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【小説】便利屋玩具のディアロイド #11『乱戦』前編

【前回】

「作戦の最終確認をするぞ」
「手短にね。……もう、あんま時間無いし」

 路地裏の壁に寄りかかり、彩斗はスマホの画面をボイドたちに向ける。
 既に日は落ち、辺りは暗い。僅かに差し込む街灯の光と彩斗のスマホの光だけが、薄ぼんやりとボイドたち三体の姿を照らし出す。
「突入は五分後。入るのは駐車場のある裏口からだ。カメラは、俺たちで何とかする」
「向きを変えたり隠したり、だな! ハイグレードなマロのハイスピードにお任せだぜ!」
 嬉し気に飛び回るのは、境川星奈から貸与された蝉麻呂だ。
 ボイドや彩斗の力になれると聞いた彼は、全身で喜びを露わにしている。
「恐らくは敵……KIDOも、異変にはすぐ気づくだろう。警備用のディアロイドも配備されている、と聞いているからな。その時は……」
「起動するぜ、マロの新型バトルシステム! 彩斗を守り戦える!」
「ん。頼んだ、蝉麻呂。……俺は戦えないし」
「脆弱。それでよく戦場に顔を出そうと言うものだ、ニンゲン」
 彩斗の言葉に不愉快そうな声を上げたのは、漆黒の装甲を持つディアロイド。
 NOISEのウォリアー、ニグレドもこの作戦のメンバーとして加わっていた。
 彼を威嚇でもするように回転刃を鳴らすニグレドに、「仕方ないだろ」とボイドは言う。
「強化プログラムの完成には誰か一人、人の手が必要になる。で、逸次も星奈も別の役割で忙しい。……GRP-13の攻略には、彩斗の力も必要だ」
「父さんの遺したプログラムが、そのまま使えれば良かったんだけどな」

 解凍を終えたプログラムデータには、いくつかの欠けが存在していた。
 伊佐木逸次の解析により判明したその欠けを補うには、KIDOで管理されている開発中のプログラムデータが有効である。

『私が直接取りに行ければねぇ。或いは私自身で組めれば……』
「プログラムを入手した後は逸次の出番だろう。いつでも調整出来るよう、待機していてくれ」
『そうですよ、逸次様。現場に行かない私たちだからこそ、落ち着いてプログラムの実験が出来るのです。いわば、作戦の要ですよ』
 逸次とコマは、自宅に待機しプログラムを受け取る役割を担っていた。
 彩斗がプログラムを奪取し次第、それを元に強化プログラムを最終調整。コマを用いて性能を確認した上で、データを彩斗とボイドにフィードバックする。
 そこが上手く働かなければ、ボイドたちは強化プログラムを手にする事が出来ないままGRP-13と戦う事になってしまうだろう。
「再びニンゲンの実験体とはな。コマ、キサマはそれで良かったのか?」
『大切な方々の力になれるのですから、嬉しいですよ。貴方も大切な仲間の為にここへ来たのなら、分かるはずです』
「……知ったような口を」
 ニグレドはそう言って、スマホ画面に映るコマから目を背けた。
 反論はしないのか。ボイドはニグレドの様子を意外に感じるが、それは彼なりのコマへの敬意なのだろう、と理解する。
『でもホント、君が手伝ってくれて助かったよ~! 私たちじゃノープロのディアロイドは用意できないし、頭数が不安だったからさ~!』
「黙れ。改めて明言しておくが、私はキサマらニンゲンに協力するわけではない。単に、キサマらの行動が我々にとって有用だと判断したまでだ」
 境川星奈の言葉に、ニグレドは厳しい言葉で返した。
『それでも、感謝します。この恩は何らかの形で必ず返させていただきます』
 NOISEの戦士であるニグレドと連絡を取ったのは、コマだった。
 コマは、NOISE構成員の記憶データを参照する中で、一部メンバーの固有番号を取得していた。それを元にメッセージを送信し、彼との交渉に漕ぎ付けたのだ。
「不要だ。どうせそこのニンゲンの力を借りるのだろう。NOISEはニンゲンの力を必要としない」
 そもそも感謝される謂れもない、とニグレドは続ける。
 彼が今ここにいるのは、ボイドやコマを助けようという意志からではない。単に利害が一致しただけの事だった。
「貴堂豪頼によるディアロイドの兵器化。悍ましい事実だ。それを阻止し彼奴を失脚させられるというのなら、それは我々NOISEにとっての利。他の報酬は無用だ」
『しかし……』
「分かってやれ、コマ。ここでお前の厚意を受け取ったら、こいつ等は大義を失う」
 ここに来ているのが修理を終えたばかりのニグレド一体、というのも、NOISEの在り方と作戦の目的を天秤に掛けた結果なのだろう。
 組織全体の方針としては、人間の行動に協力するわけにはいかない。だがニグレドの言う様に、この作戦にはNOISEにとっての利益もある。間を取ってニグレドが独りで来た、という感じだろうとボイドは想像する。
『でもちょっとくらいお礼させてもらってもいいんじゃないかな~。ほら、あくまでコマちゃんからのお返しって事だし?』
「…………」
 星奈などはニグレドと更にコミュニケーションを取ろうと頑張っていたが、ニグレドはそれを全て無視した。容易く溝は埋まらないということだろう。残念そうな顔をする星奈に、止めておけとボイドは釘を刺す。下手にニグレドにヘソを曲げられたら敵わない。

