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【小説】ブルーム・フェザー #3

#2


「白城先輩、よろしくお願いします」
「えぇ、いい勝負にしましょう」

 一週間後。
 わたしと白城先輩は、屋上で向かい合った。
 先輩の白い手袋には、同じく白い翼を持つブルームフェザー、アマナが止まっている。
「チコ、始めるよ」
『ピュイッ!』
 わたしは明石さんから借りたグローブを着けて、肩のチコに呼びかけた。
 チコはぱたたと羽ばたいて、わたしの目の前で『ピュィィ』と相手を威嚇する。

「練習は、充分に出来ましたか?」
「充分かは分からないですけど……明石さんには、助けてもらいました」
「……そう。なら良かった」

 わたしが答えると、白城先輩は微笑んで、ちらりと横目で明石さんを見る。
 明石さんは、屋上の入り口の所で、飾利先輩と共にわたしたちを見守っている。
(いっぱい付き合ってもらったし)
 勝ちたい、と思う。チコを引き取ってもらうためだけじゃなくて、今日まで毎日のように練習に付き合ってくれた、明石さんに報いるためにも。
(まぁ、最後まで明石さんは『無理だ』って言ってたけど)
 勝てると、信じてくれてはいない。でも、だからって手を抜くのは、明石さんの努力を無駄にするみたいで失礼だ。

「では、始める前にミネルヴァを呼びましょうか」
「ミネルヴァ?」
「正式な試合をする時に呼ぶ、専用の審判フェザーです」

 先輩が「お願いね」というと、アマナが大きく翼を広げて、高く高く飛び上がった。
『ピュゥー、ピュゥー!』
 そしてアマナは上空で旋回しつつ、セキレイのような鳴き声を響かせる。
 それから、ややあって。

『ホゥー、ホゥー』

 西の空から、低く響く鳴き声と共に、一羽のブルームフェザー。
「あ、フクロウだ」
 チコやアマナよりもずっと大きな体を持つ、オリーブ色の鳥。
 それは、フクロウ型のブルームフェザーだった。
 ミネルヴァと呼ばれたフクロウは、屋上のフェンスにガシンとつかまり、機械の両眼でわたしたちのブルームフェザーをじっと見つめる。
「ミネルヴァにはスキャンの機能が付いていて、不正改造などがあれば発見できるんです」
 チコさんは大丈夫だと思いますが、念のためですねと白城先輩は言う。
『ホゥー、ホゥー』
 しばらく二匹を観察していたミネルヴァは、先ほどと変わらない鳴き声で鳴きながら、ふわりと翼を広げる。
「どうやら問題はないようですね。これで安心して勝負を始められます」
「これって、スキャンするだけですか?」
「いいえ。試合ルールの同期や、映像の記録。希望すれば配信も行ってくれるんですよ」
「へぇ……多機能なんですねぇ」
 だから普通のブルームフェザーより大きいのかな。

「それよりも、蒼崎さん。準備はよろしいですか?」
 白城先輩はそう言って、手袋をした長い指を翻す。

 ――フェザーデュエルの前には、定番の動作があって……

 明石さんに言われた言葉を思い返す。
『翼を操るこの手のひらには、何の隠し事もない』。どこか気取って見えるこの仕草には、戦いに挑むプレイヤー同士の、誇りと公平さを示すのだ、という。
 白城先輩の手の平には、余計なものは何もない。
 わたしはそれを確認して、同じように手を返す。

「はい。始めましょう」

 指先が互いを向き、視線が交錯した。
 この瞬間の緊張に、わたしは未だに慣れていない。
 きっとこれを最後に、もう味わうことの無い緊張。
(最初で、最後だ)
 わたしが真剣にブルームフェザーで遊ぶのは、これっきり。
 勝って、終わらせる。そう心に誓って、わたしは試合開始の宣言を口にする。

