電光超人グリッドマン 武史とカーンデジファー様について

『電光超人グリッドマン』という作品がある。

円谷プロダクションが制作し、1993年から1994年にかけて放送された特撮ヒーロー作品だ。現在、これを原作としたアニメ作品も放送されている。

筆者は放送時はまだ生まれていなかったため、当時のこの作品の事を深くは知らない。ただウルトラマン好きとしてその名を聞く機会が何度かあり、2015年のウルトラマンフェスティバルライブステージ第二部『絆の鎧×信じる力!』にて、サプライズ的に登場したグリッドマンを目の当たりにし、ウルトラヒーローとは一味違う彼に強い興味を抱いた。

ただ、15年当時は視聴手段が乏しく、なかなか観る機会を持てなかったのだが。それから3年経った今、アニメ化を機にアマゾンプライムで公開され、筆者はようやくグリッドマンと出会う事が出来た。

グリッドマンは、当時としては珍しい、コンピュータをテーマとして扱ったヒーローだった。

主人公の直人、ゆか、一平ら3人の中学生が、廃品を使って組み上げた自作PC『ジャンク』。その中に、ハイパーワールドという異世界から来たエージェントがやってくる。目的は、地球を侵略しようとする魔王カーンデジファーを逮捕すること。

一方、ゆかに一方的な恋心を抱く根暗で自己中心的な歪んだ男子中学生、藤堂武史の元には、その魔王カーンデジファーがやってきていた。

カーンデジファーは地球侵略のため、武史の歪んだ心を利用。彼の怪獣CG制作能力とハッキング技術を用いて、各地のコンピュータを破壊・組み替えて様々な混乱を巻き起こしていく。

直人たち3人は、エージェントグリッドマンと力を合わせ、武史の生み出した怪獣と戦う……

円谷プロダクションの特撮ヒーローでありながら、その戦闘は現実の街ではなくコンピューターワールドと呼ばれる機械の中の異世界で行われる。そこでの戦いは基本的に人々の目には留まらず、直人たちや武史のしている事を誰も知らない。

当時としてはかなり斬新な設定で、社会インフラを狙われて街が機能不全に陥るというような現代でも通じる話がある一方、家電を媒介になんかよく分からないビームで人間を洗脳するような話も多い。そしてそのどちらも面白いのだが、特に筆者が注目して観ていたのは、魔王カーンデジファーと根暗中学生藤堂武史の関係性である。

●藤堂武史というもう一人の主人公

藤堂武史は、お金持ちの家に生まれ成績も良く、自分の部屋に最新式のコンピューターまで備えてCG制作やハッキング技術を持つ天才中学生だ。

だが、友だちは一人もいない。

親は常に家を留守にしており、たまに電話で武史の成績を確かめる程度にしか彼との交流を持たない。多額の小遣いを渡しているようだが、『金さえ渡せば僕が幸せだと思っているんだ』と武史はそれを喜んでいない。

作中で、直人たち3人は常に行動を共にし、それぞれ暖かい家庭を持って楽しそうに暮らしている。一方で武史にはそんな友達も、家族もいない。独りぼっちで孤独だ。

誰にも認めてもらえない。自分を必要と思ってくれる人がいない。そんな鬱屈を抱える武史の元に、魔王カーンデジファーは現れたのだ。

魔王カーンデジファーは、武史の才能を認め、怪獣の出来栄えを褒め、彼の考えた作戦を楽しそうに受け入れてくれる。彼が外の世界で抱えてきた不満や歪んだ正義感を笑って肯定し、その怒りを現実を混乱に陥れる力に変えてくれる。

武史が外で抱えて来る不満は様々だ。ラブレターを受け取らなかったとか、水道水がマズいとか、周りにバカにされたとか、成績が下がったとか……大抵はしょうもない、取るに足らないこと。

明らかに武史が悪い場合は、そんな武史のワガママを視聴者である我々は笑いながら観ているだろう。八つ当たりだ、逆ギレだ。けれど時としては武史の怒りに同調し、『怪獣よもっと暴れろ!』と願った視聴者も少なくないのではないだろうか?

