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デジタルツイン技術による製品開発の加速

Cambridge Consultants社のDan Cowen氏、Sebastian White氏、Anthony Robinson氏が、開発プログラムの複数の段階にわたって、デジタルツインがもたらすドラッグデリバリーデバイス設計における価値について説明します。


「デジタルツイン」という言葉は、どこでも耳にするようになりました。
インダストリー4.0を実現する技術*¹であったり、次世代の自治体制御システム*²の背後にある概念、あるいはパーソナライズされた治療を提供するために使用される人間の心臓の仮想表現*³であれ、とにかくとんでもない技術です。
しかし同時にこの用語がさまざまな意味で用いられれてしまうため、混乱を招く可能性もあります。では、デジタルツインとは実際には何を指すのでしょうか。また、医療技術、特にドラッグ・デリバリーにどのように適用できるのでしょうか。


「デジタルツインを活用することで、エンジニアや科学者は設計変更のイテレーションを効率的にまわすことができ、"in silico"(生命科学や薬学分野における研究手法を指す際の生体内(in vivo)や試験管内(in vitro)での実験に対して、コンピュータや情報技術を利用したシミュレーションやデータ解析を指す言葉)調査を実施し、KPIを最適化することができます。」


デジタルツインとは何か?

デジタルツインの概念は、2002年にJohn Vickers氏によって製品ライフサイクル管理の文脈で公式化されました。*⁴
それ以来、このアイデアはさまざまな業界や部門に適用されており*⁵、本質的には、特定の使用コンテキストで現実と区別がつかないほど十分な詳細さと範囲でシステムを記述する実物または潜在的な物理的資産のデジタル表現を指します。
一部の定義ではさらに踏み込んで、デジタルツインが現実世界の対象物からデータを取得し、リアルタイムで更新することを要求するものもあれば、他の定義ではもっと進んで、デジタルオブジェクトも物理的オブジェクトに自律的に影響を与えることができ、2つが共有された影響と環境の影響下で足並みを揃えて進化することを要求しているものもあります。

デジタルツインの分類

上記についての一部定義の矛盾を解決するために、物理オブジェクトとデジタルオブジェクト間のデータフローの性質と統合の度合いを使用して、デジタルツインの表現のレベルを分類することができます。

  • 「デジタル モデル」は、仮想の使用環境内でコンピューターによるプロトタイプ作成に使用される将来の製品のデジタル表現です。これは、少数の対象となる物理テストケースとライブラリ・データソースによって手動で情報提供および検証される、包括的なシステムレベルのマルチフィジックス・シミュレーションおよびワークフローです。大規模なプロトタイプ投資の前に、システム設計を情報提供および最適化するために使用できます。

  • 「デジタルシャドウ」は、既存の物理資産のデジタル・バージョンであり、センサー・ネットワークから物理資産のデータをほぼリアルタイムで「デジタルモデル」に転送することで、システムの現在の状態を深く理解し、変更や「what if」シナリオをロールプレイできるようにします。

  • 「デジタルツイン」は、既存の物理資産のデジタル・レプリカです。物理資産から「デジタルモデル」へのデータ転送を自動化しますが、この場合、「デジタルモデル」は生成された洞察とシナリオ探索に基づいて物理資産に指示し、物理システムのパフォーマンスを完全に自律的に向上させることができます。

さらに、デジタルツインの展開は、それが表す物理オブジェクトの種類に応じて整理できます。

  • 「デジタルツイン・プロトタイプ」は、まだ存在しない成果物を表します。したがって、完全に予測可能であり、物理資産のプロトタイプを作成するための青写真として機能します。最初はデータを共有する現実世界のシステムがないため、デジタルツイン・プロトタイプは必然的に「デジタルモデル」になります。

  • 「デジタルツイン・インスタンス」は、運用期間全体にわたってツインがリンクされたままになる単一の特定の物理的実体を表します。インスタンスは任意のレベルのツインである可能性がありますが、実体が現実世界に存在し、変更される可能性があることを考えると、「デジタルシャドウ」または完全なツインである可能性が高くなります。

