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『神獣ガドルバス、最後の戦い』


「カミツキ! そっち一体行ったぞ!」
「了解ッス、キリサキセンパイッ!」

 薄暗く鬱蒼と茂る森。カミツキが答えると同時に、一体の災獣が飛び出してきた。
 体高はおよそ二メートル。黒い鱗に覆われた四つ足の災獣は、頭部の大きさだけでも、まだ少年の範囲にいるカミツキよりも一回り大きい。
「グルォァッ!」
 ぐぁばっ! 雄たけびを上げながら、災獣は牙の立ち並ぶ口を開き、カミツキを呑み込まんとした。
 けれど……ダンッ!
 瞬間、カミツキが地面を強く蹴ると、その身体は災獣の頭の上まで軽く跳んでいく。
 ガギンッ! 空振った災獣の牙が音を鳴らすのと、ほとんど同時に。
「一体撃破ァッ!」
 ざくり。高く跳んだカミツキが、己の体重を一本の槍に込め、災獣の頭部を貫いた。
 紫の血液がびしゃりとカミツキの頬に跳ね、災獣は音を立てて土の上に転がる。
 カミツキは紫に染まった槍を引き抜くと、そのまま地面を蹴り、抗戦中のキリサキの元に向かう。
「援護しまっす!」
「おうっ!」
 低い声で答えるセンパイは、一体の災獣を相手に力比べをしている所だった。
 大槍はその爪や牙を防いではいたが……無論、サイズが違う。あと数秒もすれば力負けしてしまう所だったが、キリサキもカミツキも、一切狼狽えてはいなかった。
 間に合う、と知っているからだ。
 ダンッ! ダンッ! ダンッ!
 地面を一歩蹴るごとに、カミツキの速度は上がっていく。
 そして……ダンッ! 四歩目にカミツキは横に跳び、中空で身体をひねると、ガンッ!
 硬い樹の幹へ蹴りを入れ、弾丸のような速度で災獣の脇腹へ跳ぶと、ジャンプの勢いのまま、がりゅっ。災獣のあばら骨を撫ぜながら、槍の穂先がその心臓へ突き立てられる。
「二体目ェッ!」
 ぐるんっ! 余った勢いを、槍を支点に回転しながら逃がすカミツキ。
 その楽し気な声に、センパイは苦笑いした。
「お前、遊びじゃねんだぞ」
「ンなの分かってますよ!」
 槍を引き抜くと、今度はドバッとあふれ出た紫の血が、カミツキの全身を染め上げた。
 だがやはり、カミツキは気にしない。
 血が目に垂れぬよう髪をかき上げながら、注意深く周囲の様子を窺った。
「ってかセンパイこそ、手ェ抜いてんじゃないスか。オレがいるからって」
「バンバン跳ねっと膝に来んだよ!」
「ハッ。年取りたくねー!」
 鼻で笑うカミツキに、キリサキはにやりと口角を上げる。
 戦闘中の軽口は、彼らにとっての日常だった。一歩間違えば命を落とす災獣との戦いで、だからこそ、過剰に緊張してしまわないために。
「で……何体いるんスか、これ」
 カミツキたちの周囲には、まだいくつかの気配があった。
 木々に隠れて確認しづらいが、あと五、六体は同じモノがいるだろう。
「いやマジ……アイツ最近ダメダメじゃないっスか?」
「バカ言ってんじゃねぇぞカミツキ! アイツなんて呼び方すんな!」
 今度の怒鳴り声は、皮肉でも軽口でもなかった。
 叱られたカミツキはフンと鼻を鳴らして、その場で軽くジャンプを始める。
 たん、たんっ、たんっ……! 体重を受けた足の裏で、装置は着実に力を溜めていく。
「つっても、最近数おかしいっスよね? やっぱアイツ……」
「……そーゆー話は後にしろ。誰のおかげで生きてられると思ってんだ」
「それ! ……マジどうかと思うんスよね。ヒトはヒトの力で生きなきゃ、さぁっ!」
 ダンッ! 言いながら、カミツキは思い切り地面を蹴る。
 ぐっと足の裏が沈む感覚がして、ぶぉんっ! 風を体中に浴びながら、カミツキの体が宙を跳ぶ。

「オレたちはオレたちでェッ!」

 ガギンッ! 木の幹を蹴り、カミツキの槍が災獣の頭部を貫き……ザシュッ!
 ジャンプの勢いを利用し、身体をひねりながら槍を引き抜いたカミツキは、その勢いを逃さずもう一度木の幹を蹴る。

「こうやって、災獣ブッ潰してけばさァッ!」

 ザシュッ! 次の災獣の肉体に、紫に染まった穂先が突き立てられる。
 そしてまた、勢いのままに木を蹴って。

「神獣なんかに、頼らなくて済むんじゃないッスかねェ!?」

 ガギンッ! 三度災獣の体に槍を突き立てた所で、速度を失ったカミツキは地面に着地する。その瞬間を狙っていた、というわけでは無かろうが……背後から、更にもう一体の災獣が飛び出し、カミツキの肉体を噛み千切らんとする。

「……って、思うんすよ」

 だが、カミツキは振り向きざまに槍を投擲し、大きく開かれた災獣の口内を刺し貫いた。
 いずれも、人間など一捻りに出来そうな巨体を持つ四足獣である。
 平然と答えながら槍を引き抜くカミツキに、キリサキはどうしたものかと頭を掻いた。
「まぁそりゃ、お前はバカみてぇに強ぇけどなぁ……そうは言ってもなぁ」
 災獣たちが本当に死んでいるかどうかを目で確認しながら、キリサキがカミツキに歩み寄る。カミツキは、槍の柄に散った血を、適当にちぎった葉っぱで拭い取った。
 カミツキの主張を、キリサキはもう何度も聞いていた。
 それこそ、カミツキが神獣戦士になってから毎日のように、だ。

 自分達の手で災獣を駆除していけば、自分達の生活圏を守るくらいのことは出来る。
 だから、神獣なんかに頼る必要はない。

 カミツキは本気でそう考えていたが、キリサキを始めとして、街の誰一人としてその言葉に頷いたものはいなかった。
 いくらカミツキが常人離れした戦闘力を持ち、災獣の死体を山のように積み上げても……その程度の事で、街の人間は今の在り方を決して変えはしないだろう。なぜならば――

「グォァアアアアアッッッ!!!」

 ……その時、ビリビリとした方向が、カミツキたちの肌を震わせた。
 瞬間、鳥がけたたましく鳴きながら逃げ出し、一拍置いてから、ズシン。巨大な足音が、カミツキたちの骨を震わせる。
「おいおいおいマジか……!」
 キリサキが愕然としながら空を見上げた。
 その視線を追い、カミツキもまた空を見上げる。

 そこには。
 山が、いた。

「っ、巨災獣……!」
「ヤッベ……アレはオレたちの手に負えねぇ! 逃げんぞカミツキ!」
「いや、アレも災獣じゃないっスか! なら……!」
「ならじゃねぇ! お前がいくら強くとも、アレはもう神獣様に頼るしかねぇだろうが!」
「っ……!!」

 おそらく、先ほど倒した災獣の親玉なのだろう。
 幼体と同じく黒い鱗に覆われた獣は、木の幹より太い爪を地面に食い込ませ、ゆっくりと前へ進んでいく。その体躯は、これまで倒した災獣の十……いいや、二十倍はあるであろう巨体だった。

 ――そう。災獣の死体を山のように積み上げたとて。
 山のような災獣を死体に出来ないのなら、結局のところ意味はないのだ。

「オラ! 行くぞカミツキ!」
 カミツキの腕を引き、キリサキは走ってその場を後にしようとする。
 ただの災獣ならともかく、巨災獣を相手に戦える道理など、彼らは持っていなかった。