実際、この作品の構成は武史への感情移入を拒まない。武史は、作戦によって死傷者が出ると分かれば実行をためらう程度の良心を持っているし、時としては武史が正しい事を言っている回もあるからだ。

勿論、怪獣が暴れ続ければ被害は増大し、武史は感情移入を拒む極悪人になってしまう……だが、グリッドマンはそうなる前に怪獣の前に姿を現し、死闘を繰り広げてくれる。視聴者はみんなの為に戦うグリッドマンを応援し、また次の回の序盤では怪獣を応援するのだ。

ヒーローと怪獣、どちらもほどほどに応援できるよう作られた電光超人グリッドマンにおいて、やはり武史はもう一人の主人公と言えるだろう。

●もう君はひとりじゃない

根暗でまともに他人と話せない歪んだ正義感を持つジメジメしたナメクジ野郎こと藤堂武史。

孤独だった彼の心の穴を埋めてくれたのは、魔王カーンデジファーだ。だが、武史とて始めから悪に手を貸すような人間ではなかった。

第33話『もう一人の武史』では、子どもが車に轢かれそうになっているのを見た武史が、自分には助けられないからと様々な言い訳を口にしてその場を後にしようとする。だがその時、武史そっくりの顔をした謎の少年タケオが現れ、子どもを助けていく……

タケオは武史が恋心を抱くゆか達とも仲良くなり、スポーツ万能で誰からも好かれる好青年。だが武史は自分と同じ顔をしたそいつが自分の欲しいモノを全て持っている事が許せず、怪獣を送り込み嫌がらせしようと考えるのだが……タケオなる人物の情報は、戸籍に登録されていない。

思いつめた武史はカッターナイフでタケオの殺害を試みるが、飛び出した瞬間、タケオの姿は幼い武史のものへと変貌。気付けば、武史は一人だった……

それは、武史が幼い頃になりたかった自分自身の姿なのかもしれない。ナレーションはそう語り物語を終える。伏線はしっかりと張られているのだが、いかんせん急に不思議な話を持って来られてちょっと怖かったこの回。

このお話によって、幼い頃の武史はもっと明るく素直な性格で、優しく勇気ある人間になりたいと願っていたことが明らかになる。武史の心の中には、怪獣だけでなく、ヒーローに憧れる気持ちがあったのだ……

果たして武史は今後どうなっていくのか? 興味を煽りながら、38話では、失敗を続けた武史がついにカーンデジファーに追い出されてしまう。

その理由は、成功しそうだった作戦を武史が自分で台無しにしてしまったから、だ。詳しい経緯は次の章で語るが、その際、武史はカーンデジファーにこう叫ぶ。

『僕を見捨てないで!』

孤独な武史にとって、カーンデジファーは唯一自分を認めてくれる存在だった。捨てられた武史は公園で1人泣いている所を直人たちに発見され、カーンデジファーの協力者だったことを知られる。

そして魔王カーンデジファーによる地球侵略が始まる中、武史は直人達に、カーンデジファー様だけが自分を孤独から救ってくれたこと。カーンデジファー様だけが友だちだった事を告げ、心を閉ざしただ震える。

一平は武史を叱責し、自分が何やったか分かってんのかと怒鳴りつけるが、武史は『僕だって怖かったんだ』と答える。それがただの自己正当化なのか、武史が常に抱えていた本心なのかは、判然としない。

だが武史は、低スペックなパソコンで命がけで戦う直人たちを見て。傷つきながらも自分を助けようとしてくれた一平たちを見て。遂にカーンデジファーに立ち向かう決心をする。

彼を唯一認めれくれていた存在を。孤独から救ってくれた親友のようなカーンデジファーを。彼は乗り越えていく決意を固め、破壊プログラムを作り……

『カーンデジファーは、僕の醜い心に引き寄せられた怪物なんだ。奴を倒さない限り、僕は立ち直る事が出来ない……!』

涙を流しながら、武史はカーンデジファーと決別する。

武史にとって、カーンデジファーは大切な存在であった。だが彼と一緒にいては、自分は一生そのままの人間だと、武史は気付いたのだろう。

そこにある想い出や、楽しかった時間を胸に秘め、武史は大事な友達に別れを告げ、大人になったのだ。

●カーンデジファーにとっての武史

では、カーンデジファーにとって武史とは何だったのか?

人の心の悪意に付け込む黒幕キャラと言えば、手下を傀儡くらいにしか思っていないことも多いだろう。まして相手は天才的とはいえただの人間の中学生。地球制服を企む魔王カーンデジファーにとっては、大した存在ではなかったのではないか?