  • 「デジタルツイン・アグリゲート」は、デジタルツイン・インスタンスの集合をカバーし、グローバルな動作を理解し、予想される許容範囲と経験される条件全体にわたる洞察を提供するために使用できます。

これらの分類 (図1) は、存在するデジタルツインの種類についての議論を可能にするフレームワークを提供しますが、どれが「真の」デジタルツインを構成するかについては依然として議論が続いています。

図1: 物理資産とデジタル資産間のデータの流れを示すデジタルツインの種類。

「デジタルツインは、提供するデータの範囲と豊富さにおいて大きな利益をもたらし、開発時間と労力を大幅に短縮します。」


ドラッグデリバリーにおけるデジタルツイン

デジタルツインはドラッグデリバリーシステムに最適で、製品ライフサイクルのどの段階でも導入できる可能性があります。
これらの製品設計、製造、導入にデータ主導のアプローチを提供するため、従来の方法では不可能だった利益と改善を達成できます。

製品の設計

デジタルツインを活用することで、エンジニアや科学者は設計変更を効率的に反復し、コンピューターによる調査を実施し、KPIを最適化できます。
これらすべてにより、システム設計を前進させるための貴重な洞察が得られ、市場投入までの時間が短縮され、開発コストが削減されるという追加のメリットもあります。注射剤の開発に使用されるデジタルツインのプロトタイプについては、この記事の後半で説明します。
デジタルツインは、候補となる分子と人体の相互作用をシミュレートして治療効果と潜在的な副作用をより深く理解し、投与量と投与頻度をカスタマイズすることで、新薬発見を加速させる素晴らしい機会も提供します。*⁶
現在、製薬業界の主要企業がデジタルサービスプロバイダーと提携して、当該用途向けのツインを開発しています。

製品の製造

設計開発段階を経て、デジタルツインは製造プロセスにも大きなメリットをもたらします。施設レイアウトの最適化から運用効率の確保まで、製造環境に導入されたデジタルツインは、効率を高め、ダウンタイムを最小限に抑え、品質を改善し、最終的にはコストを削減できます。*⁷ 
デジタルツインは、スマート・ファクトリーとインテリジェント・インダストリーへの移行を支える重要な技術です。

製品の展開

デジタルツインは、設計プロセスを補完し、製造を最適化するだけでなく、現在のドラッグデリバリーデバイスのユース・ケースを拡張および改善することもできます。現実世界のシナリオをシミュレートし、パフォーマンスの結果を予測する機能を備えたデジタルツインは、継続的なモニタリングを通じて、展開されたデバイスが意図したとおりに動作していることを確認し、そうでない場合は必要なセットアップ変更を動的に行うことができます。

近い将来の可能性としては、電動式オートインジェクター用の次世代制御アルゴリズムが考えられます。このアルゴリズムは、自身の内部デジタル表現を使用して動作パラメータを更新し、パフォーマンスを向上させ、新しい使用条件に対応します。同様に、このような継続的なモニタリングにより、医療従事者はデバイスの使用状況や患者の健康に関する貴重なデータを得て、意思決定プロセスを補うことができます。

将来的には、ドラッグデリバリーデバイスのデジタルツインが患者自身のデジタルツインと統合され、ケースごとに、日々、デジタルで継続的に治療が最適化されるようになるでしょう。もちろん、その多くは未来を見据えたものであり、医療現場での人工知能 (AI) の使用と同様に、克服すべき大きな技術的および規制上のハードルがありますが、患者に与える潜在的なメリットと改善は莫大です。
完全なデジタルツインは、ドラッグデリバリーシステムに対する私たちの認識と相互作用を変え、最終的には患者がそれらから得られる利益を大きく変革する可能性があります。

製品開発をサポートするデジタルツイン

近い将来、デジタルツインはドラッグデリバリーシステムの開発プロセスを変革し、開発期間とコストを削減すると同時に開発成果を向上させる可能性があります。
デジタルツインのプロトタイプを構築して、物理的に何かを作ってテストするよりずっと前に、仮想使用環境で候補製品とシステム設計をデジタル的に評価することが可能になります。

