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57.信長に燃やされた天皇の息子が運営した比叡山延暦寺はロスチャイルドとバチカンを足したような総合商社

投げ銭制 8567文字

アコギな金貸し業をしていた比叡山は庶民に恨まれました。比叡山が金貸しになったのは祠堂銭の為ではありません。それは、平安時代にまで遡るのです。

比叡山に鎮座した日吉大社は、最澄が比叡山を開いた時の地主神とした神社ですがこの日吉大社が平安時代に私出挙というのを開始します。出挙というのは、元々、国が貧しい農民に種もみを年利50%で貸し付けて収穫の時に利息と共に返却させる一種の救貧制度で、低利による融資でした(笑)

ところが、これに目をつけた貴族や豪族が、国と関係なく私出挙として年利100%の高い利率で貧農に種もみを貸し付け始めたのです。平安から戦国にかけての延暦寺は、バリバリの武闘派で金貸しで流通を握る商社で戦国大名顔負けの巨大勢力でした。

延暦寺の問題は下の階層であり、天皇・朝廷支配システムの問題だ!(# ゚Д゚)

救貧制度=自立できない社会的貧窮者に国家的援助を与える諸制度をいう。
種もみではあるんだけど・・種から籾は増えるから、利率は数字の見た目より大きく減るのだけど。

利子はイカンだろう!(# ゚Д゚)

種もみは元々農家のものだ。それを勝手に天皇の個人的持ち物としたんだ。それを利子付きで貸してやるよ。という想像を超えるアコギさだから現代人も理解できず、今だに天皇国家日本にダマされる。(# ゚Д゚)

天皇朝廷の税金はそれだけじゃないのだ、今でも銀行からではなくサラ金から金を借りる。なぜだ?貧困だから目先の生命の維持のために借りるのだ・・貧困に追い込めば高い利子でも借りるのだ。そしてより馬車馬に働く。これが律令政治システムだ!(# ゚Д゚)



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信長はちゃんと通告をしてから焼き討ちしたのだから、悪いのは延暦寺です。当時の比叡山延暦寺は今のような平和な「お寺さん」ではなく、イスラム過激集団のような武装兵を備えた武装勢力です。

1499年、一度焼かれているのに、何故かまさか全山焼き討ちまではしないだろうと信じていたんだから、見込みが甘いとしか言いようがない。根拠なしで行動したら、相手が悪いととんでもないことになる典型。中立要請して、事前に警告もしているし、むしろ親切。

比叡山焼き討ち
明応8年(1499年7月11日)に細川政元が行った比叡山延暦寺を焼き討ちした事件。したがって信長の焼き討ちは2回目。

ほとんど同じような状況で同じことをやられてるが、信長公記によるとほとんど皆殺しにしてる点が違う。

足利義教が行った比叡山攻撃とその後の根本中堂自焼(1435年)もあるが、一部だけ。


日本の天台宗は、今から1200年前の806年、伝教大師最澄によって開かれた宗派です。

最澄は、桓武天皇の援助を受けて還学生(げんがくしょう)として唐に渡り、最新の民の愚民統治の方法を学びに行きました。

平安末期から鎌倉時代はじめにかけては、法然・栄西・親鸞・道元・日蓮といった各宗派の開祖たちが比叡山で学びました。後に比叡山は「日本仏教の母山」と呼ばれるようになりました。

円仁慈覚大師、智証大師など天台宗の基礎を築いた高僧だけでなく、融通念仏宗の開祖である良忍聖応大師、浄土宗の開祖である法然、浄土真宗の開祖である親鸞、臨済宗の開祖である栄西、曹洞宗の開祖である道元、日蓮宗の開祖である日蓮など多くの名僧を輩出しています。天台法華だけでなく、密教や禅、念仏も教えていた延暦寺は、いわば天皇・朝廷の唐から輸入した最新マインドコントロール兵器、仏教の教師養成総合大学のようでした。

また桓武天皇が最澄に帰依したことをきっかけに、皇族や貴族もそれに乗り、勢力を増していきます。

比叡山延暦寺は1200年余りの歴史の中、武家をはじめとする権門との衝突により、幾多の法難に遭遇しましたが・・・

じゃなくて、巨悪党たちが天中の焼き討ちに遭遇したんだろ!(# ゚Д゚)
法難は便利な言葉だね。(-_-;)
規模は小さいが同じ手口、上智大学。

役人の教師を作って、各地に派遣し民を洗脳していく手法は仏教を広めたことで有名なアショーカ王の発明だ。この教師らの名をマハントラーという。バチカンは地元の名士を各地に置き、キリスト教に都合の思想に洗脳し搾取した。

