彼らの帰路は霧の向こうに消えた
その病による帰宅困難者は年々と増加を続け、遂には百万人を超える人々が自宅に帰る事が出来なくなった。
病状はただ一つ。
帰るべき所へ、帰れない。
自宅へ戻ろうとしても道を忘れる。確かめていても足が逆を行く。
強制的に家へ連れ帰ろうとしても、不思議と同行人も迷ってしまう。
原因は不明で、治療法も不明だ。
だから今夜も人々は家へ帰る事が出来ず、安ホテルやマンガ喫茶で夜を明かしている。需要が急増した仮宿は、それぞれにサービスや値段を競争し合い、今では自宅に帰るよりずっと過ごしやすいと言う者さえいる。
だがその場所を帰る場所だと思えば、やはりもう二度と再び帰る事は出来ない。
家と呼ばれることよりも、帰る場所であることの方がその病には重要だから。
帰路消失病。
多くの人々が迷子になり、彷徨い歩く不治の病。
今夜も誰かが帰り道を忘れ、見知らぬ床で体を丸める。
『この場所』は、彷徨い歩く彼らの止まり木の一つ、だった。
【続く】
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