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『丹下左膳餘話 百萬兩の壺』 天才山中貞雄監督の傑作コメディ。もし生きていたら小津を越えていたかも。

評価 ☆☆☆



あらすじ
江戸時代に主君の密命を受け、名刀を盗もうとした丹下左膳は失敗。主君からも裏切られて右目と右腕を失う。その時助けてくれたお藤と結婚。お藤が経営する射的場の用心棒をしていた。



山中貞雄が26歳の時に監督した作品である。1935年公開。古典なんてものじゃないくらい古い。白黒でトーキーの映画だが、あなどってはいけない。どんな話かは観てのお楽しみだけど、とにかくエンターティメントに徹している。古めかしさなんて全然感じさせない。こういう映画を新春第1弾として観るべきだろう。



脚本がとにかくうまい。 「ばかやろう! そんなことできるわけねぇじゃねえかぁ」と怒鳴りながら、次のカットではついつい無理な依頼をどんどん受けてしまう丹下作膳が可愛い。山中貞雄はすごく汚い浮浪者みたいな格好をいつもしていたけれど、脚本を書かせるとその素晴らしさに皆が驚いたという。脚本がうまかったのは山中監督の特色のひとつだ。



この映画は百万両の壷に関するスラップスティックな展開で、いわゆるコークスクリューコメディ。この中ではみんなが踊る、ミュージカルシーンも入っている。時代劇にミュージカルですよ。すごいね。全編笑いに満ちているのに最後は感動的だ。その辺のハリウッド映画なんてぶっ飛ぶ面白さだ。いったい山中貞雄って監督は何者だったのか?



天才は早死にするみたいだ。彼は数本の映画を残して戦死してしまった。もちろん、早死にしたからって天才になるわけじゃない。山中貞雄が現在の日本映画とか、ドラマとかを観たらなんて言うのだろう。あんまりつまんなくて寝ちゃうかもしれないし、「才能がないなりにがんばってるなぁ」なんて語るかもしれない。「日本映画ってこんなに良くなったの?」というかもしれない。それは絶対ないか。



いずれにしても、第二次世界大戦を恨む理由は数多くあるけれど、山中貞雄などの才能ある監督を殺してしまったというだけで、戦争反対や人権弾圧を声高に叫ぶ理由になる。映画ファンと自称しているひとならなおさらではないだろうか? まぁ、実際にはなかなかできないけど。




生きていて映画をずっと撮影していたら、多分、小津安二郎や黒澤明を凌ぐ映画作家になったはずだ。残念ながら、彼が製作した多くの作品は失われている。現在完全に近いかたち残されているのは、『丹下左膳余話 百萬両の壺』『河内山宗俊』『人情紙風船』の3本だけ。しかし、残された映画を観る限り、その才能は本当に素晴らしいと感じざるを得ない。




ミュージシャンの山下達郎も山中貞雄が大好きだそうだ。『人情紙風船』は達郎さんのお気に入りだと聞いた。『人情紙風船』ももちろん面白くて、泣かせる。



良いものは年を経てさらに輝きが増す。スピード感という意味では最近の映画以上で、プレストン・スタージェスも真っ青である。




えっ? プレストン・スタージェスも観てない? 昔、そう言うと「困ったなぁ。観たほうがいいよ」と先輩に言われたことがある。なかなか観られないかもしれないけれど、スタージェスも観ましょう。もちろん山中貞雄も観て欲しい。




初出 「西参道シネマブログ」 2005-01-01



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