今のYou Tubeと豆知識Blogや陰謀Blogと同じだ。Amazonの本と同じ。学校の先生が免許制なのも同じだ。

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ところでこの手法は、白河天皇はアショーカ王が考えた邪悪支配手法を知っている。バックの藤原氏が教えたんだろうけどね。

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仏教を保護して統治する伝説上の金輪聖王(転輪聖王)にならって法勝寺を建立した。ウィキでの写真の選び方もそうだけど、アショーカ王だと大概の人は思うわな。

転輪聖王は古代インドの思想における理想的な王を指す概念。地上をダルマ(法)によって統治し、王に求められる全ての条件を備えるという。


比叡山延暦寺の住職たちがそれぞれの宗派を開宗

天台座主(てんだいざす)」と呼ばれる比叡山延暦寺の住職は、現在の住職で第257代目となります。最澄が亡くなった後に初代住職となった「義真(ぎしん)」から始まり、これまで一度も途絶えたことがありません。そんな歴代天台座主の中には、以下のように各宗派の開祖たちが数多くいます。

法然(ほうねん)→ 浄土宗
親鸞(しんらん)→ 浄土真宗、法然の弟子
良忍(りょうにん)→ 融通念仏宗 
真盛(しんせい)→ 天台宗真盛派
栄西(えいさい)→ 臨済宗、建仁寺の開山
道元(どうげん)→ 曹洞宗、永平寺の開山
日蓮(にちれん)→ 日蓮宗

この「天台座主」という肩書き憶えておいてね( ̄▽ ̄;)

天台座主への道 ―経歴法階とは―(1/2ページ)

1563年に来日したルイス・フロイスの著作である『日本史』に、「日本で新たな宗教を布教するには比叡山延暦寺の許可が無ければ不可能である」と書かれている。このように、かつて延暦寺は日本の宗教界において最も強い権力を保持していた。また、フロイスが「教皇」とたとえた天台座主は、その天台教団の統轄者としての立場にあり、「台嶺の棟梁」とも呼ばれる存在である。

『天台座主記』によると、初代の天台座主は、伝教大師最澄とともに唐へ渡り修学をした義真とされる。義真は延暦寺で初めて行われた大乗戒授戒会の伝戒師をつとめた人物であるが、実は当時から「天台座主」という呼称が存在したわけではない。記録上で「天台座主」と呼ばれた最初の人物は、第3代の慈覚大師円仁である。太政官から円仁に対して天台座主の補任状が正式に発給され、以来、一門統轄者として天台座主の名が用いられるようになった。

太政官=天皇・朝廷の律令制に基づき司法・行政・立法を司った最高行政機関。古代日本において中国から律令制を導入する際、祭祀を行う神祇官と政治を司る太政官を明確に分けた。太政官の原型は天武天皇の時代に形成された。

⭕️天台座主は、天皇・朝廷の最高行政機関から任命される
律令制支配のための犬( ̄▽ ̄;)

第18代天台座主の慈慧大師良源は摂関家の藤原忠平、師輔らの後援を得て、比叡山の復興を成し遂げ、比叡山中興の祖と呼ばれる。また、良源の弟子である第19代座主尋禅は藤原師輔の子であった。以来、天台座主の多くは権門出身となり、特に近世(といっても昔だけど)では皇族出身の法親王による天台座主が多く誕生することとなる。

毎度の闇の藤原氏の名・・・( ̄▽ ̄;)
権門官位高く権勢のある家柄。勢家。また、その家の人。
法親王=日本の男子皇族が出家して僧籍に入った後に親王宣下を受けた場合の身位・称号。 

第18代天台座主の良源

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良源=(りょうげん、912年10月15日- 985年1月26日)は、第18代天台座主(天台宗の最高の位)であり、比叡山延暦寺の中興の祖として知られる。中世以降は民間において「厄除け大師」(神様除け)など独特の信仰を集め今日に至る。

良源の功績として、広学竪義を創始したことがあげられる。広学竪義は教学に関する問答であり、竪者と呼ばれる受験者にとっての教学試験という意味合いがある。この時の論題を決定する任にあたるのが、探題であった。良源の指名によって、最初の探題となった禅芸僧都のもと、安和元(968)年の六月会に合わせて初めて広学竪義が行われたという。

竪者(りっしゃ)=仏教学における学問僧の資格試験竪義(りゆうぎ)の受験者のこと。学問僧としての実力を問われ、合格の場合は講師などの重要な役につく資格を与えられる。