「行って、チコ!」
「羽ばたきましょう、アマナ」
「――フェザー・デュエル!」

 わたしと白城先輩の声が重なるのと、ほとんど同時。
 アマナが真っ直ぐに突っ込んできた。……速い!
「チコ、避けて!」
 小指と親指を広げて、羽ばたく仕草をしながら手を引いた。
 チコは後ろに引きながら上昇。尾の下をアマナのクチバシがかすめる。
 どうにか最初の攻撃はよけられた。でも、油断は出来ない。
 攻撃をかわされたアマナは、その場ですぐに旋回、チコの背後を取る。
「アマナ、スピン」
『ピピッ!』
 白城先輩も小指と親指を広げて、手を右に傾けた。
 指示を受けたアマナは、羽根を大きく広げて、勢いよく体を回転。
 チコに距離を取らせようとわたしは指を揃え、前に出すも、少し遅い。
 ぱきっ。アマナの羽根の先がチコの尾を叩き、チコはぐらりと体勢を崩した。
(すごく、速いっ!)
 冷汗が背中を伝う。明石さんによると、チコもアマナも、速度に大した差はないらしい。平均的な速度設定。それでもアマナが強いのは、白城さんの操作技術が高いからだ。
「そこです、アマナ」
 白城先輩が指先を一点にまとめる。
 クチバシを操作する時の形だ。ってことは、強めの攻撃が来る!
(話には聞いてたけど……)
 白城先輩とアマナの特徴は、その攻撃の連続性にあるという。
 よく磨かれたダンスを踊るように、滑らかで淀みがない。
 気を抜けばすぐにペースを握られて、対抗する間もなくやられてしまう。

(本当に……明石さんの言ってた通りだっ!)

 だから、まずは焦らないこと。
 相手の攻撃を見極めて、リズムを理解する。
「チコ、足を使って!」
 わたしはぐわっと手を広げた。
 空中でバランスを整えるチコは、言葉とグローブに従って両の脚の爪を開く。
 アマナのクチバシはもうすぐそこまで来ていた。アレを避けるのは難しい。
 でも、迎え撃つことは、出来るっ!
「蹴って、チコ!」
『ピュイィ!』
 迫るクチバシを、チコの脚の爪で受け止める。
 ぱきんっ! 軽い音が鳴って、チコの身体はフッ飛ばされた。
「むぅ、重いっ……」
「……えぇ。けれどダメージはこちらの方が上、ですね」
 微笑んで、白城先輩はちらりとフェンス上のミネルヴァを見る。
 ミネルヴァの広げた翼の中には、チコとアマナの体力ゲージが映し出されていた。
 チコのゲージは、スピンとクチバシで少しずつ削れてる。でもアマナのゲージも、さっきの蹴りで削れていた。つまり、差し引きではこっちの勝ち!
「っていうか、アマナの体力ゲージ少なくないですか!?」
 アマナのゲージは、こちらの三分の一程度しかなかった。
 それを指摘すると、「ハンディですよ」と白城先輩は答える。
「これを削り切れれば、蒼崎さんの勝ちです」
「……なるほど」
 言い換えれば、こっちの体力はアマナの三倍はある。
 さっきみたく、差し引きプラスの攻防を繰り広げられれば……
「では、続けましょう」
 考える間もなく、白城先輩は指を動かした。
 揃えて、上昇。アマナは高く舞い上がる。
(飛行高度には、制限がある……)
 試合中、ブルームフェザーが飛んでいいのは、床から7メートルの高さまでだ。
 ミネルヴァが審判を務めている中、この高さは絶対に超えられない。
 それでもアマナは、限界まで上昇を続けた。なんの為に?
「……っ、チコ!」
 マズい、と思ってわたしは指を揃える。
 旋回、いや距離だ。チコの向きを変え、速度を上げる。
「それではダメですね。動きが単調です」
 だけどそれは失敗だった。アマナに背を向ける格好になったチコ。アマナは空高くからその背を狙っていた。アマナを下降させると同時に、白城先輩は指を一点にまとめる。
「上から下への攻撃が、最も速くて重いのです」
 言葉の通り、落下と共に繰り出される攻撃は、これまでの比ではない速さだった。
 もちろん、こっちも逃げてる。でも白城先輩は、チコの移動も計算に入れて角度を調整していた。上からの攻撃だから、さっきみたく爪で止める事も出来ない。
「チコ、止まって!」
「無駄です、その速度で飛んでいればもう……」
 親指と小指を広げて、羽ばたかせながら引く。最初と同じ動き。
 でも、チコの動きはすぐには止まらない。勢いが強すぎたんだ。遅くはなったけど、後ろに引く前にアマナのクチバシはすぐそこまで迫ってきていた。