 そんな時は、どうするか?
 ただ、必死に祈り、待つのだ。
 守り神たるその獣が訪れるのを。

「キュォォォオオオオオッッ!!」

「っ……来た!」
 その時、もう一つの咆哮が森中を振動させた。
 荘厳な低い雄叫びを耳にした瞬間、キリサキはふぅと息を吐く。
 数拍置いて、木々をなぎ倒しながら巨災獣の前に現れたのは……岩のような甲殻を持つ、緑色の巨獣であった。
「……ガドルバス」
「様をつけろ様を!」
 キリサキに叩かれつつも、カミツキの視線はじっとガドルバスに注がれていた。

 神獣、ガドルバス。
 人類と共生し、その生存を助けてくれる数少ない守護神獣。
 ガドルバスは黒い目でちらりとカミツキたちを見ると、ゆっくりと視線を目の前の敵にもどした。
「グルルルォァ……!」
 巨災獣は現れたガドルバスを警戒し、威嚇する。
 ズシン。そんなものを全く気にせず、ガドルバスは一歩前に出た。
 ……瞬間、ぶぉんっ! 激しい風を巻き起こしながら、巨災獣が後ろ足で地面を蹴り、跳ぶ。同時に噛みつこうと口を開く巨災獣だが……
 半歩、ガドルバスは身体を動かした。首元を狙っていた牙は、岩のような甲殻に覆われたガドルバスの肩へと命中し……バギン!
 いとも容易く巨災獣の牙は、へし折れた。
 ぶぉんと音を立て、折れた牙は空を舞い、激しい衝撃音と共にカミツキたちのすぐ近くに落下する。その牙一本だけでも、大人五人分はあろうかという太さである。

 牙を折られた巨災獣は、狼狽え後ずさる。
 だがその後退は、ガドルバスにとってこの上ない好機であった。
 地面を揺らしながら巨災獣を追ったガドルバスは、そのまま前脚で巨災獣の身体を押さえつける。もがき、暴れる巨災獣だが、体重が違うのだろう、拘束を解くことが出来ない。
 ガドルバスは無防備になった巨災獣の首元に噛みつくと……バチン。何かが弾けるような音がして、巨災獣の身体は急速に力を失った。

 決着が着くまで、ほんの十数秒の事である。

「よっ……しゃああっ! やっぱ神獣様は最高だなぁオイ!」
「……そう、っすかねぇ……」

 歓喜し、バシバシと背中を叩いてくるキリサキに、カミツキはため息交じりに答える。
 ガドルバスは食いちぎった巨災獣の首を咀嚼し、呑み込むと……もう一度、ちらりとカミツキたちの事を目視してから、ゆっくりと森の奥の住処へと戻っていった。

 ヒトは、巨災獣には勝てない。
 だからこそ、神獣の庇護の元、共生することでどうにか生存を続けている。
 そんな中でカミツキがいくら人間の力を説いたとして、空虚に響いてしまうのは無理からぬことであった。

 だが、それでもカミツキは思うのだ。
 いつまでも、あんな獣に頼って生きていくべきではない、と。
 それに、近頃神獣の世話係たちの間で、しきりに心配されていることがある。

 神獣ガドルバスは、もうじきその長い寿命の限界を迎え……
 ……死んでしまうのではないか、と言われていた。


◇◇◇


 最初の兆候は、食が細くなった事だった。

「この量かぁ。きっと全部は召し上がられないだろうね」

 神獣付きの料理人は、大量に積み上げられた災獣の肉を前に呟く。
 夕刻、狩った災獣の解体を手伝っていたカミツキは、その言葉に反応し顔を上げた。
「ガドルバス、やっぱメシ食わねぇんスか?」
「様を付けな! ……まぁ、そうね。むしろ最近悪くなる一方」
 はぁ、と料理人の女性はため息を吐く。
 ここ数か月の間、ガドルバスの食事量は減る一方だった。
 以前ならば、カミツキが狩ってくる量など簡単に平らげていたのだが……今では、半分程度しか口を付けてくれない。
「勿体ねぇな。オレが食えりゃ食うのに」
「無理でしょ。何百キロあると思ってんの」
 カミツキが言うと、彼女は苦笑いした。
 血抜きしてなお淡い紫色の残る災獣の肉は、人間の口には合わなかった。
 硬く臭い肉には独特のエグ味があり、消化しづらいのか、食べ過ぎると腹を下す。
 だが逆に神獣にとっては無二のご馳走となっているらしく、ガドルバスも、焼いた災獣の肉には目が無かった。
「ガドルバス様、昔はアタシの作るお食事を美味しそうに召し上がっていたんだよ? それがねぇ……世話担当も、『毛並みが少し荒れてきたー』なんて言ってるし……」
「挙句、縄張りには災獣がわらわら湧いてきた。……ソギさん、これマジでそーゆー事っスよね?」
「うぅん……あんまり考えたくないことだけど……」

 神獣ガドルバスの老い。
 それは、ガドルバスの近くにいるものなら皆が感じ始めていた異変であった。
 いつになるかは分からない。既に数百の年月を生きた神獣だ。衰え始めたとして、向こう十数年は持つのかもしれないし……持たないのかもしれない。

「やっぱさ、神獣に頼ってても無理あんスよ。自分の身は自分で守らねぇと」
「そんなこと言って、また巨災獣が来たらどうすんのさ! あんなの人間の手には負えない……それはアンタも分かってんでしょ?」
「いーや、オレはやるんで! ……ってわけだから、今日もいくつか貰ってきますよ」

 解体を終えたカミツキは、その駄賃として、災獣の鱗や牙をいくつか持ち帰る。
 軽くて頑丈な災獣の素材は、金属よりもずっと強固な武器になるからだ。
 カミツキはそれを使って、出来るだけ強い装備を整えようと努力していた。
 全ては、神獣に頼らず己の身を護るため。……とは、言え。

(つっても、これじゃガドルバス超えはムリかぁ……?)

 今の所、災獣を素材として作った武具は、ガドルバスから抜け落ちた鱗や牙で作るそれと比べ、数段強度が落ちる。
 出来てもせいぜい、小型災獣に用いる使い捨ての矢玉程度だろう。
 それでは足りない。ガドルバスに頼らないという事にはならない。
 いつになるか分からないリミットを背後に感じながら、カミツキは焦っていた。

 帰宅すると、カミツキは誰もいない家で、食事も取らず装備のメンテナンスを始めた。
 大体は拭き取ったが、細かい所に黒く変色した血の跡が残っている。
 これを残しておくと、少しずつ装備を腐食してしまい……肝心な時に、役立たなくなる。
 ガドルバスの鱗と毛を用いた軽鎧に、抜け落ちた牙を研いで作った白い槍。
 それらは激しい戦いの後でも、表面に細かな傷が出来た程度で、ほとんど変化がない。血を拭きさえすればそれで良い。
 気を付けなければならないのは、神獣戦士の命の要とも言える『跳靴』だ。
 災獣の革で作られたベルトを外し、カミツキは跳靴の底を解体する。
 靴の底には、ガドルバスの爪を特殊な方法で加工したバネが仕込まれている。
 戦闘中、これに体重をかけることで、神獣戦士は目にも止まらぬ速度で走り、跳躍出来る。もし血が入り込んでこの機構に影響すれば、待っているのは死だ。

「……父ちゃん。オレ、今日も父ちゃんの靴で災獣ブッ潰してきたからよ」

 この跳靴は、カミツキが父から受け継いだものだった。
 正確に言えば……父の装備の中で、唯一マトモな形で残っていたもの。
 カミツキは父の跳靴を丹念に磨きながら、今日の戦いを脳裏に思い浮かべた。
 何よりも素早く飛び跳ね、穂先を災獣の肉体に突き立てる感覚。その高揚感と、薄氷を踏むような緊張感。
 けれど最後には……結局、ガドルバスに頼ることになってしまった。

(……あんなモンに)

