みたいなものを持ち出してわたしの行動を止めようとしたのなら、わたしはきっと明石さんと仲良くはなれない。
 フェザーデュエルのルールは分かったんだ。独学で一週間練習するしかないだろう。
 しばらく沈黙が続き、やがて明石さんは顔を上げる。
 どうなるかな、とわたしの心臓は緊張で縮み上がった。

「じゃあ……部長との勝負、頑張りましょう」
「ん。……良かった、止められるかと」
「蒼崎さんの気持ちは、うちには分からないですし……」

 ほっと息を吐くわたしに、明石さんはそう答えた。
 だけど、と明石さんは繰り返す。部長に勝つのは無理だろう、と。
「ハンデがあったって、部長の方が絶対強いですし、勝てるとは思えないんです」
 多分部長は、わたしに諦めさせる為に勝負を申し出たのだろう、と明石さんは話した。
 それはそうかもしれない。……でも、じゃあ普通に断ればいい話ではないだろうか。
「それでも、やるんですよね? 無理でも、挑戦するんですよね?」
「するよ。っていうか、無理かどうかはやってみないと分かんないじゃん」
 あの時は挑発に乗る形で勝負を受けちゃったけど、グローブの操作を体感してみて、改めて思う。チコへの指示は簡単だ。白城先輩が強いのが本当だとして、可能性が無いとは思えない。
「なら、うちも全力でサポートします。でも、その……本当に、ウザくないですよね?」
「だから、それは平気だって」
 どうしてもそこを心配してしまう明石さんに、わたしは苦笑した。
 わたしの返事に明石さんはようやく安心したみたいで、にへらっと可愛らしい笑顔を、はじめて見せてくれる。
「良かったです。……それじゃあ、練習試合してみましょうか」
「いきなり!? でもうん、時間あんまないもんね。やろう!」
 お互いにグローブを嵌めなおし、一定の距離を保って、ブルームフェザーを呼ぶ。
『ピュイッ!』
『ちゅんっ!』
 青と赤の機械鳥が、わたしたちの前でホバリングした。
 はじめての戦いに、心臓がとくんと鳴るのを感じる。
 いざ勝負。……の前に、「ああっ」と明石さんは大きな声を上げた。

「忘れてました! フェザーデュエルの前には、定番の動作があって……」

 これをしなきゃ始まらないんですよ、と強く言う彼女に、わたしは思わず笑ってしまう。
 どこか緊張していたさっきまでと違って、どうしてだか明石さんは楽しそうに見えた。
 だからだろう。そんな明石さんに釣られて、わたしも明るい気持ちになっている。

「いいですか、まずはグローブをつけた手をですね……」

 それからわたしは、彼女に勝負の仕草を教わった。
 直接戦いには関係ないんだけど、慣習として広まっているらしい。
 不思議なルールもあるんだなぁと思いつつ、わたしはその仕草を覚え、明石さんと練習を重ねていき……

 ……勝負の日は、すぐにやってきた。

【続く】


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