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半導体製造覇権争い、 そして日の丸半導体は復権できるのか?

はじめに

 Apple、NVIDIA、Qualcomm、AMDなどが設計する高性能処理チップを製造しているのは、台湾のTSMC(臺灣積體電路製造股份有限公司 ; Taiwan Semiconductor Manufacturing Company)である。一方、自社でCPUを設計・製造している垂直統合企業が、かつての半導体業界の王者アメリカのIntelである。(韓国Samsungも自社でCPUを設計・製造を行っている。)
 IntelがTSMCに抜かれた経緯と、今後の覇権争いの行方と、TSMCやソニー、デンソーが出資する熊本の半導体製造会社JASM(Japan Advanced Semiconductor Manufacturing)、北海道に建設中の最先端半導体製造会社Rapidus(ラピダス)についても触れ、日本の半導体製造の復活の是非を探っていく。

ファウンドリの誕生

 かつては多くの会社が半導体の設計と製造を行っていたが、製造プロセスの進化や製造装置の更新に毎年多大な投資が必要となり、設計に専念する企業が増えている。NVIDIAのような新興企業は工場を持たず(ファブレス企業)、製造を外注する台湾のTSMCのような半導体受託製造企業(ファウンドリ)が登場し設計と製造が分業するのが主流になった。AMDも2008年に製造部門をGlobal Foundriesという会社に分離してファブレスに転じ、リソースを設計に集中することになり、優れた製品を世に送り出すようになった。
 インテルは現在も垂直統合型で設計と製造を一貫して行い、PC・サーバ市場で圧倒的なシェアを持っており、製造技術はかつて世界最高で、常に製造プロセスは他社より2世代進んでいるとされていた。
 筆者がインテルに在籍していた時のエピソードだが、2012年にIntelは第3世代Coreプロセッサ用のチップセットをTSMCに外注することになったが、TSMCのプロセスは3世代遅れのもので製造されており、かつ品質が良くなかったことを記憶している。

王者Intelの凋落と復権へ向けての狼煙

 かつて世界最高・最大の製造能力を誇っていたIntelであったが、下図のように、2016年を境にTSMCが微細化においてIntelを追い越し、現在はIntelに5世代くらいのアドバンテージをつけている。半導体の回路は微細化することにより、同じ面積でもたくさんの回路を搭載できるため性能が向上する。

IntelとTSMCのプロセスノードのロードマップ筆者作成
書ききれないので一部+とか++のように表記してる

 Intelはなぜ微細化競争に敗れた理由について筆者はこう考える。
1. スマホ需要増大に伴うPC需要減の影響で製造投資額が減少
 2011年を境にスマートフォンの出荷台数が劇的に増加し、2012年頃からPC需要の減少が予測され始め、これに伴い、Intelはファウンドリ投資を抑制した。かつてメモリ半導体を製造していた日本企業(NEC、日立、三菱、東芝など)も同様に投資を抑え、次第に存在感を失ったことと同じ道を辿り始めた。凋落のきっかけはこの年にあり、筆者もこの年にインテルを退社した。この頃にはすでに14nm、10nmの開発遅延が社内で広まっていて将来の不安を感じていた。

世界のPCとスマートフォンの出荷台数 (億台)

2. 10nmプロセス立ち上げ失敗
 Intelは当初予定の3ヶ月遅れで14nmプロセスの量産に入ったが、10nmプロセスでは銅配線以外の素材が必要となり、素材選定ミスにより2016年の予定には間に合わず、量産までに3年を要した。一方、TSMCはIntelの予定の1年遅れ2017年から量産を開始し、予定通りに進めた。これが両社のターニングポイントとなった。

3. 次世代EUV露光装置への対応の遅れ
 シリコンウェハに回路を写し込む露光装置は半導体製造の要であり、2000年代からニコンのArF液浸露光装置が市場をリードしていて、Intelは長年ニコンとパートナーシップを結び、専用装置を求めて強固な関係を築いていた。ニコンは光源以外を一貫製造するメーカーとして応え、Intelとの強力なタッグを形成した。
 一方、オランダのASMLはPhillipsからスピンアウトし、TSMCやSamsungなど多様な顧客に対して迅速かつ柔軟に製品を出荷していた。ASMLはニコンの自前主義とは違い、レンズをZeiss、制御をPhillipsから外注し、2010年代からニコンのシェアを奪っていった。
 この頃から日本の半導体関連企業の窓口機能としてのインテルつくばキャンパスの役割は低くなり2017年に閉鎖された。