 思わず、跳靴を磨く手に力が籠る。
 周りの人間は、殆ど全員がガドルバスを慕い、その戦いに感謝していた。
 しかしカミツキだけはそうは思えない。
 なぜなら。神獣戦士だったカミツキの父は……
 ガドルバスが災獣と戦う、その最中に命を落としたのだから。

(アイツはただ、縄張りに入った外敵を倒してるだけだ)

 ガドルバスが人間を守っている?
 そんなわけがあるか。だったら父はどうして死んだ?
 ガドルバスがすぐ近くにいたのなら、父を守れたはずだ。
 そうしなかったのは、ガドルバスが本心では人間の事なんかどうでもいいと思っているからだ。……そして今、そのガドルバス自身も、寿命を迎えようとしている。

(あんなモンに頼ってちゃ、結局いつかは……)

 けれど、街の誰一人として、自分の言う事に耳を貸さない。
 それはきっと、実際に人間の手で巨災獣を倒せた事が無いからだ。
 だからこそ、カミツキは考える。
 ヒトの手によって、巨災獣を打ち滅ぼす方法を。

 *

 翌日の朝早くから、カミツキは一人で森の見回りに向かった。
 本来であれば、それは二人以上の神獣戦士……カミツキの場合は、主にキリサキと共に行うべき仕事であったが、カミツキは敢えてそれを無視したのだ。

 理由は、巨災獣と戦うため。
 もし昨日のように巨災獣が現れても、キリサキや他の神獣戦士がいたら、自分を戦わせてはくれないだろう。
 であるなら、いっそ一人で。
 そもそも通常の災獣であれば、自分の敵ではない。
 戻った後は怒られるだろうが、死体の山を見せつけてやれば、今後も一人で見回りに出させてくれるかもしれない。

「っと……早速出たな。やっぱアイツ使いもんになんねぇ」

 見回りを始めると、すぐに災獣の姿を見つけられた。
 それも、十匹前後はいる群れだ。
 やはり、とカミツキは思う。最近のガドルバスは、災獣にナメられている。
 災獣たちは、本能的に神獣の縄張りを理解していた。だからこそ、小さな災獣が何匹か紛れ込む事はあっても、大規模な群れが現れる事は少ない。
 原因があるとすれば、やはり神獣の寿命を、災獣たちも何らかの方法で察知している……ということだろう。

「バーカ。ここはオレたち人間の縄張りなんだよ!」

 そんな災獣たちの姿も、カミツキにとっては腹立たしかった。
 災獣は、神獣さえいなければ人間など取るに足らないと思っているのだ。
 そうではない。お前達災獣を狩るのは、オレ達人間だ。
 カミツキはそう思いながら、跳靴に思い切り力を込め、跳ねる。

「一体残らずブッ潰してやらァッ!」

 昨日と同じ、黒い鱗を持つ四つ足の災獣は、カミツキの奇襲によって混乱する。
 カミツキは飛び跳ねながら、そんな群れを外側から一体一体、連続して刺し穿ってゆく。

「人間がァッ! テメエらのホントの天敵なんだよォッ!」

 ダンッ! ダンッ! ダンッ!

 木の幹を蹴り続け、一瞬さえ止まることなく、カミツキは災獣へ刃を突き立てる。
 紫の血は瞬く間にその全身を染め上げ、荒い息と鋭い眼光で敵を睨むカミツキの姿は……他の神獣戦士が見れば、一体の化け物にしか見えなかったであろう。
 首に槍を突きさし、心臓を穿ち、目玉を潰し、内臓をかき回す。

「ゼェ、ハァッ……っ、あと、一体ィ!」

 そして最後の一体の胴に、未だ白さを保つその刃を突き立てた所で。

 ……どぉん、と低い音が響いた。

「っ、来た!」

 顔を上げる。山の向こう側に、もう一つ動く大きな影を見る。
 やはり、来たのだ。二日連続で。あぁ、やっぱりアイツはダメだ、ナメられ切ってる。

「オレがブッ潰してやるよォ……巨災獣ッ!!」

 そのための術を。
 カミツキは一手、用意していた。


◇◇◇


 地を蹴り、跳ね進む。
 一足ごとに強くなる跳躍力に、カミツキはバランスを崩しそうになる。
 だが、堪えた。両腕の振りを意識して、重心を整えつつ森を行く。
 鬱蒼と茂る木々にぶつかれば、カミツキの身体は耐えられないだろう。
 あるいは、落ち葉に覆われた地面に足を取られれば、転倒の衝撃は並々ならぬものになろうだろう。
 有体に言えば、森でこの速度を出す事は、愚かな行いと言えた。
 それでもカミツキが急いだのは、先日のように「獲物を奪われる」ことを恐れてのことだった。
 いくら自分が巨災獣を倒す術を持っていた所で、ガドルバスに先を越されては意味がない。

 故に、走る。
 己の身の危険など、カミツキは欠片も気にしてはいなかった。

 その甲斐あってか、カミツキはすぐに巨災獣の元へと辿り着く事が出来た。
 とはいえ、十二分に距離を取って。
 カミツキは巨災獣から三百メートルほどの距離に着くと、大木に足をかけ登り、高所からその姿を確認する。
「……最近来るヤツと同じ、だな」
 巨災獣の大きさは、大木に登ってもなお大きく見上げなければならない程であった。
 おおよそ昨日と同じ。体高にして三十メートルほどだろうか?
 その外見は、先ほどまでカミツキが交戦していた黒い鱗の災獣と似通っている。
 違いがあるとすれば、巨大な体躯を支えるためか、四つの足の筋肉が比較的発達していること。
 観察しながら、カミツキは巨災獣の目的を探る。
 相手はこちらに気付かず、ゆっくりと前に進んでいた。
 その先にあるのは、カミツキたちの街……そして、ガドルバスの巣穴が存在する。

「やっぱ、縄張り争いってヤツか?」

 近頃災獣が活発なのは、やはりガドルバスの死期を狙ってのことなのだろう。
 カミツキはそう合点しつつ、巨災獣の向かう街の方角を睨む。

 ガドルバスの咆哮は、未だ響かなかった。
 寝ているのか? 自分の縄張りに入られておいて?

「……ま、いいけどよ」

 端から期待はしていないし、そも、来られても困る。
 ふぅと息を吐きながら、カミツキは腰に下げた袋から、三つに折りたたまれた棒のようなものを取り出す。
 カミツキはそれをしなる曲線へと開きなおし、更に災獣の毛で作った弦を張る。
 手慣れた動作で組み上げたそれは、災獣の骨から作った弓である。
 通常の弓と異なる点があるとすれば……その巨大さだろう。
 カミツキは樹上を見回し、ちょうどいいと感じた場所にその弓をセットする。
 三メートルほどのサイズを持つその弓は、手に持って使用することが困難だった。
 なのでカミツキは、木の上に弓を固定すると、槍を矢代わりに番え、両の腕で体重を懸けるようにして弦を引く。
 弦は重かった。けれどそうでなくては、強靭な災獣の鱗は貫けない。
 カミツキは巨災獣の歩みをよく見極めて……狙いを定め、手を、放す。

 ビュッ! 風を切る音と共に、槍が空を割き巨獣の後ろ足に……突き、刺さる。

「っしゃ! とりあえず一発目!」
 着弾を確認したカミツキは、急ぎ樹上から飛び降り、多少ジグザグに走りながら災獣へと接近した。
「グルルゥゥゥ……」
 巨災獣は、突如として行われた攻撃に驚き、戸惑いながら周囲を見回した。
 ……が、既にカミツキは森に紛れて接近している。圧倒的な体躯が影響し、巨災獣にはカミツキを発見することが出来ない。
 そうこうしている間に、カミツキは血の垂れる災獣の足元へと到着した。
 見上げれば、後ろ足の腿の辺りに自身の大槍が突き刺さっている。

(……まぁ、あんなもんか)