仏教学における僧の学問は何故か数学・・・・・高利貸しを仕事とするからだろうが!!(# ゚Д゚)
民が利子の複利計算をすることは法で禁止しておいてこれだ!(# ゚Д゚)
天皇・朝廷は民の奴隷搾取化を狙っているんだよ!そのためのツールが仏教で、その先生格、また悪巧みを改良・新開発するエリート大学&研究所(今の政府で言えばシンクタンク)が、比叡山延暦寺。

上念司の情報というのが嫌なんだけど・・・概ね正しいので紹介

上念司先生の著作『経済で読み解く織田信長』では、当時の寺社勢力およびそのトップであった比叡山延暦寺のことを以下のように書かれておられます。

『寺社勢力とは単なる宗教団体ではなく、貿易業に精を出す巨大商社であり、広大な荘園を所有する不動産オーナーであり、土倉や酒屋といった町の金融業に資金を供給する中央銀行でした。』
『中でも比叡山延暦寺(天台宗)のパワーは最強であり、暴力団でいうなら山口組、大学でいうなら東大法学部、不動産会社でいうなら住友不動産、いやこれらをすべて合わせたよりももっと大きな力を持っていました。』

 
(以上、「第二部 寺社勢力とは何なのか?」文中より)

⭕️ここからは先方のブログ主さんの解説
>暴力団(僧兵)と東大(学僧)や不動産・金融業(荘園と土倉)を合わせた総合商社とは、現在では到底考えられないビジネスモデルであり、もし存在していたら恐ろしいばかりでありますが、戦国期の比叡山延暦寺は、上念司先生が言われている通りのような強大な権力を持っていました。

ここまでは良いのだけど、次から捻れまくる・・・( ;´Д`)
誰もが宗教とはなんぞや?を知らないんだ。本当に朝廷に教えられたまんま、そのまんま。今だと神社本庁なのかな?( ̄▽ ̄;)

>これを行使して、比叡山延暦寺は下界勢力である朝廷・公家・大名、そして本願寺などの政治活動に容喙および迫害(強訴)をしたのであります。

上念司の本を読むと、そのように認識するように出来ているのかも知れない・・・( ̄▽ ̄;)

既に「天台座主」の説明をしたが、朝廷・公家は仲間だろ( ̄▽ ̄;)

公家 もと天皇と朝廷を意味する言葉であったが、転じて朝廷の官吏の意味となった。

公家平安時代末期頃から貴族社会において公卿に昇る家柄が限定されるようになり、藤原北家による摂家の確立に伴って家格が固定化し、鎌倉時代前期頃までに公家社会(宮廷)が形成された。公家の経済的基盤は、荘園・公領に対する収取権であった。公家のうち、上流貴族は荘園寄進を受けて本家として荘園支配を行うことにより、また中流貴族は上流貴族や大寺社から預所などに任命されて荘園管理権を得ることにより、経済的基盤を築いていた。

⭕️黒幕だろうが!!ヽ(`Д´)ノプンプン

藤原北家とはヤバい藤原の中でもヤバいのな(;´Д`)


信長の比叡山焼き討ち時の天台座主は『覚恕法親王』!!

後奈良天皇の皇子が「覚恕」
後世しばしば「覚恕親王」「覚恕法親王」と尊称される。織田信長による比叡山焼討ちの時の天台座主が『覚恕法親王』

比叡山焼討ちの2日後の重陽の節句にも参加していたので殺されずにすんだことが分かる。なぜ助かったのかと言うと、焼き討ち事件の5日前の9月7日に朝廷に参内して相談(内容は不明)を持ち掛けていたから。延暦寺が特別巨大なのは天皇・朝廷の直下の洗脳・搾取機関だから。

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後奈良天皇の皇子(王子)は下界ではありません。朝廷≒延暦寺。


比叡山延暦寺の天台座主『覚恕法親王』のオヤジの後奈良天皇の般若心経の写経・・・・現在の天皇は美談としプロパガンダ。

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ふだんの公務などでも国民の皆さんとお話をする機会が折々にありますが,そうした機会を通じ、直接国民と接することの大切さを実感しております。

このような考えは、都を離れることがかなわなかった過去の天皇も同様に強くお持ちでいらっしゃったようです。昨年の8月、私は、愛知県西尾市の岩瀬文庫を訪れた折に、戦国時代の16世紀中頃のことですが、洪水など天候不順による飢饉きんや疫病の流行に心を痛められた後奈良天皇が、苦しむ人々のために、諸国の神社や寺に奉納するために自ら写経された宸翰般若心経のうちの一巻を拝見する機会に恵まれました。