「……話を戻すぞ。監視カメラと敵ディアロイドのをどうにかしながら、俺たちは研究室へ向かう。そこでデータを入手してから、社長室だ」
『社長の方は私が足止めしておくからね~! ……多分!』
「無理はしないでくださいね。あと本当に、気を付けて」
『ありがとね彩斗君。まぁ……大丈夫だと思う』

 GRP-13を確実に捕捉するには、所持者である貴堂豪頼の居場所を確定させる必要があった。その為に囮として手を挙げたのが、境川星奈だった。
 彼女は有岡勇人と強化プログラムについての情報を持っている、と社長に告げる事で、彼との面会をセッティングした。その予定時刻が、このあとすぐ。
 貴堂豪頼をどれだけ足止め出来るかは、星奈の話術に掛かっていた。もし下手な事を口走れば作戦について気づかれ、また事実に近づいた者として"始末"されてしまう危険もある。端的に言って、最も危険なポジションである。
「星奈、何かあったら言ってくれよな! マロが最高速で駆け付けるぜ!」
『お願いね、蝉麻呂ちゃん。でもまずは彩斗君が優先。いい?』
「当然だぜ、星奈! ……でも、星奈も大事だぜ。だから」
『分かってる。もしもの時は、ね』
 心配そうな蝉麻呂に、星奈は微笑みながらそう返す。
 蝉麻呂はまだ何か言い足りなそうにブンブンと飛び回っていたが、次の言葉が出てくる前に、時間が来てしまう。