 出来得るならばもう数発、槍をブチ込んでやりたい所だったが……一人で持てる武器の数には、限度がある。
「あとはこれで……っと!」
 次に取り出したのは、倒した災獣から獲得した牙で出来た杭である。
 カミツキは杭と自分の手を紐で結びつけると……ザシュッ! 思い切り、それを巨災獣の足に突き立てた。
「っ……!?」
 巨災獣が身じろぎする。が、痛みとしては虫にさされた程度のモノだろう。
 カミツキは大きく息を吸い込んで、もう片方の手で、二本目の杭を打ち込み……登る。
 杭を突きさすには、鱗と鱗の隙間をきちんと見定め、力の限り杭を叩きつける必要がある。歩き、身じろぎする巨災獣に張り付いてのクライミングは身体に相当の負担がかかったが、カミツキは歯を食いしばりながら、一手、二手と杭を打ちながら、進んでいく。

 やがて足の半分くらいまで登った所で、カミツキは杭と手を結ぶ紐をほどき、伸ばし、振り回してから高く投げる。
 投げられた杭は、足の腿辺りに突き刺さった槍まで届いた。
 これで少し楽が出来る、とカミツキは息を吐く。
 後は紐を伝い、登っていけば良いからだ。
 問題があるとすれば……

「グォァアアアアアッッッ!!」

 巨災獣が、カミツキの存在に気付いた点だろうか。
「チッ……大人しくしてろっての!」
 ダンッ! カミツキは強く巨災獣の体表を蹴り、一気に槍の辺りまで駆け登る。
 が、その無茶が災いしたのだろう。深く突き刺さっていた槍が、ぐらりと揺れる。
「っ、待て待てまだ刺さってろよ……!?」
 カミツキが焦っている間に、違和感の原因を理解した巨災獣は、身体を大きく震わせる。
 ぶおんっ! カミツキの身体が大きく投げたされる。今槍が抜ければ、地面に真っ逆さまだろう。
「……んっ、なろっ!」
 けれど、逆に。
 吹き飛ばされたカミツキは、身体を大きく捻ることで反動を利用。
 戻る勢いを利用して、高く高く空に飛んだ。
「ぐ、ぅっ……!」
 無論、遠心力によって飛ばされそうになる身体を、必死に支えての事である。
 紐を結び付けた腕は、圧迫で今にも千切れんばかりの痛みを生む。
 離さなければ死ぬのではないか。いや、むしろ離せば死ぬ。

(死ぬべきはオレじゃねぇだろがッ!)

 臓腑がひやりとする感覚がして、直後カミツキはそんな自分に腹を立てた。
 オレは死にに来たんじゃない。殺しに来たんだ。
 瞬間、痛みの事を忘れたカミツキは、猛烈な勢いで巨災獣の尻尾の上に激突した。
 バギ、と音がして、打撲か骨折かさえ分からない激烈な痛みがカミツキの肩を襲う。

 ……が、何にしても。

「着いたぜェ……!」

 巨災獣の身体の上に到着した。
 それだけで、カミツキは身体の痛みなど一瞬で忘れてしまう。
 後はどうする? 考えてた通りだ。
 カミツキは重心を低く、振り落とされないように注意しながら、巨災獣の背中まで周り、走る。一歩歩くごとに振動し、筋肉の揺れ動く災獣の背は、事前に想定していたよりもずっと走りづらかったが……この際、そんなものは何の障害でもない。

(身体の作りは小せぇのと変わんねぇ!)

 走りながら、周囲を見回したカミツキは理解する。
 巨災獣の肉体は、おそらく昨日倒した災獣とさして代わりはしない。ただサイズと、各部位の頑丈さが桁違いなだけで。
 ならば、弱点も同じだろう。
 カミツキは、昨日行った解体作業を脳裏に思い浮かべる。
 災獣を倒すごとに手伝っていた解体は、素材の一部をもらい受けるためだけでなく、災獣の構造を知り、弱点を探るために行っていたことなのだ。

「同じなら……まぁ、ここだよなぁっ!」

 背中の、人間で言うならば肩甲骨と背骨の隙間。
 カミツキは杭でそこの鱗を剥がすと、突き刺した杭を足で踏みつけ、ずぶりと根本まで突っ込んだ。
「グォァッ……!?」
 じゅっ。染み出る血と共に、災獣がもだえる。
 けれどカミツキは杭と紐を自分の身体に結び付けることで、振り落とされるのを防いだ。
「ハッハァ……! 知ってんだぜ、テメェらの足は背中に回んねぇって!」
 カミツキは、災獣の身体の構造を出来るだけ調べ上げていた。
 どこならば肉が柔らかいか。骨が少ないか。鱗の強度が落ちるか。
 日々の戦いと解体は、いずれ巨災獣を打ち倒す糧とするために。

「後は……首ィッ!」

 もう少し。もう少しだ……と、カミツキは思う。
 カミツキの作戦はごくシンプルだった。
 身体に登り、落ちないよう気を付けながら、首の太い血管を攻撃する。
 一撃で足らずとも。二撃で足らずとも。鱗を剥がし、何度も刃を進めていけば、いずれは動脈へ届き巨災獣を殺せるはずだ、と。

 仲間の神獣戦士がいれば、残らず大笑いするだろう作戦だ。
 無理だ、実行出来るハズが無い。どこかで失敗して死ぬに決まってる。
 そんなリスクを負う必要がどこにある? 神獣様が助けてくれるのに?

(……ッザけんなってんだよ!)

 カミツキは、仲間のそういう態度が気に入らなかった。
 神獣が強いのは分かる。死にたくないのも分かる。
 でも、神獣がいつでも助けてくれるというのなら、何故。
 何故父は帰ってこなかった。靴だけを残し、喰われてしまった。

「ッハ……テメェの死体見たらよォ、みーんな考え変えてくれんだろうなァ……?」

 もうすぐだ。
 もうすぐ否定出来る。
 あんなヤツに。父を見殺しにした獣なんかに頼る必要はないと、証明できる。

 ざくり。ナイフを突き立てた。
 引き裂き、肉を削ぐ。ナイフは血と脂ですぐにまともな切れ味を失ったが、もはや他に刃物は無い。カミツキは力に任せて斬り進む。
 そのたびに、災獣はもがき、暴れ、走り回った。
 けれど杭で固定されたカミツキの身体は、跳ね回りはすれど落ちる事は無い。
 硬い筋肉は、斬っても斬っても目的の血管にたどりつかない。
 だが、もう少しで。今ここでやり遂げれば……!

「グォォォォッ!!」

 カミツキは夢中になって斬り続けた。
 ……だから、だろう。
 直前まで、気付けなかったのは。

「グ……グォァァァァァァアァッッ!!」

 暴れ、叫び、揺れ動き。
 その結果、根元まで深く食い込ませたはずの杭が……外れかけていた事に。

 唐突に、ナイフが空を切った。
 否。身体が遠ざかっているのだ。転がって、落ちようとしている。
(杭が……っ!?)
 抜けていた。自分の身体を支え、留めるものが。

(落ちっ――!!)

 死を覚悟した、瞬間。
 大きな影がカミツキの頭上を多い、次の瞬間、身体に括り付けられていた紐が、ぐいとカミツキの身体を引いた。

「……止まっ……?」

 なぜ?
 カミツキは状況を理解できないまま、呆然と上を見る。

 落下せんとするカミツキを助けたのは……

 ……他でもない、神獣ガドルバスだった。


◇◇◇



「なん……で……」

 カミツキは、呆然と呟いた。
 自分の身体を支える命綱を、他でもない神獣ガドルバスが……自分が必死に否定しようとしていた存在が、咥え掴んでいたからだ。

「……」

 ガドルバスは、応えない。
 その視線さえ、カミツキの方に向いてはいない。
 けれど、ガドルバスがカミツキを守った事は瞭然であった。
 何故ならば、ガドルバスは……

「グォォォォッ!!」
「……っっ!!」

 巨災獣の攻撃を、堪えていたから。
 カミツキの行動によって怒り猛った巨災獣は、突如として現れたガドルバスに対してその怒りの矛先を向け、鋭い牙で肩に食らいついていた。
 常ならば。カミツキがこれまで見てきた通りなら。
 そんな攻撃など、ガドルバスは硬い岩の甲殻で受け切っていたであろう。
 そうならないのは、何故か?