インテルつくばキャンパス (J1)
筆者は東京だったがたまにバイクでJ1に行くことがあった
つくばキャンパス内のインテル コラボレーションセンター
数年先のPCなどめっちゃ未来感あった

 10nm以降、従来のArF露光では限界があり、ASMLとファウンドリは共同で次世代のEUVを開発、2019年からTSMCが7nmプロセスのN7+で導入した。これが7nm以降でTSMCと他社の差となり、Intelもようやく2023年量産のIntel 4プロセス(7nm)からASMLのEUVを採用することなった。

Intelの反転攻勢
2021年にPat Gelsinger氏がIntelのCEOとして復帰し、Intelの製造工場を他社製品製造にも開放しファウンドリビジネスを拡大する「IDM 2.0」構想を発表した。MicrosoftはIntelの18Aプロセスノードを採用したファブでチップを製造することを発表している。
 ファウンドリビジネス拡大のため、Intelは5年で4つのプロセスノードを量産する「5Y4N」構想を立ち上げ、2027年にTSMCに技術的に追いつくことを目指しており、現在順調に進んでいる。
 また、2030年までにファウンドリビジネスでTSMCに次ぐ2位を目指す計画ですが、現在は始まったばかりで、第9位で2位のSamsungの1/10程度の規模である。

 先日発表したIntelの次世代CPU「Lunar Lake」(開発コード名)は、TSMCの3nmプロセスで製造される。かつて古い世代のプロセスでチップセットをTSMCに外注していたが、最新CPUをTSMCに外注するとは・・・。時代は変わったものだ。

日の丸半導体の没落

 日本の半導体産業の世界におけるシェアは、総務省の「令和3年 情報通信白書」によると、1988年は50.3%であったが、1990年代以降、徐々にその地位を低下させ、2019年には10.0%にとどまっている。
 これは日本に脅威を感じたアメリカと日本が結んだ1986年からの日米半導体協定がきっかけになっているとされるが、当時日本の大手半導体メーカーはNEC、日立、東芝などの一事業部にすぎず、自社内の製品しか作っておらず、TSMCのような他社製品を受託製造するファウンドリのようなビジネス概念ができなかったり、パソコン、スマートフォン、AIを支える高性能CPUやGPUの開発ができなかった戦略的ミスや市場の読み違いによるものだと考える。

日本の半導体産業の現状
総務省 令和3年 情報通信白書

日本の半導体産業の現状

 高性能チップ(CPU、GPUなど)は欧米メーカーに握られているが、日本企業も重要な役割を果たしている。TDK、キヤノン、村田製作所の「MEMSセンサ」、ソニーの「画像センサ」(世界トップ)、ルネサス(三菱・日立・NECのLSI半導体部門が合流した会社)の「MCU」(世界3位)、東芝、ルネサス、ロームの「ディスクリート半導体」はスマートフォンや自動運転車向けに市場が拡大しており、日本メーカーはこれらの分野で一定のシェアを持っている。

半導体における各市場の規模(世界)と我が国のシェアの推移
総務省 令和3年 情報通信白書

 日本の半導体部材や設備は依然としてある程度のシェアを維持している。特にシリコンウエハーなど一部の部材で強さを発揮している。露光装置は最先端においてはオランダのASMLに技術的に遅れをとっているためキャノン、ニコンのシェアは10%程度まで低下しているが、2021年の半導体製造装置シェアは31%ある。一方、ウエハーにパターンを焼き付けるときに使用されるフォトマスク、フォトレジストは東京エレクトロン、アドバンテスト、SCREEN、KOKUSAI ELECTRICなど強力な製造装置メーカーは健在である。ウエハーでは信越化学工業とSUMCOが50%のシェアを持っている。

日の丸ファウンドリの誕生

 2019年からアメリカのファーウェイ制裁から始まり、2022年から米政府が中国への半導体輸出規制と半導体のサプライチェーンは経済安全保障の観点から中国に先端半導体製造技術を渡さない事やそれ以外の半導体も中国以外で生産拠点を作る動きが始まり、日本において「JASM」と「Rapidus」の2社が誕生した。

台湾TSMC × 日本企業連合のJASM

 日本政府が旗振り役となり2021年に世界一のファウンドリー企業の台湾TSMCの工場を誘致しJASMが設立された。ソニー、デンソー、トヨタ自動車が出資する。場所はソニーが映像素子を製造している熊本のソニーの子会社に隣接している。2024年末に22/28nmプロセスおよび12/16nm FinFETプロセスノードによる製造を開始する。これは技術的には10年前の製造技術であるが、コストが安くて歩留も良く安定して製造することが最新プロセスが必要ない上記の4分野で引き合いが多いプロセスでまずこれを立ち上げたと考える。すでに第二工場建設が発表され2027年に6nm、さらに計画中の第三、第四工場は2~3nmと言われ微細化が進む。