そんな疑問はしかし、各話でのカーンデジファーと武史の会話を観ていれば違うと言えるはずだ。カーンデジファーは武史との作戦を本当に楽しんでいたように見えるし、時には讃えられ、時には戦友として武史とは仲良くやっていたように見える。

二人の関係性を示唆するのは、第31話『怪獣ママは大学生』での描写だ。

武史はカーンデジファーを移動させるため、フロッピーディスクに入れる。だがそのフロッピーをどこかに落してしまった。偶然にもフロッピーを拾った女子大生は、カーンデジファーに言われるまま怪獣を産み出し……というエピソードなのだが、フロッピーを読み込み女子大生のパソコンに表示されたカーンデジファーはこう言う。

『フロッピーなどに入れなくてもワシは自由に移動できる!』

カーンデジファーはコンピューターワールドを自由に移動できる。むしろ行動が制限されるフロッピーに入る事の方が危険を伴うのは明らかだ。なのにカーンデジファーは、武史の行動を事前に止める事はしなかった。武史の行動に一定の信頼を置き、自由にさせていた証拠と言えるのではないだろうか。

その回で、女子大生の言動に呆れたカーンデジファーは、武史の部屋のパソコンへと帰っていく。自分を閉じ込めた上、他人に拾われるなどという失態を犯した武史の元へ、だ。そしてカーンデジファーは、武史に女子大生の作った怪獣を改造させ、戦わせる……

たまにヘマをすることがあっても、武史という存在を心から認め、その力を買っていなければそんな行動はしないだろう。

だがそんな彼らにも破局は訪れる。最終回直前の38話で、武史が一時の怒りで自ら立てた作戦を台無しにしてしまった時、カーンデジファーは遂に武史への怒りを露わにし、武史を部屋から追い出してしまった(武史の部屋なのに)。

『また一時の怒りに我を忘れおったな、この愚か者めが!』

悲しい事に、それっきり武史とカーンデジファーの仲は戻らなかった。

だがこのカーンデジファーの態度には、度重なる失敗で愛想が尽きた……というよりも、成功しそうだった作戦を台無しにした、という事への怒りがうかがえる。逆に言えば、カーンデジファーは武史の作戦に毎回しっかりと信頼を置いていたと言えるのではないだろうか。

その後、カーンデジファーはもはや自分の力でコンピューターワールドを操る事が出来る、と自分一人で侵略を開始してしまった。……つまり、カーンデジファーはもう武史に頼る必要がなくなっていたのに、それでも失敗続きの武史を信頼していたのだ。

そしてカーンデジファーは、グリッドマンのアジトにいる武史を見て『このワシを裏切って、グリッドマンの手先に成り下がったか!』とまた怒りを露わにする。その時のカーンデジファーは、(事前に一平と直人にバカにされていたのもあって)武史の言うことに耳を貸さず、武史を攻撃してしまう。

結果として、その攻撃が武史の覚悟のキッカケとなり、武史はカーンデジファーとの決別を誓ったのだが……この時点では、まだカーンデジファーに未練があったように見える。ケンカして、お互い後に引けなくなって2人の地球侵略は崩壊してしまったのだ……

結論として、カーンデジファーにとっての武史も、ただの手駒ではない重要な存在であったと言えるのではないだろうか? 勿論、武史の言うような『友だち』と思っていたようには思えないが……単に利用し合うだけでない2人の関係性は、確かにこの作品の魅力であったのだ。

●夢のヒーロー、夢の怪獣

誰もがみなヒーローになれる。

OPの歌詞のように、武史は魔王を打ち倒すヒーローになった。

『君はもう一人じゃない』とグリッドマンは彼に告げ、ハイパーワールドへと帰還する。

直人たち3人が普通の中学生でありながらヒーローとして戦う事が出来た様に、武史も、そしてTVの前のみんなも、ヒーローになれる。

電光超人グリッドマンは、コンピューターの普及により変化していく世界に夢を与えたヒーローだった。

だが、武史の心の暗い部分を癒してくれた魔王カーンデジファーと、武史が『友だち』と呼んだ怪獣たちも……観る者にとって、一つの夢であったことに違いは無いだろう。

ヒーローになりたい。ヒーローの助けになりたい。

そして、自らが考えた怪獣に大暴れしてほしい。

電光超人グリッドマンは、観る者のそんな夢を刺激してくれた、無二のヒーローだった。

ありがとう、グリッドマン!

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