「っ……なんっ、で、だよ……っ!」

 カミツキが、そこにいるからである。
 一本の紐で命を繋いでいるカミツキは、もしガドルバスが動いて暴れれば、振り回されてどこかに激突し、死ぬ。もしくはガドルバスの口から紐が抜け落ち、地面に落下するかもしれない。
 どちらにしても、戦える状態ではない。
 守られているのだ。
 理解したくないことを、けれど現実として目の前に叩きつけられ、カミツキは歯を食いしばる。

「ふっ……ざけんなよ……!」

 助かった、と安心するより。
 先に湧いて出た感情は、やはり怒りである。
 どうして自分を助けたのか。どうして戦いを優先しないのか。
 助ける気があるなら、どうして父の時はそうならなかったのか。今更自分のことだけ助けられたって、どんな顔をしていいか分からない。

 ……何より。
 ……助けられてしまった自分が、許せなかった。

「オレの事なんかイイんだよ! テメェはテメェの縄張りだけ守ってろってんだよッ!」

 八つ当たりめいた暴言に、しかしガドルバスは応えない。
 ぎり、と音がする。巨災獣の牙がガドルバスの骨に届いた音だ。
 ガドルバスはその痛みに小さく呻き、身じろぎするが……やはり、大きくは動かずに。
 ただゆっくりと、頭を下げた。カミツキが、安全に地面へと降りられるように。
 カミツキはその途中、ナイフで自ら紐を切り、落下する。
 十分な高さではなかったから、着地と同時に骨の軋む痛みが走った。……けれど、身体の痛みより、カミツキの心を揺すぶっていたのはガドルバスの行動である。

「っ……」

 荒い息のまま、呼吸も整えずカミツキは走った。
 一歩ごとに痛めた足や肩が悲鳴を上げる。どうでもいい。そんな事はどうだっていい。
 自分を傷つけるように、カミツキはむしろ跳靴へ込める力を強めて。
 しばらく進んでから、振り返り、叫ぶ。

「――ガドルバスッッ!!」

 言葉に込められた意味を、感情を、当のガドルバスはどこまで理解しただろうか。
 カミツキには分からなかったし、理解したくもなかった。
 肺の底の空気まで使い切って、朦朧とする意識の中、カミツキは木に身体を預け、へたり込む。
 ガドルバスが咆哮したのは、それとほとんど同時だった。

「キュォォォオオオオオッッ!!」

 ぶぉんっ!
 これまで動かずにいたガドルバスは、叫ぶと共に身体を大きく振る。
 噛みついていた巨災獣は、それに釣られ振り回されつつ、けれど食らいつくのを止めない。振りほどくのは困難に思えたが、次の一瞬、ガドルバスは身体を沈み込ませると、大きく上体を起こした。
 ぶぉんっ!
 巨災獣の足が、地面から離れる。
 その僅かな隙を狙い、ガドルバスは身体を捻り、噛みつかれた肩ごと巨災獣を地面に叩きつける。
「ぐぉぁっ……!?」
 紫の血が噴き出した。災獣と神獣の……量で言えば、肩を負傷したガドルバスの方が多いだろうか。二体はもつれあい、その血がどちらのものかは、すぐに判別がつかなくなる。
 二体は転がりながら距離を取り、体勢を立て直す。
 どちらも起き上がるまでは同じだった。……が、飛び掛かるのは、巨災獣の方が素早い。

(肩のせい、か……?)

 遠くからその戦いを見つめるカミツキは、ガドルバスが出遅れた理由をそう推察する。
 肩が負傷した分、踏み込みに時間がかかったのだろう。
 つまり……自分のせいだ。眉根を寄せ、カミツキは自分への怒りを必死に抑え込む。

 先手を打った巨災獣ではあるが、前脚による爪撃は、けれどガドルバスの甲殻に阻まれる。常ならばそこで反撃……という所であるが、位置が悪い。巨災獣はガドルバスの負傷した右肩を狙えるように位置どっていたため、ガドルバスは攻めきれない。
 更に噛みつきへ移行しようとする巨災獣だが、寸での所でガドルバスはタックルを行い、これを防ぎ、距離を稼ぐ。
 だがやはり、追撃は出来ない。
 見れば、ガドルバスはわずかに息を荒げていた。肩から流れ落ちる血は止まっていたが、けれど相応に体力を消耗したのだろう。
 あるいは……老化も、理由に入るのかもしれない。
 ガドルバスは、明らかに万全の状態ではなかった。もしかすれば、肩の負傷がなくとも……全盛期ほどの力は、出ないのかもしれない。

「キュォォォオオオオオッッ!!」

 それでもガドルバスは、鋭い眼光で敵を睨みつけた。
 老いてなお、歴戦の経験から頑強な守りを誇るガドルバスは、巨災獣を前に隙を見せない。一度距離を取り体勢が整ってしまったことで、巨災獣側にもその圧力は伝わったのだろう。
 にらみ合いは長く続いた。
 けれど数度の叫び合いの末、結局のところは、巨災獣はゆっくりとその場を後にすることになる。

 ガドルバスは、辛くも勝利した。
 だがしかし、勝利したはずのガドルバスは……

「……キュォォォ……」

 その場を、動こうとはしなかった。

 *

「動けなくなっちまったのかもな」

 カミツキを探しに来たキリサキは、神獣の状況を見てそう結論付けた。
 肩の負傷や疲れ。年老いたガドルバスにとって、その負担はあまりにも大きかったのだろう。生きてこそいるものの、ガドルバスはその場で荒い呼吸を繰り返していた。
「っつーかお前、言う事あるよな?」
「……すんませんっした」
 キリサキに促され、カミツキは頭を下げる。
 独断でパトロールに向かったこと。巨災獣と戦ったこと。
 そして……その結果、神獣ガドルバスを負傷させたこと。
「ハッキリ言って、神獣戦士としちゃあ完全にアウトだぞお前」
「……はい。槍も無くしましたし……神獣戦士失格っすよね、オレ」
「だな。……っつってもお前、辞めさせても危なっかしくてなぁ……」
 はぁ、とキリサキは溜め息を吐く。
 そもそもカミツキは、神獣嫌いの癖して、災獣と戦うためだけに神獣戦士になった男である。仮に神獣戦士を辞めさせたとして、元気になればまた勝手に災獣狩りに出てしまうかもしれない。
「あー……ったく……まーアレだ、しばらく勝手な行動は禁止。良いな?」
「……うっす」
 ぼりぼりと頭を掻いて、キリサキは結論付ける。
 とりあえず、先輩として言える事はその程度だった。もっと大きな罪状がかかるとしても、決めるのは今じゃない。
「分かってんだろうが、神獣様が巣に帰られない以上、災獣を警戒する必要がある」
「……」
「お前が招いたことだ。とりあえず一晩、神獣様をお守りしろ。……いいな?」
 キリサキに言われ、ややあってからカミツキは頷いた。
 ガドルバスが小型の災獣に襲われないよう、その身を護る。
 小型の災獣が少し噛みついた程度でどうにかなるガドルバスではないだろうが、今はそれも必要な事に思えた。

 *

 火を焚いて、カミツキは木に寄りかかりながらガドルバスを見守る。
 ガドルバスは眠っていた。キリサキは周辺を軽く見回り、災獣の接近に備えている。
 災獣が発見されれば急行することになるだろうが……
 今のところは、静かな夜だった。