最先端プロセスを立ち上げようとするRapidus

 一方、これも日本政府の旗振りの下、日本企業8社(トヨタ自動車、デンソー、ソニーグループ、NTT、NEC、ソフトバンク、キオクシア、三菱UFJ銀行)が出資してRapidusが2022年に設立され、北海道千歳市に工場を建設中で、IBMの技術供与を受け2025年に2nmプロセスノードの試作開始、2027年量産するという。IBMは2014年にGlobal Foundriesに半導体製造工場を売却したが、最新プロセス製造技術の研究はし続けて試作ラインを持っており、製造ノウハウを販売している。
 Rapidusは6月27日に、1.4nmプロセス製造を目指す第二工場の計画を明らかにしている。
 北海道にはかつて家電メーカーのLSI製造工場や設計部門子会社がたくさん存在しており、一時期は半導体製造の集積地を目指していたこともあり、素地はあった。土地が空いているから千歳市にというわけでは無いと考える。

日の丸半導体復活への懸念

 筆者は日本の半導体製造が復活することを望むが、懸念もある。
継続的な政府の支援
 日本政府はJASM第一/第二工場に約1兆円、Rapidusの2nmプロセス立ち上げに約5兆円補助金を支出するが、工場が立ち上がっても数年後には新しいプロセスに更新していくのに設備投資は必要で、政府は継続的に支援していけるのか。かつて日の丸半導体が衰退した原因の一つは政府の方針が二転三転したため、継続的な支援と迅速な意思決定は重要である。
エルピーダやルネサスの二の舞にはすべきではない。


Rapidusの最先端プロセス立ち上げの可否
 巨人IntelでもTSMCとのギャップを埋めるのに10年かかっているのに、いきなり最先端プロセスで2025年から試作開始、2027年量産できるのかは疑問である。IBMは2nmプロセスのノウハウはあるが、量産技術はない。JASMのように徐々に微細化したプロセスを導入していった方が、リスクヘッジできるのではないか。特に各社苦労した7nmあたりからスタートした方がよいかと…。

インフラ
 半導体工場は多くの電力と水を使用する。JASMがある九州は、玄海、川内原発が稼働中で電気供給に問題がないが、Rapidusがある北海道は泊原発が停止中で、再稼働は2027年3月以降と言われており、製造開始する2027年に間に合うか微妙な状況である。Rapidusの工場一つで北海道の電力需要の1~2割消費すると言われており、これらインフラの確保が重要である。

顧客
 JASMは当面ソニーのCMOSセンサーチップをメインに、スマートフォンや自動車向けのチップを製造し、TSMCが需要を満たせない分を補うと考えられる。
 一方、Rapidusの顧客は不透明である。Intelは2030年までにファウンドリ世界第2位を目指しているが、Apple、NVIDIA、Qualcomm、AMDなどTSMCの主要顧客を獲得しなければ実現せず、Rapidusもこれらの顧客を奪えるかが成功の鍵となる。

人材の確保と育成
 JASMの大卒初任給は32万円とされ、台湾のニュースでも安すぎると報道されている。ファーウェイの日本法人では初任給が40万円以上とされており、同等以上の待遇が必要である。
 台湾ではTSMCの周りの高校や大学で半導体エンジニアの育成が進められているため、日本でも九州や北海道の高校、高専、大学で即戦力となる半導体エンジニアを育成するために、学科の新設や企業との交流が必要と考えられる。

まとめ

 ファウンドリビジネスでの覇権争いがTSMCとIntelで激化する中、日本の新たな半導体企業2社がこれらに対抗できるかは、日本政府の役割が鍵となる。80年代に隆盛を極めた半導体産業が衰退したのは政府の政策ミスが大きく、政府の迅速な意思決定と支援が重要である。
 日本にはウェハー、マスク、レジスト、露光装置などの半導体製造関連や、自動車、スマートフォン向けのMEMSセンサ、画像センサ、MCU、ディスクリート半導体分野で強みがあり、これらをファウンドリーと一体で日本国内で完結させることは、経済安全保障的にも推進すべきである。
 筆者の願望はJASMもRapidusも立ち上がって日の丸半導体が復活することを願ってる。

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