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洪水など天候不順による飢饉きんや疫病の流行に
民が苦しんだのではなく朝廷の搾取だし。

紺色の紙に金泥で書かれた後奈良天皇の般若心経は岩瀬文庫以外にも幾つか残っていますが、そのうちの一つの奥書には「私は民の父母として、徳を行き渡らせることができず、心を痛めている」旨の天皇の思いが記されておりました。

災害や疫病の流行に対して、般若心経を写経して奉納された例は、平安時代に疫病の大流行があった折の嵯峨天皇を始め、鎌倉時代の後嵯峨天皇、伏見天皇、南北朝時代の北朝の後光厳天皇、室町時代の後花園天皇、後土御門天皇、後柏原天皇、そして、今お話しした後奈良天皇などが挙げられます。

私自身、こうした先人のなさりようを心にとどめ、国民を思い、国民のために祈るとともに、両陛下がまさになさっておられるように、国民に常に寄り添い、人々と共に喜び、共に悲しむ、ということを続けていきたいと思います。

カーッ(゚Д゚)≡゚︎д゚)、ペッ


ルイス・フロイス

上の、上念司の比叡山延暦寺が総合商社だという情報はルイス・フロイスだと思うんだけど。そのルイス・フロイスが「比叡山延暦寺が当時、世界で一番金持ち」と述べた文をどこかで読んだが見つからない・・・(-_-;)

1569年(永禄12年)、将軍・足利義昭を擁して台頭していた織田信長と二条城の建築現場で初めて対面。既存の仏教界のあり方に信長が辟易していたこともあり、フロイスはその信任を獲得して畿内での布教を許可され・・・・。

健筆で知られたフロイスの遺したこの原稿は史料として精確であるものの、現存する写本は二千五百ページ以上、日本語のテキストに換算すると二百四十万字もの(一般的な書籍なら十数冊、あるいは二十冊以上に相当する)分量、しかも濃密な文体で書かれているために、表面をなぞって歴史的事実をざっと流し読みするだけでも数か月かかります。内容をきちんと吟味しながら精読するのであれば、全編を読み終えるのに一年以上の時間が必要となるでしょう。

まさにフロイス畢生の大著であるこの『日本史』は、作成された当時、イエズス会においても「あまりに長く、詳細すぎる」との理由で刊行が見送られ、完成してから百年以上ものあいだは誰にもその存在を知られず、マカオの文書館で眠り続けていました。

専門家の多くは、「フロイスの記述は日本側の史料とも見事に一致しており、一貫して極めて精確である」と絶賛・・・。


この信長の記事はとても良かった。強くオススメします!他のも読もうと思っているが・・・しかし・・・!!

攻める信長も非戦闘員である学僧や女・子供まで殺す所業は行き過ぎだと筆者は思うのですが、それを受けた延暦寺側にも「信長に対する侮り」があった事は間違いありません。

なんで、延暦寺側を信じるわけ?「間違いありません」ではなく間違い。だから天皇や仏教を知らない。宗教を知らない。古事記・日本書紀で歴史修正した輩の話を信じるか・・?と入ってもこっちは別ジャンルに近いから、わからないのは分かるけど・・(-_-;)

現在では、必死に仏教や神式のことについてお勉強され、お坊様や神官様になって品行方正に寺社に仕える方々が多いですが、当時の寺社、おまけにその組織の筆頭的存在であるはずの比叡山延暦寺と日吉大社が上記のような極道な金融業を営み、膨大な財力を築いていたのですから、当時の寺社勢力の恐ろしさがわかります。

アイツラなにも仏教分かっていないんだぞ!理解できたら、悪党以外は仏教徒などやっていられるわけがないヽ(`Д´)ノプンプン

比叡山延暦寺焼き討ちの真相を学んだ人は、WEBを検索するといい。仏教は現在でもリアルタイムで詐欺ばかり話しているから・・・キリスト教、キリスト教徒と同じだ。

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戸田城聖は高利貸しの社長で、池田大作は取り立てのチンピラ出身。でも彼らこそ、正しい仏教の高僧の姿だ。