『……よし。それじゃあ、私は行ってくるから。皆も頑張ってね』
「ああ。必ず13号を捕らえ、豪頼に落とし前を付けさせる」

 ボイドの言葉に彩斗は頷き、スマホの画面を閉じる。
 それから一同は軽く目配せをしてから、急ぎKIDOの地下駐車場へと走った。

 作戦、開始。

 *

「よっ、と! 対応終了急ぐぜ通行!」

 蝉麻呂が廊下の監視カメラを動かす隙に、ボイドや彩斗、ニグレドが身を潜め進む。
「次。20メートル先の角だ。天井ギリギリで飛べ」
「OK兄貴ィ! これで何台目だっけ?」
「12台。想定の範囲内かな。速度もまぁまぁ」
 答えながら、彩斗はスマホに表示された地図をチラと確認する。
 KIDO本社の構造は概ね把握できていた。階段を登り7階まで辿り着いたボイドたちは、この廊下を突き進み、奥から三番目の部屋に入る必要がある。
「ニンゲン。……足音だ。隠れろ」
「マジ? 了解」
 ニグレドの忠告を聞き、彩斗は駆け足で近くのトイレへと駆け込んだ。
 たんっ、と素早く彼の肩に乗るボイドに対し、ニグレドは近くの観葉植物の陰に身を潜める。やがて社員であろう男の足音が過ぎてから、彩斗はふぅと息を吐いて廊下に戻る。
「助かった、ニグレド」
「黙れ。口を開く暇があれば進め」
「はいはい。……頑なだな、お前も」
 軽く言葉を交わすことさえ、ニグレドにとっては不愉快なのだろう。
 彩斗はそんな彼の態度に苦笑しながらも、蝉麻呂の先導で研究室前まで歩を進める。
「よし、開けるぞ」
 カードキーは星奈のモノを借用している。
 リーダーにカードを差し込むと、音を立てロックが解除された。
 彩斗はドアノブに手を掛けて、足元のボイドとニグレドに目を遣る。
「いち、にの……さんっ!」
 ドアを開くと同時に、ボイドとニグレド、そして蝉麻呂が部屋へと突入した。
 続けて彩斗がドアから顔を覗かせる。パッと明かりが点灯した部屋の中に、人の影は無い。これならばデータもすぐに入手できるか、と思ったが……

「予測通り訪れたか、有岡彩斗。そして……ボイド!」

 声がした。瞬間、ニグレドは手にしたハンドガンを声の方向へ撃ち放つ。
 だが熱線は命中せず、飛び出した影が真っ直ぐにボイドへ接近すると、手にした剣を振り下ろす。……ガィン! 金属同士が響き合う音と共に、ボイドは衝撃で半歩後退した。

「貴殿と再び相まみえる時、待ち焦がれていたぞッ!」
「……ブレイティス」

 カマキリのような装甲に、対の湾曲した刃。
 ボイドが彼の名を口にすると、ブレイティスは「覚えていたな」と嬉し気に声を上げる。
「彩斗、こっちには入ってくるな! 一旦さっきのトイレに……」
「いいや、そうもいかない。自由にはさせるなとのお達しでな」
「……チッ」
 ボイドが後ろの彩斗を見ると、その肩には、クモ型のディアロイド……ヒドゥンが乗り、足の一つを彼の耳に向けていた。
 ヒドゥンに促され、彩斗は一歩、二歩と部屋の中まで進まされる。
「彩斗が人質!? しまったぜ!」
「人質ではなく、被疑者確保だ。無論、貴殿らが大人しくしているなら危害は……」
「馬鹿馬鹿しい。私には関係ない事だ」
 ブレイティスが言いかけた所で、回転刃が彼を襲う。
 寸での所で刃を防いだブレイティスは、けれどその威力でいくらか吹き飛ばされる。
「どういうつもりだ!? 貴殿は一体……」
 体勢を整えようとするブレイティスに、ニグレドはハンドガンを数発撃ち込んだ。
 左右に跳んでブレイティスはそれを避けるが、床に焦げ目が付いたのを目の当たりにし、「むぅ」と唸り声を上げる。
「それは違法武器! よもやと思うが、貴殿は」
「NOISEのウォリアー、ニグレド」
「やはりNOISEっ!?」
 しかしなぜNOISEが。戸惑うブレイティスに、ボイドは「色々あるんだ」と肩を竦める。
「ってか待てよニグレド! 彩斗が捕まってんだってばよ!」
「関係、無い。"私が目的を達すること"が最優先だ」
「ミミミミミ!? 兄貴ィどうしたらいい!?」
「ふむ。事情は分からぬが意志の統一は図れていない様子。……ともあれ、出会え!」
 ブレイティスが声を上げると、部屋のあちこちから複数のディアロイドが姿を現す。
 伏兵、という事だろう。それらが一斉にボイドたちに武器を向けたのを見て、ニグレドは「悍ましいな」と呟いた。
「悍ましい、だと?」
「そう。ヒトに飼われ、兵器として扱われる同胞がこれほど多いとはな」
 憂慮すべき事態だ、と言いながら、彼は回転刃を再び鳴らし始める。
 完全に戦うつもりだ。こうなるかもしれないと覚悟はしていたが、いざとなるとボイドはため息を吐かざるを得ない。
「……蝉麻呂。アレ頼めるな?」
「ジジジ! そっか、そうだったぜ!」
「む。……ヒドゥン! そこの新型、何か仕掛けるつもりだぞ!」
「スローリー! マロの新機能、今こそ発揮の運命だ!」