(……分かんねぇ)

 けれどカミツキの心中はそうでもない。
 ガドルバスに助けられたことで、カミツキは自分の価値観を揺るがされていたのだ。
「お前、なんでオレのことは助けたんだよ」
 眠っているガドルバスには届かないだろうと思いつつ、カミツキは呟いた。
 そもそも聞こえていたとして、ガドルバスは答えてくれないだろう。神獣は、ヒトの言葉を喋りはしないのだから。
 その気持ちが言葉で理解できたなら、こんなに戸惑いもしないのだろうが。
 そう思ってしまう自分が、カミツキにはどうも情けなく思えてしまう。

 神獣戦士だったカミツキの父は、パトロールの最中に災獣と交戦した。
 そして同時に巨災獣が現れ、ガドルバスも戦いに出て。
 ガドルバスは勝利したけれど、父は……帰らぬ人となった。

 それが、当時カミツキが周囲の大人から聞いた情報の全てである。
 だから、その場で本当は何が起こったのか、カミツキは知る由もない。
 ただ、幼心に思ったのだ。神獣なら、助けられたはずなんだ……と。

「……」

 認めたくなかった、だけなのだろう。
 何かのせいにしたかった、だけなのだろう。
 心の奥底で、カミツキはその事に気が付いていた。
 それでも、カミツキにとってその怒りだけが生きる目的であり……彼をここまで強く育て上げた理由だったのだから。

「……どーすっかなぁ、これから」

 それが揺らいでしまった今、カミツキは、己がなすべきことを見失いつつあった。

 夜は更ける。
 鳥や虫の声だけが響く森の中では、もうこれ以上何も起こらないかと思えたが……

 ……明け方になると、それは現れた。
 重たい、身の毛のよだつ鳴き声と共に。

「ギュルォァアアアアッッ!!」

 一体は、ガドルバスが撃退した巨災獣。
 そしてその隣に……無数の黒い小型災獣を引き連れて、もう一体。
 後ろ足で直立するそれは、巨災獣よりも尚一回り大きな黒い獣。
 街に残された記録では、ただ一度だけしか観測されたことのない、巨災獣を超える敵。

 名を、災厄獣ギドラルド。
 翼を持つ、巨災獣の親玉である。


◇◇◇


「カミツキ! これ使え!」

 予備の槍を投げ渡され、カミツキは目前の黒い獣の群れを見る。
 ガドルバスの周囲を囲うように広がっていくそれは、近頃縄張りにやってくる災獣たち。
 見慣れた相手だが、数が……多い。
「救援は来るんスか!?」
「来る、が、正直囲われる方が速かったなこりゃ……」
 はぁ、とキリサキはため息を吐く。
 応援が到着したとて、外側からここまでたどり着くには時間がかかるだろう。
 それまでは、カミツキとキリサキ……それから、近くを見回っていた四人ほどの神獣戦士のみ。
「マズいよなぁ……」
 神獣戦士の得意技は、跳靴によって上乗せされた速度と威力だ。
 それを操るには、多少自由に動き回れるスペースが要る。
 周囲を数で埋められた状況など、そもそも想定されていない。

 ……が、そもそもの前提として。
 災獣たちが群がっているのは、誰あろう神獣ガドルバスそのものなのである。

「――キュオォォォォォッ!!」

 目を覚まし、ガドルバスは雄叫びを上げながらゆっくりと身体を起こす。
 皮膚を震わすその咆哮に、小さな災獣たちは一様にひるんだ。
 それから……ダンッ! 前脚の一撃により、ガドルバスを囲う輪の一部が潰される。
(――今だっ!)
 災獣たちの警戒がガドルバスに向いた。
 その期を狙い、カミツキは地面を強く蹴ると、跳靴のバネを発動させる。
 ザシュ! 刺突は三秒の後に災獣の一体を貫く。
 普段のカミツキならばそれからすぐに別の災獣を刺しに行ったが……
(速さが足んねぇ……!)
 木々を利用し威力を増す事が、相手の数ゆえに難しい。
 結果、災獣の頭部を蹴りつける事で、一撃離脱。距離を取りながら、跳ね続ける事で速度と威力を溜める。

 ガドルバスは、そんなカミツキの動きをチラと横目で見、そのまま直進する。
 前方には、昨日倒し損ねた巨災獣と……厄災獣ギドラルド。
 ガドルバスが臨戦態勢に入ったと理解したギドラルドは、バサバサと巨大な翼をはためかせる。あまりにも巨大な身体はまともに浮くと思えなかったが、竜巻のような強風を生みながら、ギドラルドの翼は確かに彼を浮遊させる。
 最初に飛び出したのは、巨災獣である。
 昨日の雪辱を晴らさんとばかりに飛び掛かる巨災獣に、ガドルバスは対抗するように地を蹴り、突撃する。
 巨大な身体同士がぶつかり合い、ぼぅんと低く音が鳴る。

「アイツ、もう動けんのか……!?」

 戦い始めたガドルバスを見て、カミツキは驚き目を見開く。
 昨日は肩の負傷でまともに動けてはいなかった。その傷も、完全に治っているわけじゃなかろうが……
「動かなかったのは、戦う事を想定してからかも……なッ!」
 キリサキが言いながら、槍の穂先を災獣に叩きつける。
 ガギンッ! 力任せの一撃は、災獣の頭骨を砕き地に押し付けた。
 キリサキは跳靴で走りはしない。ただ高く跳躍しながら、体重を乗せた一撃を放つ。
 それは跳ね回るには自重の重いキリサキの体躯に合わせた戦術だが、ギドラルドの翼によって風の吹き荒れる今この場では、最も安定して見える戦闘方でもある。
 無論、それを真似るカミツキではないが。
 木々を利用しづらい分、カミツキは短い距離を跳ね走ることで跳靴の力を溜めていく。
 風によって砂が巻き上げられ、カミツキ自身の体も大きくよろめいてしまうが、それは己の体幹で無理に従える。
 否。従えなくてはならない。まだ若く成長途中のカミツキの体では、キリサキと同じ手では威力に劣ってしまうのだ。
 ずざ、と音を立てながら、着地と同時に身体を捻り、標的に狙いを定め……ダンッ!
 弾丸のように飛び出したカミツキは、災獣の首を貫くと、勢いのまま蹴りで槍を引き抜き、また離脱。
 チラとみると、災獣の動きは二つに別れつつあった。
 邪魔をする神獣戦士を狙うもの。
 引き続きガドルバスを狙うもの。
 瞬間、カミツキは迷う。自分が優先して貫くべきは、どちらか?

「カミツキィ! お前はまだ神獣戦士だろうがッ!」
「っ……でも、そうしたらセンパイは!?」
「自分の身ィぐらい自分で守れんだよアホ! 先輩ナメんな!」

 災獣の顎を下から叩きつつ、キリサキは言う。
 神獣を守れ、と。災獣一体一体の攻撃など神獣には届くまいが……数と状況が、悪い。

 ぶぉんっ! ガドルバスの尾が音を立てながら、巨災獣の頭部に直撃する。
 衝撃をマトモに喰らった巨災獣は、頭から地面に叩きつけられる……が、そこですかさず、ギドラルドが空から強襲を掛ける。
 落下しつつの爪撃が、ガドルバスの表皮を削り取る。唸り、ひるんだガドルバスの足に、何体もの災獣が食らいついた。
「キュォァッ……!」
 動きが鈍る。
 小型災獣自体はやはり、ガドルバスの敵ではない。
 それでも痛みを与え、判断力を落とす程度の力はあるし……何より、もしガドルバスが小型災獣の排除に動けば、その隙を逃す災厄獣ではないだろう。
 故に、それを。
「退きやがれってんだよォッ!」
 カミツキが貫き、落とす。
 一度に倒せる数は多くない。一体倒せば距離を取るよう心掛けねば、戦いに巻き込まれて踏み潰されるだろう。
 それでも、カミツキが小型を散らす事には大きな意味があった。