提案されたシステムのこの"in silico"試験により、広範な設計空間にわたる設計の迅速な反復と最適化が可能になり、システムパラメーター、条件、変動レベル、および実験室環境で実現可能なテストポイントの数よりも多くのアクセスが可能になります。
また、シミュレートされた製品により、物理的に生成するのが困難または不可能なデータの世界にもアクセスでき、システムの動作をより深く理解するために使用できます。
定められた目標に対するこの反復と最適化のプロセスによって満足のいく設計が得られると、デジタルツインは物理的実現の青写真として機能し、部品のプロトタイプが作成されてテスト用に組み立てられ、パフォーマンスが適切であることを確認し、"in silico"ツインの予測に対して実験結果を評価します。

この総合的なシステムビューは、製品開発アプローチに大幅な変化をもたらし、高度な最適化ルーチンと AI 対応の開発手法を使用して、複数のトレードオフとパフォーマンスの最適化を同時に実行できるようにします。
これが、デジタルツイン主導の設計とシミュレーション主導の設計 (図2) の違いです。
シミュレーション主導の設計では、特定の物理ドメインの個別のワンオフのシミュレーションを使用してエンジニアリングの洞察を得ます。ただ、単純化や理想化された境界条件を使用した仮定はエラーにつながる可能性があり、多くの個別のドメインを統合しても、組み立てられたシステム全体を適切に表すことができない場合があります。

図2: シミュレーション主導の設計とデジタルツイン主導の設計。

開発初期段階でデジタルツイン プロトタイプを使用すると、特に効果的です。
製品パフォーマンス (コストと持続可能性を含む) の じつに80% は設計フェーズで決定されるといわれていますが*⁸、デジタルツイン プロトタイプを使用すると、最も影響力のあるタイミングで最大の効果を実現できます。また、開発コストとタイムラインを削減する機会も提供し、アイデアを製品概要から臨床試験に進めるまでの時間が、これまでよりも速く、安く、自信を持って進むことができます。

インジェクター開発での使用を考慮すると、デジタルツイン プロトタイプを導入すると、リンクされたCADモデルが詳細化され構築されるため、コンポーネント、サブアセンブリ、システム パフォーマンスの重要な側面を予測できるようになり、開発期間が短縮され、物理的な反復作業が削減されます。ですが、その威力はこれにとどまりません。

電動式オートインジェクターで一連の機能を実行するための理想的なモーターを指定し、これらのパフォーマンス要件に基づいて選択された実際のモーター仕様からパラメータを代入して、満足のいく機能が保証できることを想像してください。もしくは、さまざまな使用シナリオにわたるシステム全体のパフォーマンスに基づいて、バッテリーの使用寿命と充電サイクルを予測し、部品表に適した部品を自動的に見つけてくれたり、損失関数を定義して、処方デリバリーパフォーマンス、コスト、持続可能性を同時に満たす設計全体を最適化できることなど、そのベネフィットは計り知れません。

一例として、製剤容器から針を通して製剤を注入するためのインジェクタースプリングの指定について考えてみましょう。
従来、予想される注入力を理解するだけでも、膨大な手計算、ある程度のモデリング、時間のかかる一連のラボテストが必要ですが、これらはおそらく生きた人間の皮膚でのテストの理想的な代替にはなりえません。
デジタルツインのプロトタイプを使用すると、製造公差、環境条件などの影響を含めたシステムをコンピューターで表現し、さまざまな年齢、性別、民族の患者やさまざまな注入場所を表現できる仮想皮膚モデルと組み合わせることができます。
この入力空間を効率的に探索して、広い動作範囲にわたるパフォーマンスの見積もりを出すことができるため、予想される条件の全範囲に対応できるという自信を持って適切なコンポーネントを指定できます。