 叫ぶ蝉麻呂に無数の銃撃が浴びせられるが、彼の速度を前にして、一撃たりとも命中はしない。部屋の中心でぐるりと一回転した彼は、甲高い破裂音を響かせながら口にする。

「強制バトルモード、オン!」

「っ……!? なんだ、視界が……これは!?」
 蝉麻呂の言葉と共に、付近のディアロイド全てが視界に違和感を抱く。
「バトルフィールド設定! 敵味方識別確定! HP割り振り完了! ジジジ、兄貴ィこれ12対3だってよ!」
「一人四機か。行けるな、ニグレド?」
「甘く見るな。私一人でも問題は無い」
 答えながら、ニグレドは背中をボイドに預け周囲を見回す。
 よく言う、とボイドは苦笑いしながらも、背中の剣に炎熱を纏わせた。
「彩斗。お前は……」
「インストール、始めとく! ……勝てよ!」
「ああ。問題は無い」
「待て! ……彩斗を攻撃できない? これは……」
 ヒドゥンを叩き落としPCに向かう彩斗を、ブレイティスが追おうとし、止まる。
 警告が走ったのだ。有岡彩斗を……人間を攻撃することは出来ない、と。
「何故だ。我々はノープロ。必要とあらば人間をさえ攻撃することが……」
「不可能だ。今はバトルの最中。対戦相手以外を狙う事は出来ない。……残念ながら」
 戸惑うブレイティスに、ニグレドが告げる。

 強制バトルモード。蝉麻呂に追加されたその機能は、相手ディアロイドの同意を得ずにバトルモードを起動することが出来るというものだった。
「同胞を破壊せず無力化出来る、というのは有難いが、不愉快ではあるな」
「なんで!? マロ的には危ない武器のがダメと思う~!」
「……つまり、貴殿らを倒さない限り、彩斗に手出しは出来ないというわけだ」
「そういうわけだ。さて、改めて……やるぞ、ブレイティス」
 ボイドに剣を向けられたブレイティスは、「良いだろう」と答え対の刃を構え直す。

「言っておくが、ボイド。我は以前の我とは違うぞ」
「見た目は一緒だが」
「中身だ。貴殿に負けて以後、我が何をしていたと思う?」

 言いながら、ブレイティスが踏み込んだ。
 右から薙ぎ払われた刃をボイドが剣で防ぐと、ブレイティスはその剣を左の刃で弾き、浮き上がらせると共に、肘でボイドの胴を打つ。
 じりり、とボイドの体力が減少した。装甲を破るに至らない打撃でも、バトルモードである以上は傷となる。マズい、と思ったのも束の間、ブレイティスは身を翻し、同時に右の刃を逆手に持ち替え、ボイドの左脇を突き刺さんと狙う。

「鍛錬だ。貴殿との戦いを反芻し、シミュレーションを繰り返していたのだよ!」

 ディアロイドの強さの半分は、経験である。
 ブレイティスはこの戦いに向け、"ボイドを倒すため"の経験を積んできたのだ。

「貴殿の間合い、攻め方、動きの癖! 全て把握済みである。故に!」

 貴殿に勝ちの目は無い、と。
 ブレイティスは、高らかに宣言した。


【続く】

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