「お願い、チコッ!」
『……ピュィィィィッ!!』

 思わず叫ぶと、チコも高く声を響かせた。
 羽ばたきは一層力を増す。けれどアマナの落下地点は修正済みで、このままだと頭上に直撃だ。ぎり、と歯を食いしばる。間に合え、間に合え、間に合え!
『ピィィィッ!』
「っ……!?」
 ふわっ。その時、チコの身体がほんの少し後退した。
 ぶわりとその真正面を、アマナのボディが通過していく。
 避け、きれた! 慣性を乗り越えて後ろに飛んだチコは、そのまま空中を一回転。
「まさか、間に合うなんて……」
「信じてたよ、チコ! やっぱりこれも、明石さんの言う通りだった!」
「どういうことです?」
「明石さんが教えてくれたんだ。チコは内蔵されてるモーターの数が多いから……」
 この戦いまでの一週間。
 明石さんのパンジーと練習試合を繰り返す中、明石さんはチコのある特徴に気が付いた。
 チコのモーターは、市販品より数が多いのだ。
 機体全体のパワーは市販品と変わらないけど、動き方によっては他のフェザーに比べて少しだけ早いらしい、って。
「後ろ飛び、旋回、脚の爪! 細かい動きなら、チコは他のフェザーに負けない!」
「なるほど、それがチコさんの強みですか……」
「んでもって、今なら……!」
 落下の勢いが残ってるアマナは、すぐには上昇出来ない。
 反対に、こっちはアマナの上を取ってる。
「上から下への攻撃が、最も速くて重い……ですよねっ!?」
 チコは翼を広げ、ぐわりと体を回転させた。
 回転は落ちる時の風の抵抗を弱めてくれる。
 これは、明石さんに教わった技の応用だ。
 わたしは指を一点に集中させて、地面に向けて振り下ろす。

「チコ! スピンスピア・フォール!」
『ピッ! ピィィッ!』

 チコの雄たけびが響き渡り、そのクチバシはアマナの上部を捉えた。
「いけない、アマナ!」
 とっさに白城先輩はアマナの翼を振って、クチバシを弾こうとする。
 ……きぃんっ!
 激しい音が鳴って、チコの身体が吹っ飛ばされる。
(ダメージはっ……!?)
 ミネルヴァに目を向ける。アマナの反撃は、チコに重いダメージを与えていた。
 でも、それ以上にアマナのダメージは大きい。残るゲージはあとわずかだ。
(あと一撃入れれば……)
 削り切って、勝てる。
 チコとお別れが出来る。
「……っ、チコっ」
『ピッ!』
 わたしの呼びかけに、チコは勇猛な声で応えた。
 勝とうとしている。きっとチコは本気で。
 でもチコは……この勝負の意味を、どこまで理解しているんだろうか?
(いや、何考えてんだわたし!?)
 こんなことを考えるなんて、まるで……