「キュオォォォォォッ!!」

 ガドルバスが、小型の存在を無視できる点である。
 再度の強襲を掛けるギドラルドだが、二度目の爪撃はガドルバスの甲殻によって弾かれた。反対にガドルバスはギドラルドの足に喰らいつき、首を使って巨災獣へと投げた。
 どぉん……っ! 激突させられた二者は体勢を崩す。四つ足の巨災獣はけれど、ギドラルドの身体を退かすと、もう一度ガドルバスに突撃をかけた。
 ガドルバスは上体を持ち上げ、真正面からそれを受け止めると、巨災獣の身体を上から抑え込んだ。
「グォァァァッ!」
 たまらず叫んだ巨災獣。その声に従うように災獣がガドルバスの元へ向かうが、ギドラルドが倒れ風の止んでいる今、カミツキも跳靴を万全の状態で振るえる。
 飛び掛からんとする小型の群れを飛び越えて、その先頭を走る一体を刺し潰すカミツキ。
 仲間の死体は災獣の足を止める。そのまま反対側まで走り、ダンっとカミツキは跳ぶ。
「足、借りるぞガドルバス!」
 そしてガドルバスの足を蹴ることで、反転。
 勢いを殺さず二体目の災獣を貫いた。仲間の戦士が見れば眉を顰めるであろう戦い方だが、ガドルバス自身は意に介さない。
 気にせずマウントを維持し続けたガドルバスは、そのまま巨災獣の首元に食らいついた。
「っしゃ、そのまま噛み潰しちまえ!」
 カミツキは叫ぶが、しかし寸での所で起き上がったギドラルドが、巨災獣を助けるために翼を振るい、ガドルバスの頭部を蹴る。
 自然、風をモロに喰らう事になったカミツキはよろめいた。
 が、小型災獣とてその風を無視できるわけではない。
 一旦距離を取り、カミツキは状況を整える。
 そして深呼吸しながら……あれ、と思い返す。

(なんでオレ、今喜んだ?)

 ガドルバスが巨災獣を倒そうとしたことに、歓喜していた。
 それは自然なことのように思えるが、カミツキにとっては異常なことである。
 無論、そもそもこの状況だ。ガドルバスに勝ってもらわねば自分達の街も滅ぶ事になる。だが、それを差し引いても……

「……なんっでだろうなぁッ……!!」

 モヤモヤした感覚を振り払うように、槍を握りなおす。
 よろめいたガドルバスは、尾でギドラルドへの反撃を狙うが、ギドラルドは高く舞い上がることでこれを回避。
 吹き飛ばされそうになりつつ、カミツキは風の間隔を掴み、翔ける。
「わっかんねぇ……けど、さぁッ!」
 紫の返り血を浴びながら、自然とその口角には、笑みが浮かび上がる。
 自覚は無かった。戦いに必死で、自分がどんな顔をしてるのかなど。
 それでもカミツキは、この土壇場で、戦いの中で、理解しつつあった。

「分かんねぇけど……分かって来たわァッ……!」

 なぜ父は戦いの中で死んだのか。
 なぜガドルバスは父を守ることなく巨災獣と戦ったのか。
 そもそもの話、カミツキは大きな勘違いをしていたのだ。

「テメェの事はまだムカつくけど! しょーがねーから……一緒に戦ってやるよォッ!」

 自分達人間は。
 神獣戦士は。
 最初から、神獣に護られるだけの存在では……ないのだ。


◇◇◇


 神獣ガドルバスは、人間と共生してくれる希少な神獣だ。

 借り物の白槍を振るいながら、カミツキはふっと思い出す。
 神獣戦士であった父が、よく自分に言って聞かせていたことを。

 我々人間は、ガドルバスの縄張りを借りることで生きている。
 縄張りの外に出れば、たちまち大量の災獣に食われてしまうから。

 白い槍の穂先が、小型災獣の心臓を突く。
 ガドルバスの抜けた牙で出来た槍は、硬い災獣の鱗を物ともしない。
 飛び掛かる災獣の爪を槍で受け、カミツキは跳靴に力を込めてバックステップ。
 跳靴に仕込まれたバネは、ガドルバスの爪を特殊な方法で加工したもの。
 身体の各部を覆う軽鎧も、剥がれ落ちたガドルバスの鱗や甲殻から出来ていて。

「だらァッ!」

 木を蹴りつけ、前に出る。
 勢いと共に尽きたされた槍は、災獣の顎を貫いて脊髄を破壊した。
 神獣戦士は、ガドルバスの力を借りる事でその戦闘力を保っている。
 カミツキは思っていた。全ては借り物だ。ガドルバスという虎の威を借りていたに過ぎない。人間はある種、ガドルバスに飼われているも同然なのだとさえ。

 けれど、その認識は誤っていた。

「っしゃオラ! 小せぇのはかなり片付いたぞ!」

 見上げ、叫ぶ、
 ガドルバスは横目でちらりとカミツキを見て、視線を敵へと戻す。
 小型の妨害が減った事で、ガドルバスは巨災獣とギドラルドに集中することが出来ていた。もしガドルバス単体で戦っていたのなら……今頃は、もう。

「次はテメェだ! テメェの番だ!」
「……キュォォォ……」

 カミツキの言葉に、ガドルバスが小さく鳴いた。
 返事をしたのか、偶然か、図る術をカミツキは持たない。
 それでも、もしガドルバスの方も、人間たちと同じように思っているのなら……

「キュオォォォォォッ!」

 ガドルバスが雄叫びを上げる。
 真っ先に動いたのは、上空を飛行するギドラルドだ。
 ガドルバスの背に着地して、踏み潰すように体重をかける。
 ガドルバスはけれど、屈しない。身体を地面すれすれまで押し込まれながら、それでも四つの足で踏ん張って、ギドラルドを跳ねのける。
 同時に、突撃してきていた巨災獣に、強靭な尾を叩きつける。
 ばちんっ! 音と共にふらついた巨災獣に、追い打ちをかけようと走るガドルバス。
 だがそれをギドラルドは許さない。翼を振るいながら跳ぶことで、ガドルバスの前へ躍り出ると共に、爪撃。紫の血が飛び散り、ガドルバスがよろめいた。

「っ、目を……!?」

 ギドラルドの爪は、ガドルバスの右目を潰してしまった。
 ふぅぅと深く息を吐きながら、身を低くして警戒するガドルバス。
 ボタボタと垂れる血が木々の枝をしならせ、独特の錆ついた匂いが周囲に立ち込める。
 小型の妨害は排除した。
 それでもなお攻めきれないのは、巨災獣をカバーするギドラルドの存在が大きい。
 厄災獣と呼ばれるそれは、通常の巨災獣にはない翼を持ち、故に恐れられていた。
 普段は神獣を警戒し縄張りに入っては来ないから、ガドルバスにとっても、交戦経験の少ない相手だろう。

(……どう、する?)