図3:デジタルツイン プロトタイプによってシリコで実行できる開発テストと最適化の例。

ISO11608 *⁹*¹⁰で要求される多くの標準的な注射針システム試験では、完全なデバイスを試作して試験する必要がありますが、これは開発プロセスの後半でのみ行われます。たとえば、自由落下試験では、開発者はベストプラクティスに従って高価で複雑な注射器システムを設計し、それをサブシステムに分割して、手計算、単一の物理シミュレーション、およびエンジニアリングの経験と判断を十分に考慮して、各特定領域に多大な労力を費やす必要があります。
次に、射出成形金型、プリント回路基板アセンブリ、カスタムスプリングなどを含む数十または数百の部品が、多大な費用をかけて苦労して試作され、試作された設計が最終的に構築されます。
その時点で、落とされて壊れ、試験は終了し、設計図に戻ります。
代わりに、開発者が開発の早い段階でデジタルツイン プロトタイプを構築し、落下テスト、保管条件、投与量の精度、針の挿入、深度制御、注入時間などの一連の仮想テストを実施した場合 (図3)、現実世界で部品が製造される前に、落下テストの結果を予測して、それに基づいて設計できる可能性があります。
結果を詳しく調べ、故障解析を実行し、部品の応力とパラメーターの過渡的変化を調べ、その後の物理テストのリスクをほとんど排除した堅牢で信頼性の高い設計に反復することができます。

デジタルツインのセットアップと展開は困難であることは否定できません。
デジタルツインの定義と実装には、かなりの時間と労力を先行投資する必要があり、カスタム データ入力やターゲットを絞った特性評価実験が必要になる可能性があり、そのすべてが十分な精度と忠実度を備えている必要があります。
しかし、これが完了すると、デジタルツインは提供するデータの範囲と豊富さで大きな利益をもたらし、開発時間と労力を大幅に短縮できます。
特定のアプリケーションが十分に理解されると、組織モデルや電子部品の表現などの開発された資産を将来の開発プログラムに再展開して、開発をさらに迅速化できます。これを成功させるには投資と経験が必要ですが、潜在的な見返りは計り知れません (表1)。

表1: デジタルツイン プロトタイプを実装する際の利点と課題。

結論

デジタルツインは、開発、製造、展開の過程でドラッグデリバリーデバイスを変革する素晴らしい機会を提供することができます。
デジタルツインは、損失を最小限に抑え、製造効率を向上させるために導入できる注射剤製造の分野で特に注目を集めており、開発段階でも導入が可能です。
これにより、最初から適切なものを設計することでパフォーマンスの向上を最大化すると同時に、開発期間、開発コスト、開発リスクを削減できます。


- 参考文献

  1. Frank D, “Digital-Twin Project Green-Lights Traffic Congestion Improvements”. NREL, Jun 8, 2023.

  2. “How Digital Twin technology can enhance Aviation”. Company Web Page, Rolls Royce, Accessed Apr 2024.

  3. “The Living Heart Project”. Web Page, Dassault Systèmes, Accessed Apr 2024.

  4. Grieves M, Vickers J, “Digital Twin: Mitigating Unpredictable, Undesirable Emergent Behavior in Complex Systems” in “Transdisciplinary Perspectives on Complex Systems” (Kahlen F-J, Flumerfelt S, Alves A Eds). Springer, 2017, pp 85–113.

  5. “Digital Twins: Adding Intelligenceto the Real World”. Report, Capgemini, 2022.

  6. An G, Cockrell C, “Drug Development Digital Twins for Drug Discovery, Testing and Repurposing: A Schema for Requirements and Development”. Front Syst Biol, 2022, Vol 2, Article 928387.

  7. Badiei A, “Digital Twin in the Pharmaceutical Supply Chain.” ONdrugDelivery, Issue 149 (Jun 2023), pp 45–58.

  8. “Circular economy action plan”. Web Page, European Commission, Accessed Apr 2024.

  9. “ISO 11608-1:2022 Needle-based injection systems for medical use: Requirements and test methods Part 1: Needle-based injection systems”. International Organization for Standardization, Apr 2022.

  10. “ISO 11608-5:2022 Needle-based injection systems for medical use: Requirements and test methods Part 5: Automated functions”. International Organization for Standardization, Apr 2022.


本コンテンツは、日本オフィシャルパートナーであるzenius株式会社がFrederick Furness Publishing Ltd. が所有・運営しているマガジン『ONdrugDelivery』から許可を得て翻訳・転載したものです。

引用元: Cowen D, White S, Robinson A, “Accelerating Combination Product Development Using Digital Twin Technology”. ONdrugDelivery, Issue160 (May2024), pp16–20


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