「躊躇いは、命取りですよ」

 一瞬指示が遅れたのを、白城先輩は見逃さなかった。
 アマナは体勢を取り戻し、ぶわり。羽根の先でチコの身体を弾く。
 じり、とゲージが削れた。チコのバランスが崩れた所で、アマナは空中で一回転し、更に爪の一撃を食らわせに来る。
「避けてっ!」
 手を左に回して、体を傾け避けさせる。
 ちり、と爪の先がチコの身体をかすめた。
 危ない。もし今のが当たっていたら、かなりのダメージだっただろう。
「蒼崎さん。それでは勝てませんよ」
「っ、まだまだ! 体力はこっちの方が多いですし、そっちはもうギリギリで……」
「体力など、飛べるなら問題になりません。けれどあなたの心は、飛べていない」
「意味わかんないですよっ!」
 スピンスピアでアマナを攻撃するが、クチバシは軽くかわされてしまった。
 反対に、攻撃後の隙を突いてもう一度アマナの翼がチコを打つ。
『ピィッ……』
 チコが短く悲鳴を上げた。
 見れば、さっきまで優勢だった体力ゲージも、もうほとんど残ってない。
(なんで……)
 さっきまでは勝てそうだったのに!
 勝負を焦り過ぎた? 違う。むしろわたしは、攻めるのに躊躇した。

「……勝ちたいと、思いますか?」
「と、当然じゃないですかっ!」
「勝てばその子と離れ離れになるのに?」
「関係ないですっ! そのためにわたしはここまで……」

 練習を積んだ。明石さんと、明石さんのパンジーに手伝ってもらって。
 ブルームフェザーの操り方を教えてもらって、戦い方を教えてもらって。
 関わりたくないと思っていたブルームフェザーに、深く関わってしまった。

「もう見たくないんですよ……お母さんの作ったものなんて!」
「……。それがあなたの本心なら、どうして攻撃できなかったんでしょうね」
「っっ……」

 言葉に詰まる。本当はもう分かっていた。
 勝ちたく、ないんだ。心のどこかで、チコとお別れするのが嫌になってる自分がいる。
 でもそんなの。ここまでしてもらって。そもそもお母さんの作ったおもちゃなんて。

「本当に要らないものなら、とっくに捨てられたはずでしょう?」

 白城部長の言葉が、胸に刺さる。
 そうだ。そのための時間はいくらでもあった。他の引き取り手を探すのでも、売るのでも、もしくは捨ててしまうのでも……要らないのなら、なんでも良かったはずなのに。
「でもそれは、チコのために……」
「要らない、興味のないおもちゃの為に、そこまでしますか?」

 ……ああ。本当にその通りだ。

 わたしはずっと、自分にウソを吐いていた。
「……チコ。チコは、勝ちたい?」
『ピッ……?』
「わたし分かんないよ。勝ちたいのに、勝つのが嫌。どうしていいか分かんない」
『ピッ……!』
 答えが出せなくて、わたしはチコに叫んだ。
 するとチコは短く鳴いて、指示もしていないのにわたしの傍まで飛んでくる。
『……ピィ?』
 そしてわたしの指先に止まって、首をかしげてわたしを見上げた。
 心配、してくれているのかな。そんな気持ち、この子にあるのかな。
「わたし、チコのことも分かんないや……」
 分からないことだらけだ。ブルームフェザーのことも、チコのことも、お母さんのことも。……どうしてチコがお母さんの字が書かれたカードを持っていたのか、も。
「分からないなら、まだ答えを出す必要はないでしょう」
 わけがわからなくなってしまったわたしに、白城部長は優しい声でそう言った。
 でも、じゃあ、今わたしは、何をすればいいんだろう。

「あなたが勝てば、チコさんは引き取ります。けれどそれは、今じゃなくてもいい」
「……今じゃ、なくても?」
「あなたが本気で納得して決めた時、決めればいいのです。だから……」

 前を向きなさい、と部長は言った。
 背筋を正して、手を伸ばせと。
 この戦いはまだ、終わってはいないのだから。

「……。勝っても、まだ渡さなくていいんですね」
「えぇ。元々、すぐにという条件はついていませんしね」
「わかり、ました。それなら……」

 深呼吸して、指先のチコに目を向ける。
 チコはじっとわたしの目を見つめて、それから小さく『ピッ』と鳴いた。

 どうしても勝たなきゃいけない理由は、もう何もなかった。
 だからこそ、わたしはチコを空に飛ばす。
 目的も、答えも、何もかも後回しにして、最後に残ったのがこの想いだけだから。