キリスト教と仏教の教えはほぼ同じだし、実は神が同じということは分かっている。

山上から戦国大名の争いに介入してくる延暦寺は、信長にとっては許し難いライバル商社であったのです。

何故信長が「比叡山延暦寺」「一向一揆」の宗教勢力に対して徹底的な弾圧を行ったのか?それは『信長に敵対した勢力』および『利権を独占していた』からであります。

信長という人物は、「関所撤廃」「楽市楽座」などの経済政策に象徴されるように、人や物資流通の円滑化を図り、経済発展をしてゆくことを大方針としており、関所から通行料を徴収し、高利貸しなどの独占的利権を持ち、挙句はその財力で武力を養い、山上から戦国大名の争いに介入してくる延暦寺は、信長にとっては許し難いライバル商社であったのです。これが、信長の延暦寺焼き討ちの『もう1つの理由』であります。

『信長の比叡山焼き討ちの行動原理はライバル商社だから・・』じゃないんだ。このように定義を与えているね。

比叡山延暦寺と日吉大社が上記のような極道な金融業を営み、膨大な財力を築いていたのですから、当時の寺社勢力の恐ろしさがわかります。

異端と罪を着せて富を奪っていったバチカンと同じ。
ユダヤの場合は、宗教と金融を分けたけど。比叡山延暦寺の場合は、両方同じ組織でやった。

信長は「無宗教主義者であり、宗教勢力を憎悪していた。だから比叡山を焼き討ちし、一向一揆宗徒を大虐殺した」という評を時折見かけることがありました。

確かに信長が当時には珍しく合理主義者であり、宗教など古代権威に対しての畏敬の念というのは薄かった人物でありましたが、宗教信仰そのものを否定していたわけではありません。

逆だ・・宗教など古代権威に対しての畏敬の念というのは・・・深かったんだ。


まとめ

今回信長を突貫で知るためにWEBを徘徊しまくったのだ。多くの人が比叡山延暦寺が悪党で信長はヒーローなのでは感じはじめている。それで、すごい量の火消しの知識人ウンチク記事をメディアは作っている。(-_-;)

でも、ウンチク豆知識Blogにも階層があり比叡山延暦寺が悪党だ、まではOK なんだ。そこまで知っていたら天皇朝廷を疑うだろう?天皇・朝廷の搾取政治で民が苦しんでいたことは、もっと知られたはずの話だ。
ただし、ワシはよく学習漫画のページを引用しているがこれ、昭和の本だよね・・・多分、当時より今は天皇や洗脳されている。

【信長を守りつつの、天皇・朝廷・仏教守り記事がヒジョーに多い・・!】

仏教そのものが悪、支配側が与えた民衆愚民化マインドコントロール兵器である。などとここまで見抜ける人はまず居ないから、ここを間違えるのはまだ許すが・・・上念司が正義なわけは100%ないし、天皇や仏教そのものにまで火の粉が広がらないようにプロパガンダしていると思う。

◉キリスト教・共産主義を批判して天皇制に連れて行く。
◉アメリカがユダヤに乗っ取られた事を述べて、プーチンを称える。
◉共産主義と正反対な正義はイエスの教え。
◉ユダヤが、Gabでヒトラーを讃えて、キリスト・イエスに連れていく。
◉ADLは巨悪だ。それと戦うGabのAndrew Torba。そしてイエスの宣伝。

バレて、もう死守出来ないとわかったら。下の階層のTwitterでは前のままで。上の階層に居る人たち向けには、

◉ユダヤ人のADLがSNSは勿論のこと、WEB全般盗聴しているとか。
◉ユダヤがヒトラーを称えるとか。まで今は餌にしている。
◉日本の場合の特色として、日本人は絶対キリスト教になびかないので、キリスト教を叩きながら日本人精神と述べて、天皇教・国家神道に連れて行くのは前々からやっている。これは西洋には絶対ないのだけど。

【西洋】ユダヤが自らヒトラーやADLを叩いても、キリスト教・イエスへの信仰が強くなればユダヤ人達の勝ち。
【日本】キリスト教・ユダヤをいくら叩いても、天皇崇拝を取り戻させたら、天皇(ユダヤ)の勝ち。

同じ手法を使っている気がするね。

【西洋】キリスト教の洗脳を押し切れればユダヤの勝ち。
【日本】仏教・神道(実は今の神道は国家神道だ)の洗脳を押し切れれば天皇(ユダヤ)の勝ち。

民が勝つためには逆をする。

多くのキリスト教の大犯罪でこの宗教は悪だと表面的に知っていても。国際金融資本やクローバリストが悪いと知っていても。古事記・日本書紀・天皇を信じさせたら奴隷に出来る。

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天皇連投調べで、安倍が天皇バンザイなわけが良く分かったよ。

つづく

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