 カミツキは考える。
 巨災獣たちとの戦いは、あくまでもガドルバスの領域だ。
 かなり数を減らしたとはいえ、小型災獣はまだ残っている。
 どうするもこうするも、引き続き小型を潰して援護とするのが一番妥当かつ、足を引っ張らない策だと、カミツキは理解している。
 それでも、惑った。
 傷つき、衰えたガドルバスが……このまま、二体の災獣を相手に勝てるかどうか、カミツキには分からなかったから。

「カミツキィ! 無事かお前!」
「センパイっ!? あれ、他の災獣はどしたんスか!?」
「援護が来た! んで何人かはこっちまで来てる。残りは街の方だ」

 短く伝えながら、駆け寄るキリサキがガドルバスを見上げ、眉を寄せる。
「神獣様、苦戦してるな」
「……羽の奴がかなりジャマっぽいッス」
「あー……神獣様四つ足だからなァ」
 言いながら、キリサキは近寄る災獣の頭部を叩き潰す。
 息は乱れていたが、体力はまだ余裕があるらしい。やはり先輩も歴戦の戦士だな、と思いながら、カミツキはしばし言葉に迷う。
「……オレ、ちょっと分かったんスよ、今更だけど」
 神獣との共生の意味。父が死んだ理由。
 納得しきれたわけでも、満足出来たわけでもないのだけれど。

「オレ、アイツにやられて欲しくねぇッスわ」

 そう思える程度には、なっていた。
 キリサキはカミツキの言葉に、少し驚いたように頷いて……
「……で?」
 間を置いて、問い返す。
 まさか聞き返されると思っていなかったカミツキは、目を丸くしてキリサキの顔を見た。
「いや。お前が立派な神獣戦士になってくれて、オレは嬉しいぜ。……で、そうなったお前はこれからどうする? 何がしたい?」
 キリサキに真正面から問われて、カミツキは戸惑う。
 カミツキの中から、以前のような怒りは抜けていた。
 何が何でも自分たちの手で災獣を倒すべきだと、少し前までのように断言することは出来なくなっていて。
 それでも。息を乱し、血を流しながら戦うガドルバスの姿を見て、カミツキは思う。
「……やっぱ、アレっすね」
「アレか。ま、そうでなきゃオレも調子狂うんだよなぁ」
 言いながら、キリサキはぼりぼりと頭を掻き、槍を握りなおす。
「んじゃ、こっちは先輩に任せな。他の神獣戦士たちもすぐ助けに来る。心配はいらねぇ。お前はお前の好きなように……」
「……厄災獣、ブッ潰します!」
 キリサキが言い終わる前に、カミツキは跳靴を踏み付け走り始める。
 瞬く間に森の奥へ消えていく後輩の姿に、キリサキは苦笑した。

「最後まで言わせろってんだよ、アホ」

 *

 神獣と人間は、共に戦う仲間だ。
 だからまぁ、頼り頼られるのも悪くない。
 悪くはないが……それは、それ。

「人間の相手が小型だけとか、ンなルールはねぇハズだよなァッ!」

 カミツキが向かうのは、昨日大弓をセットしたエリア。
 目印は付けてあるから、大体の場所は分かっている。
 問題があるとすれば、撃ち出せる弾が借り物の大槍程度しかないことか。
(チャンスは一発!)
 外せばそこでお終いだ。準備していた武装は大体無くなってしまっているし、本当に出来る事が無くなる。……それでも、あのままジリジリと削られるのを見ているよりは良い。
 カミツキは大弓を発見し、軽く状態を点検してから、狙いを定める。

 ガドルバスは、相変わらず苦戦していた。
 対処はギリギリ出来ていないことも無い。致命傷を避けるだけの余裕はある。
 それでも、攻められない。ギドラルドは攻め込めば空に逃げるし、巨災獣を狙えばギドラルドの援護攻撃が飛んでくる。
 反撃がしづらいまま、少しずつダメージが蓄積している。体力も消耗し、戦い始めに比べて動きも鈍って来た。

「キュオォォォォォッ!!」

 それでも、ガドルバスは地を蹴り、懸命に隙をついて反撃を狙っている。
 パワーで言えば巨災獣や厄災獣よりもガドルバスの方が断然上だ。チャンスさえ掴めれば、いかようにも逆転できるだろう。
 だから、狙う。
 戦いの最中、落ち着きなく高鳴る心臓を深呼吸で冷やしつつ、カミツキは大弓に槍を番えた。……狙う相手は、巨災獣ギドラルド。

「ギュルォァアアアアッッ!!」

 だがその動きは変幻自在であり、落ち着きがない。
 撃って、着弾するまでの間に位置がブレるだろう。そうなっては意味がない。
 焦るな、とカミツキは自分に言い聞かせた。槍を撃つのは何のためだ。自分の考えが正しいと証明するため? 違うよな。アイツと一緒に戦うためだ。
 ……なら、今はアイツを信じよう。
 カミツキは手の震えを抑えながら、じっとガドルバスの戦いを見る。

 巨神獣を払いのけ、噛みつこうとするガドルバス。
 けれどやはり、それをギドラルドが邪魔をする。翼をはためかせ、見えない右から蹴りを入れようとするギドラルド。死角を利用した一撃は、けれどだからこそ、ガドルバスの警戒の範囲であった。
「キュオォッッ!!」
 半歩下がり、爪で切り裂かんとするガドルバス。
 だが空を飛べるギドラルドは、当然翼を振るい上空に逃げた。

 そこへ。


 白槍が、飛ぶ。

「っしゃ、命中ゥッ!」
「ギュルォァアッッ!?」

 音も無く、白い穂先がギドラルドの翼を貫いた。
 小さな穴は、それだけでは飛行能力を奪うに足りない。
 だがそこから発生した痛みは、驚きは、ギドラルドの高度を僅かに下げるには十分で。
 それだけの隙があれば……ガドルバスが牙を喰い込ませるのに、何の不足も無かった。
「キュォォォッ!」
 雄たけび、食らいつく。
 同時に地上に引きずり降ろされたギドラルドは、身体を強打し鈍い音を立てる。
 そのまま後ろ足を噛み潰すガドルバス。バギンとやけに軽快に響く音は、ギドラルドの骨の軽さを物語る。
 足を砕かれ、翼を負傷したギドラルドは、すぐに飛び立つ事など出来はしない。
 力を失ったそれを、ガドルバスは巨災獣へと投げつけ、叩きつける。
「グルォァッ……!?」
 視界を奪い、動きを封じた。
 たとえ一瞬の事でも、神獣を相手にその隙を晒す事が何を意味するか、理解の出来ない災獣たちではない。

 断末魔は、上がらなかった。
 地を蹴り跳んだガドルバスが二体の首骨を砕くのに、それほどの時間は掛らなかったから。

「キュォォォォォォォォッ……!!」

 代わりに上がったのは、ガドルバスによる勝鬨と。

「よっ……っっしゃぁぁぁあぁぁぁぁあああァッッ!!」

 数多の神獣戦士による、歓声。

 けれど、人々が神獣ガドルバスの鳴き声を聞いたのは……

 ……それが、最後となってしまった。


◇◇◇



 神獣ガドルバスは死んだ。
 戦いの末、勝利と共に命を終えた。
 それが傷によるものか寿命によるものかは判然としない。
 カミツキの行動が命を削ったのか伸ばしたのかも、分からない。

 ガドルバスの町は密かにその効力を失った。
 時間が経てば、それを知った災獣たちが群れを成して襲い来るだろう。
 多くの者は恐れ嘆いたし、他の神獣都市へ危険な旅をするという者もいた。

 けれど、この街にも希望は残されていた。

「センパイ! こいつそろそろ狩りに連れてきましょうよ!」
「あー……良いかもな。つってもお前、今はまだ戦わせんなよ?」
「わーってますよ! 見せるだけ! 見せなきゃ何も分かんねぇんスから」

 神獣ガドルバスの亡骸から、その生き物は発見された。
 おそらくはガドルバスに関係するものなのだろうが……神獣の生態を完全に把握しているものがいない以上、それが何なのかは断言できない。

「キュルル……?」

 けれどその四つ足と、未発達ながら硬い甲殻を見れば……誰でも、理解できるだろう。

「んじゃ、オレたちの戦い方を教えてやるからな……ガドルバス!」

 この獣は、きっとガドルバスの幼体なのだと。
 彼が成長するまで共に生きることが出来れば、あるいはまだ……この街も、神獣との共生関係を続けていけるかもしれない。

 困難な道ではあれど、カミツキは悲観していなかった。

 この街は、神獣と共に生きていく。
 その関係性は、今までも、これからも、変わりはしないのだから。


【終わり】

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