(勝ちたい)

 明石さんや白城先輩に教えてもらって、分かった。
 この戦いは。フェザーデュエルは。……めちゃくちゃ、面白いんだって。

「勝とう、チコ」
『ピィィー!』

 チコの雄叫びと共に、勝負は再開した。
 わたしはチコを真っ直ぐに飛ばして、アマナへと接近させる。
 けれどそれを許す白城先輩じゃない。ふわりと手を上げて、アマナを上昇させた。
 自然、チコは上を取られる。このままじゃ、また攻撃をくらうだけ。
「それはもう、身に沁みたのでっ!」
 ぶわりと腕を回す。チコは旋回し、アマナの斜め後ろをキープ。
 これならすぐには攻撃できない。尾を追いかけるように上昇させると、アマナも逃げるように前へ飛ぶ。……競争だ。飛行機みたいな軌跡を描いて、二匹のブルームフェザーは空を駆け巡る。
「よくついてきますね」
「それくらいはっ!」
「では、これなら?」
 言って、白城先輩が指先を空に向ける。合わせて、アマナが空中を一回転。追っていたはずのチコが一転、追われる側になってしまった。
「でも、小回りはこっちが上!」
 ぎゅんっ、とその場で旋回し、チコはアマナに向き合う。
 そのままスピンして、羽根での攻撃を狙うけど……すかっ。アマナは高度を下げてこれをあっさり避けてしまう。
 やっぱり、白城先輩とアマナは強い。明石さんの言う通りだ。
 心臓がバクバク鳴っている。わたしの意識はチコとアマナ、そして白城さんの三点に向けられて、それ以外のものはほとんど見えていない。
 そして青い空の下で飛ぶチコを見て、思うのだ。
 まるで、わたし自身が空を飛んでいるみたいな気持ちだ、と。
 それは錯覚だ。わたしは立って指示を伝えているだけ。けれどその指示が通じれば通じるほど、わたしの意識はチコと一つになるような気がする。
「チコっ! いけるよね!?」
『ピィィッ!』
「いいえ、もうおしまいです。……アマナッ!」
『ピュゥゥゥゥッ!』
 ぎゅおん、とアマナは急旋回。チコの尾に狙いを定めて、上昇しながら飛翔する。
「スピンスピアです!」
 白城先輩が、細長い指を突き出した。アマナは回転し、風の抵抗を消しながら慣性でチコへと向かってくる。速度は速い。多分このままだと、追い付かれる。
「それを狙ってたんですよぉッ!」
「なっ……!?」
 白城先輩の攻めは、素早くて隙が無い。
 ただ避けるだけでも大変だけど、それじゃあペースを握られるだけ。
 最初に確認した通りだ。今のわたしに、試合の流れを握る力はない。でも。
『ピィィィイィィッ!』
 ぶわっ。チコは大きく羽ばたいて、頭一つ分高度を上げる。
 その高さじゃあ、攻撃はかわせない。チコも、アマナも。

「蹴り飛ばせ! カウンタークロー!」

 チコは頭を下げ、体を前に傾けた。
 持ち上がった下半身。爪の先は、飛翔するアマナのクチバシと交差する。
 がちんっ! 右の爪とクチバシの攻撃がかち合った。
 相討ち。ダメージはまだ。このままだと吹っ飛ばされる。でもその前に。
「もう、一撃っ!」
 ぐわりと曲げた指を、わたしは地面に振り下ろす。
 飛ばされる前の第二撃は、アマナの頭部に直撃して。
『ピュッ……』
 短い鳴き声と共に、アマナの力が抜ける。
 チコの動きもまた同時に鈍って、両者はひゅうっと落下していく。
 そして……かしゃん。アマナが墜落し、チコもまた床に転がった。
「……えっと、これは……」
 ミネルヴァの方を見る。
 体力ゲージは、どちらもゼロになっている。勝敗は……

