『誘惑者』 この映画はネタバレしても楽しめる。80年代的ライフスタイルとは?

評価 ☆☆



あらすじ
東京のある精神科クリニックを経営する医師の外村。美しく若い女性患者の美也子がやってくる。彼女はルームメイトである君江からの嫉妬に悩まされていると告白する。外村は君江と距離を置くべきだとアドバイスした。その夜、外村は、彼の患者であるタクシー運転手の平山が、美也子に接近する場面を目撃する。



最近、バブルの頃のことをよく思い出す。好景気に沸いた時代だが、あまり幸せだったという実感はなかった。仕事は忙しくて、自分も若かったせいでそんなに上手く人生を歩んでいるという実感もなかった。



ところが、バブル崩壊後に状況は激変した。バブル期は「忙しい、忙しい」といいながらもしっかり仕事があって、十分な報酬ももらっていた。会社のお金でご飯やタクシー代が出て、かなりのボーナスもあった。企業側もいまみたいにアルバイト賃金で仕事をさせようという感じはなくて、社会全体に「若者たちに仕事を覚えさせよう。一人前にさせよう」という意識があった。



そんな時期に作られた映画をいま観ている。森田芳光監督の『ときめきに死す』、松田優作監督の『ア・ホーマンス』、金子修介監督の『1999年の夏休み』、長崎俊一監督の『誘惑者』などだ。



これらの映画に共通しているのは人間関係が希薄な感じだ。それを当時は“涼しい”という言葉で表現していた。まるで情緒そのものを否定しているかのようだった。最近数多く作られるようになった「人間性の欠落」とはちょっと違っている。なんというか、涼しいのだ。



棒読みに近いセリフ、動きの少ない演技、都市の無機質な風景など。人間の感情を抑え、行動を様式的に表現することを主眼にしている。当時はそれがカッコよく思えたし、いま観てもその魔力は残っている。時代遅れは否めないのも事実だが。



1989年公開の『誘惑者』もその同列。監督は長崎俊一。出演は草刈正雄、秋吉久美子、原田貴和子など。彼らは一様にお金持ちで、シンプルで、洗練された服を着て、小綺麗なマンションに住み、レストランで出されるような食事をしている。80年代的ライフスタイル。オシャレに気を使い、洋服はブランドもの、感情の起伏を顔に出さない。笑顔で幸せそうだが裏では寂しさがつきまとう。



『誘惑者』にはサイコスリラーやレズビアンの要素も盛り込まれていて、ストーリーは巧妙で興味深い。長崎俊一監督は『九月の冗談クラブバンド』、『闇打つ心臓』で注目されている。『少女たちの羅針盤』なども有名だ。



栄光学園という神奈川ではトップクラスの中高一貫学校出身。きっと頭もいいのだろう。でも、正直にいうと僕が好きなタイプの映画監督ではないし、いま一歩のめり込めない。



それでも、この映画には非凡なものを感じる。こういう映画をずっと作り続けて欲しかった気もする。監督本人は比較的ドロドロした感じの作品が好きならしいが。



『誘惑者』の秋吉久美子は文句なく美しい。藤田敏八監督は若い頃の秋吉久美子を撮影している。しかし、当時は子供っぽいところが抜けなくて野暮ったい感じだ。それが大人の、洗練された美しさになっている。



というわけで、80年代の持っていたスタイリッシュさを堪能するにはこの『誘惑者』はオススメである。ただし、ラストシーンを見ると、どうも納得いかない気になる。それは個人的なものかもしれないけど。



初出 「西参道シネマブログ」 2012-09-17



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