『ホッホゥ、ホッホゥ!』

 ばさり! 戸惑っていると、ミネルヴァは一度翼を畳み、左の翼だけを再び広げた。
 ……わたしとチコの側の翼だ。ってことは……
「体力はほぼ同時に尽きました。けれどより長く空にいたのは、チコさんでしたね」
 ふぅ、と息を吐きながら、白城先輩が解説してくれた。
「おめでとうございます、蒼崎さん。いい戦いでした」

「……やっ……やったぁぁぁっっ!!」

 勝った! 勝った! 勝てた!
 思わず叫んでしまいながら、わたしは倒れたチコに駆け寄る。

「やったよチコ、勝てた! おつかれさま!」
『ピィィーっ』
 わたしが手を伸ばすと、チコは楽しそうな声を上げながら手の平に乗る。
 ケガがないかと体中を見てみるけど、チコにはキズ一つついていなかった。
「ブルームフェザーは頑丈なんですよ。ちょっとやそっとじゃ壊れません」
「そうなんだ……凄いんだね、チコ」
『ピィー』
 チコは自慢げな声で鳴いて、すり、とわたしの指に頭を擦り付けた。
 撫でてほしいのかな。そう思って指で頭を触ると、チコは気持ちよさげに小さく鳴く。
「蒼崎さんっ! すごい、まさか勝てるなんて!」
「明石さん! ギリギリだったけどね。……明石さんが色々教えてくれたおかげだよ」
 ありがとう、と明石さんに伝えると、もじもじして「そんなことないですよ」という。
「蒼崎さんとチコちゃんがすごかったんです。うちは何も……」
「うぅん。明石さんが白城先輩の戦い方とか、チコの特徴とか教えてくれなかったら、多分全く手が出せなかったと思う」
 ただルールや操作方法を教えてくれただけじゃ、こうはならなかった。
 明石さんの知識のおかげだと話すと、そうですよ、と白城先輩も声を上げる。
「もっと自分を誇ってください、明石さん。あなたの力がこの勝利を導いたのですから」
「うぅ、部長……」
 白城先輩の言葉を聞いて、明石さんは目に涙を浮かべた。
 どうやら白城先輩が明石さんをサポートに付けたのは、彼女に自信を付けさせるため、という意味合いもあったらしい。
(なら、なおさら勝てて良かったかな)
 最後は自分の気持ちだけだったけど、結果として得られるものもあった。
 安心したわたしは気が抜けて、そのまま床にへたり込んでしまう。
「おや、大丈夫?」
「いや、なんか、疲れちゃって……」
「真剣勝負のあとは、そういうものだよねぇ」
 立てなくなったわたしを心配して、飾利先輩が声を掛けてくれる。
「ありがとうね、ツバサちゃん」
「えっと、何がですか?」
「アカリちゃんのこと。私も部長も心配してたからさ」
 飾利先輩は、そういってわたしに微笑みかける。
 わたしが勝手なお願いをした立場だったはずなのに、なんだか不思議な気分だ。
「仲、いいんですね。フェザー部」
「うん。もしよかったら、ツバサちゃんも入らない?」
「えっと、それは……」
 さらりと誘われて、わたしは返事に困ってしまう。
 確かにわたしは、チコの事が好きになっていた。フェザーデュエルも楽しかった。
 それでも、整理しきれない気持ちは心の中に残っている。
(……いや。そうじゃないな)
 だからこそ、わたしはこの気持ちに答えを見つけなきゃいけない、気がする。
「白城先輩。飾利先輩。明石さん」
 わたしは立ち上がって、三人に向き合い、話す。

「わたしを、フェザー部に入れてください」

【続く】




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